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第二話:ヴァイオリン演奏会

「ああ、志狼、もう一度氷鉋ひがののお嬢さんに会ってくれないか」

 父さんは帰るなり、僕にそう言った。

「『つかみはOK』だそうだ」

「はい?」

 何の事だ。

「黒羽さんは、相当に人が苦手らしいのだが、お前を気に入っていたらしくてな」

 それは、使用人としてという事だろうか。

「ついては、ここに都合よくチケットが二枚!」

 効果音でもつきそうなくらいに勢いよく、父さんは二枚のチケットを取り出した。

「ヴァイオリン演奏会のチケットだ。付き添いとして、氷鉋家のメイドさんも」

 しかし、さきほどとは打って変わって真面目な顔になり、声音を低く落として、父さんは一つ、釘を刺した。

「その日ばかりは、事件にならなければいいがな」



「クロ、入るぞ」

 ノックをしたが、前回と同じように、返事はない。

「ヴァイオリンのコンサートが……」

「知ってる。そのヴァイオリニストは小織さんの知り合いだから。直に会えるわよ」

 へえ、会えるのか。

 小織さんとは、氷鉋家のメイドさん、小織璋こおり・たまきさんの事だ。ずっとクロの世話をしているのだから、きっととても人間の出来た人なのだろう。

「ほら、昨日のリベンジ」

 僕は、クロにお菓子の包みを渡した。

 中身は、おかきだ。

 こういうお菓子は好みらしく、クロはおかきに手を伸ばしたが、一口齧って、顔を顰めた。

「辛い」

 一体何が好きなんだ、お前は!

 それに、そんなに辛いか?このおかき。

 確かに表面に唐辛子が付いているが、ほとんど感じられない程の、辛味だった。

 まあ、僕が辛党だからかもしれないけれど。

 クロはおかきにはもう、目もくれず、本を読み出した。昨日のハードカバーは読み終えたらしい。

 クロが本を読み出して暇なので、コンサートのチケットをじっくり見てみた。

「なになに、若き天才、18才のヴァイオリニスト西川夕希……そりゃすごいな」

 僕らは14だから、たった四才しか違わないのだ。

「でも、出た杭は打たれるものよ」

 これはまたネガティブな、とその時は思ったが、後になってこの言葉を思い出すと、クロはこの時既に、その後起こることを知っていたのではないかとさえ思えた。




「璋さん!久しぶり」

 演奏会当日。僕らは早めに来て、控え室入りする西川夕希と、その友達や付き人の一団を待っていた。

 小織さんと夕希さんが知り合いというのは本当らしく、会うなり、朗らかに談笑を始めた。

 しかし、小織さんは一体何歳なんだろう。

 夕希さんは18歳だが、小織さんはどこぞの有名大学を卒業しているらしく、少なくとも20代だ。

 けれど、夕希さんと話す小織さんは、18歳の少女のようにも見えるし、たまに見せる落ち着いた雰囲気は、ずっと年上の女性にも見える。

「紹介するわ、夕希さん。お仕えしている家のお嬢様の、氷鉋黒羽ひがのくれはさんと、お友達の立森志狼君」

 僕は軽く会釈をする。

 クロも頷くように、微かに会釈をしたものの、どこまでもマイペースに、西川さん達を観察している。

 今日のクロは、よそ行きの黒いスリーピース姿に、首に小さなベルのついたチョーカーを着けていて、それが何だか猫の首輪のようだった。

「よろしくね。こっちも左から順に、友達の川前良樹さん、薬学部で勉強中よ」

「よろしく」

 なかなか気のよさそうな、男の人だった。薬学部らしく、眼鏡をかけている。 

「次が、新藤武彦さん。お母さんのお兄さん……叔父さんね」

「どうも」

 新藤さんは中年の男性で、煙草を口から離し、挨拶する。ここまでの運転手役を務めていたらしい。

「そして……お母さんであり、マネージャーの西川由衣」

「こんにちは」

 何だか、プライドの高そうな女性だった。しわ一つないスカートが、几帳面な性格を現している。

 西川さんは、その几帳面な性格から、兄の新藤さんの服装を注意する。

「兄さん、もうちょっと良い格好してきてよ。だらしない」

「うるさいな」

 二人はあまり仲が良くないようだ。几帳面な西川さんと、見た目からルーズそうな新藤さんでは、兄妹といえど、確かに相性は悪そうだ。

「あの二人は何時もこうだから気にしないで――それにしても、今日は暑いわね」

 夕希さんは、バッグから水色のハンカチを取り出すと、額の汗を拭った。

「そろそろ控室で着替えてくるわ。また後でね」

 そう言って、夕希さんは本番用ドレスに着替えに行った。




 まだ開演には時間がある。僕はクロと小織さんとで、建物の中を適当にうろつくことにした。

「クロ、随分おとなしいな」

「そう?普段はこんな感じよ」

 そういえば、クロは人が苦手なんだったか。僕からはとてもそんな風には見えないが。

「ふざけないでよ、兄さん!」

「ふざけてなんかいない!お前のやり方は横暴過ぎると言っているんだ!」

 西川さんと新藤さんの声だ。うわあ、完璧に喧嘩になっている。

「そういえば、小織さんは何処で夕希さんと知り合ったんですか?」

「昔、少しヴァイオリンをたしなんでおりまして。私が先輩で、夕希さんが後輩だったんです」

「そうなんですか。今はやってないんですか?」

 小織さんは、何故だか少し哀しそうに微笑んだ。

「ええ、今はあまり。昔、少し腕を怪我してしまって……」

「そうだったんですか……」

 その場に訪れた、どこか重たい空気を振り払うように、小織さんは明るい声をだした。

「そうだ、夕希さんの控え室に行ってみませんか?もう本番用のドレスになっていると思いますし」

 僕らは夕希さんの控え室に向かったが、人生そう甘くはなかった。

「迷った……」

 さっきから、ぐるぐるとずっと同じところを回り続けている。

 クロならば場所がわかるのではないかと思ったが、さっきからずっと二ノ宮金次郎スタイルで、本を読みながら歩いているので、助言は期待出来そうに無い。

 さっきから何分経っているだろう。もう始まってしまうんじゃ……。

「あ、夕希さん」

 その時、ちょうど、女子トイレから夕希さんが出てきた。

 手を振って水を切っている。

「良かった……迷ってたんですよ」

「あはは。広いもんね、この建物」

「それが本番用ですか?」

 夕希さんは、ノースリーブのシックなドレスを着ていた。後ろにチャックの付いているタイプで、胸のコサージュが洒落ている。

「ええ、そうよ。もうすぐ開演だから。そうだ、終わったら控室に来てくれない?ここで会ったのも何かの縁だし」

「いいんですか!?是非行きます」

「ありがとう。それじゃあね」

 そして、開演に向けて、僕らと夕希さんはその場を離れた。




 本番の、幕が開けた。

 ヴァイオリンを持った夕希さんが、ステージの真ん中へ出てきた。

 さっきまで普通に会話していた人が、今ステージの上に立っているとは、何だか変な感じがする。

 夕希さんは、ヴァイオリンを左肩で支え、弓を構える。

 そして、弓と絃が触れた瞬間、花が開くように、弦楽器の音色が流れ出した。

「すごい……」

 僕は驚嘆のため息をついた。

「また腕を上げたみたいだね」

 そういったのは、夕希さんの友人である、川前さんだった。

 この場にいるのは、僕とクロ、小織さん、川前さんの四人だった。西川さんはマネージャーとしての仕事があるのか、ここには居らず、新藤さんも、クラッシックは苦手なので、外に出ている。

「そうかしら」

 クロが、僕と川前さんの感想とは違った意見をもらした。

「あの人、あまり楽しくなさそうだわ」

 小織さんも、首を傾げている。




 それから、二時間半余りが経ち、夕希さんの演奏会は大成功に終わった。

 僕らは早速、夕希さんの控え室へ行く。

「あれ?どうしたんですか」

 僕らが見たのは、控え室の前で難儀している、夕希さんの姿だった。

「ああ、皆……控え室の鍵は何時もお母さんが持ってるんだけど、見つからなくって……」

「どうしたんだろう。守衛室で合い鍵を借りてきます。

 言うやいなや、川前さんは守衛室へ向かった。

「もう、お母さんったらどこ行っちゃったのかしら」

 僕はドアノブを押してみた。確かに鍵がかかっている。

 三分ほどして、川前さんが戻ってきた。

「借りてきましたよ」

 鍵を、鍵穴に差し込む。

「!!」

 そこには、夕希さんのお母さん――西川由衣さん、いや、西川さんだった死体が倒れていた。

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