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第三話:アリバイ

登場人物表


氷鉋黒羽(ひがの・くれは) 通称クロ。半引きこもりの天才少女


立森志狼(たちもり・しろう) 通称シロ。語り部。


小織樟(こおり・たまき) 氷鉋家のメイド。夕希の知り合いで、昔ヴァイオリンをやっていた。


西川夕希(にしかわ・ゆき) 18才の天才ヴァイオリニスト。


西川由衣(にしかわ・ゆい) 夕希の母であり、マネージャー。


川前良樹(かわまえ・よしき) 夕希の友人。薬学部で勉強中。


新藤武彦(しんどう・たけひこ) 夕希の叔父で、由衣の兄。由衣とは仲が良くない。


また、「氷鉋(ひがの)」が読めない、という意見を頂きましたので、一話のクロとの会話以降、振り仮名を入れてあります。

「きゃあああああ」

 夕希さんが悲鳴を上げた。

 川前さんも、そこに倒れている人間が、もう生きてはいないことに、遅れて気づく。

 僕は、倒れている西川さんの手を取った。

「脈が無い」

 念のため、口の上に手を当ててみるが、息遣いは感じられなかった。

 その時、首筋にくっきりとついた、紐の痕が目に入った。明らかに、死因は絞殺だ。

 僕は部屋の中を見回す。まず、西川さんの直ぐ後ろで扇風機が回っている。実際、西川さんの頭はスイッチのついている扇風機の足の部分にあった。

 床は、ぐっしょりと濡れている。飲み物を零したらしく、ミネラルウォーターのペットボトルが転がっていた。

 テーブルの上には、食べかけらしいケーキと、フォークがある。だが、僕が目を吸い寄せられたのは、テーブルの上にある、鍵だった。大きなウサギのマスコットが付いている。

 窓は閉められ、鍵がかかっている。それも、北海道なので二重窓だ。他の部屋に通じる扉は見当たらない。ということは……密室?

「慣れてるの?」

 いきなり、クロに声をかけられた。

「こういう状況、慣れてるの?」

「え?」

「例えば、夕希さんと川前さん。あんな風に、悲鳴の一つでもあげて、取り乱すのが普通よ。脈を確かめに行った上に、状況確認だなんて、あまり普通の行動とは言えないわね」

 ……しまった、つい癖で。

「まあ……慣れていると言われれば、多分」

「ふうん」

 僕は、いわゆる『事件を呼ぶ男』のタイプだ。事件召喚体質ならびに、事件邂逅体質。

 とはいえ、さすがに殺人事件に出くわす事は滅多にないが。

「私のもう一つの呼び名を教えてあげる。『黒猫』。こういうのが専門の、探偵よ」

 クロはそう言って、小織さんから手渡された手袋を、手馴れた仕草で、きゅ、とはめた。

 一瞬、こういうのが専門の探偵とはどういうことか、と考えたが、

「そういえば、新藤さんはどうしました?」

 と、小織さんに言われ、初めてこの場に新藤さんがいない事を思い出した。

「僕が探してきます」

 前川さんが立ち上がった。

「では、私が警察を呼びますね」

 小織さんが携帯のボタンを押す。

 警察が来るまで、素人である僕がすることは特に何もないように思う。

「おい、クロ、なにしてんだ」

 クロは手袋をはめた手で、遺体の背中側のシャツをめくっていた。

「見て。死斑が出てる」

 見ると、西川さんの背中に、紫色の、薄い斑点状のものが出ていた。

 続いて、クロは遺体の顎と首筋に触れる。

「死体硬直は始まっていないわ。死斑が現れるのが死後1〜2時間後、死体硬直が2〜3時間だから、西川さんは死後1〜2時間ってところね」

 死後1〜2時間という事は、1〜2時間前に亡くなったということだから、それは丁度、夕希さんがヴァイオリンを弾き、僕らがそれを聴いていた時間帯だ。

 誰にも犯行は不可能……いや、それは違う。

 新藤さんは夕希さんの演奏を聴いていないのだ。





 しばらくして、警察が到着した。

 恰幅の良い体格をした刑事さんが、クロの姿を見て目を軽く見開く。

「『黒猫』……」

「お久しぶりです」

 対するクロは、涼しい顔。どうやら、刑事さんと知り合いのようだ。

 警察の出した死亡推定時刻も、クロの意見と同じく、1〜2時間前の犯行ということだった。

「由衣!」

 新藤さんが飛び込んで来た。

「あなたは?」

「西川由衣の兄の、新藤武彦です」

 よほど急いで来たのだろう、息が上がっている。後ろには、前川さんも一緒だった。

「それでは、全員そろったところで、皆さんに1〜2時間前、午後二時から、三時前後、何をしていたのか訊きたいのですが、よろしいですか?」

 現場不在証明、アリバイ確認というやつか。

 刑事さんに促され、最初に夕希さんが口を開く。

「私は、今回の演奏会の奏者で、ステージでヴァイオリンを弾いていました」

 夕希さんのアリバイは、自動的に、その日会場にいた全員が証明してくれる。アリバイとしては、これ以上完璧なものはないだろう。

 次は、前川さんだ。

「私達――私と、氷鉋ひがのさん、立森さん、小織さんは、会場で夕希さんの演奏を聴いていました。これがそのときのチケットです」

 刑事さんは、渋い顔をした。

「西川さんのアリバイは完璧ですな。しかし、前川さん達の分は……身内や友人間のアリバイ証言は、残念ですが、使えません」

「それなら」

 口を挟んだのは、クロだ。

「私達の前後左右の席にいた人に、チケットの販売経路などから、電話番号を調べて証言してもらえば問題ありません」

 これで、僕らのアリバイは大丈夫だ。

「中に新藤さんのお名前が無かったように思うのですが?」

「俺は、こういう演奏会は苦手なもんで、ずっと外にいました」

 刑事さんは眉を器用に片方だけつり上げた。

「誰か一緒にいた人はいますか?」

「いえ……一人でした」

「ほう。つまりあなたのアリバイを証明出来る人はいないということですね」

 新藤さんが刑事さんに食いかかった。

「どうして俺が妹を殺さなきゃならないんだ!俺はやっていない!断じて!」

「あなたと西川さんは日頃から仲が良くないというじゃありませんか。事件の直前には、激しい口論をしていたと聞きましたが?」

「な……!」

 口論をしていて、仲が悪かったのは事実であるから、新藤さんも反論する事は出来ない。

 けれど、本当に新藤さんなのだろうか?

 少々荒っぽい人という印象は受けるが、実の妹を殺すような人には見えないのだが……。

「クロ、どうなんだ?」

 刑事さんから離れ、僕はクロに訊ねた。

「事件はパズルみたいに、一つ一つピースをはめていって、初めて全体像が浮き出るものよ」

「例えば?」

「例えば、密室。どうして犯人はこの部屋を密室にしたのか?密室というのは通常、被害者を自殺に見せかけるときに使うものだけれど、今回は明らかに他殺。その上、被害者は絞殺よ。絞殺ならば、上手く首を絞めれば、犯行は一分足らずで十分」

 確かに、それは謎だった。鍵がテーブルの上にある状況で、どうやって犯人は部屋から出る事が出来たんだろう?

「私は、犯人が、被害者の遺体が見つかるまで、誰も部屋に入れたくなかったからだと思う」

 遺体が見つかるまで?

 言い換えれば、被害者が亡くなるまで、誰も部屋に入れたくなかったということだろうか。

 どちらにしろ、僕には謎が深まるばかりだ。先に、密室の方法を考えることにした。

「クロ、部屋のドアの下に、通風孔があるよな?」

「ある」

 この控え室のドアの下の部分には、通風孔があった。

「部屋を出て鍵をかけた後、紐に鍵を通して、通風孔から出し、テーブルの上の……仮にペットボトルなんかに引っ掛ければ、密室になるんじゃないか?」

「よく見て。鍵には大きなウサギのマスコットが付いてる。あれじゃ通風孔は通らない」

 うーん、中々良い線いってると思ったのだが。「密室はあんまり関係ないわ……誰にでも出来るから」

 この口ぶり。密室のトリックはもうわかっているのだろうか。

「話は署で聞かせてもらいましょうか」

「だから、俺はやってない!」

 クロは、窓から外を覗きこんでいる。ここから見えるのは、駐車場だ。

 クロの目が、一瞬見開かれた。

「俺はやってない!身内を殺したりなんか――」

 新藤さんは、刑事さんに引きずられていった。

 僕らは、慌ててそれを追う。着いたのは、駐車場だった。パトカーに乗せるつもりなのだ。パトカーの隣には新藤さんの車が停まっている。

「待ってください」

 初めて、クロが刑事さんを呼び止めた。

「新藤さん、今日は演奏中、何処に行きましたか?」

「昼飯がまだだったから、それを食べに……」

「レシートを持っていますか?」

 新藤さんは、直ぐ様財布からレシートを取り出した。

「レシートの時間を見て下さい」

 ラーメン屋のレシートで、記載されていた時間は、二時半。死亡推定時刻の丁度真ん中だ。

「このラーメン屋は、美味いが、ここからだと行くのに20分はかかるんだ。これでわかるだろ?」

 新藤さんは必死でそう言うが、刑事さんの反応は冷たい。

「アリバイ作りの為に、頼んだだけで食べなかったのかもしれない」

「それは、あれを見ても?」

 クロが、新藤さんの車を指差した。刑事さんの顔が、驚愕の色に染まる。

「これは……!」

 フロントガラスに、『駐車違反』のステッカーが貼られていた。

 駐車違反のステッカーに時刻が書かれてあるのは、周知の事実。

「この通り、時刻はレシートと一致します」

「し、しかし別の場所で駐車違反をしたのかもしれない……」

「何処で駐車違反をしたのかは、警察が一番良く知っているでしょう?ナンバープレートを言えば、直ぐにアリバイが実証されますよ」

 『警察に捕まっていたからこそ、警察に捕まらない』のか。

 警察が証人とは、ある意味最も完璧なアリバイと言える。

 クロは言い放った。

「これこそ、新藤さんの、不動の現場不在証明です!」

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