08 迷子の少女、預かってます
ここはとある喫茶店。
小洒落た木造風の建物を朝日が射し、昨晩の雨のしずくにきらきらと反射している。爽やかな一日の始まりを予感させた。
「いらっしゃいませ! モーニングやってますよ~」
この店の店主、甘音の活発な声が上がる。
朝も九時を過ぎると、店内は客で賑わいを見せるようになる。
町内の老人会で催されるゲートボールを切り上げてきた人々が、続々と店にやってくる。
「や、おはよう。コーヒーもらえるかね」
「はぁい。ちょいと待ってくださいねぇ」
甘音はてきぱきと一人で仕事をこなしていた。
「今朝はゲートボール、ありましたか?」
「うんにゃ、今日はねえんだ。昨日が雨だったからよ」
「あら、そーなんですか。それでも、うちには来るんですねぇ」
甘音の小言に客は笑っている。こういう裏表のないところは客に親しまれていた。
◇
「はい、お待たせ! こちら、コーヒーでございま~す。それからぁ、トーストにぃ、ゆで☆卵にぃ、小倉あーん♪」
甘音は謎のポーズをキメながら次々と皿をテーブルに並べていく。
本人はかわいいと思ってやっているらしいが。
ちなみに、注文されたメニューはただの『コーヒー』のみである。朝食セットなどではない。もちろんこの姉店主がいい加減に、やたらめったら付け足しているわけでもない。
喫茶店といえば午前中はコーヒーを注文すると、これだけの『おまけ』が一緒になって出てくる。それがこの地域の常識──モーニングなのだった。
「それにしてもこの姉ちゃん、ノリノリだな」
客の誰かがぼそっと洩らした。
◇
「ま~それにしても、昨日はけっこう降ったわな~」
「降りましたねぇ、雨。うちのトシちゃんなんか、ずぶ濡れで帰ってきましたからね~……」
あっ、と甘音が思い出したように口をついた。
「そうです、トシちゃんがですよ!」
「うん? 豆の坊主がどうかしたんか?」
店の仕事をこなすうちに忘れていたために、甘音は俄然、勢いづいた。
「それがですねぇ~」
一息ついて、他の客にも聞こえるように、嗣郎の拾ってきた子犬の話をした。
「ほぉ、迷子を拾ってきたんか。ま、首輪ついてんならそうだろな」
「そうなんですよ~。で、あの子が、そうです」
指差した先には段ボール箱が開けて置かれていた。
「ほう。ただのカラ箱に見えるぜ」
「なんだかまだ落ち着かないみたいで、顔も出してくれないんですよね~」
「なるほど、びびってんのか。ま、この店にゃ年のくせに、口うるせぇ連中ばっかりだからな!」
ガハハ、と客は笑った。
他の客から「そりゃてめぇーだ!」という声が上がった。
「ラテちゃ~ん、ラテちゃぁん」
甘音は、ラテ──段ボール箱の中でくるまっている毛玉に呼びかけるが、返事はない。
少し震えているようにも見える。
「……わ、わぅ……わたしはただの毛玉ですよぅ……」
「う~ん。返事はない、ただの毛玉のようだ」
仕方なく甘音は仕事に戻った。
「こういうわけですから、お客さんの知り合いで飼い主っぽい人がいたら教えてくださいね。それまでお店に置いときますから」
甘音は今日一日、このようなことを何度も口にした。
けれども、めぼしい情報が返ってくることはなかった。