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楽園喫茶のカフェラッテ!  作者: 冬森圭
一  犬と少女とカフェラッテ!
8/20

07 彼の正体は豆

 迷子の少女・ラテは、ひとまず段ボール箱に入れて喫茶店の奥に置いておくことにした。

 嗣郎にするとその光景は、『いたいけな少女が粗末な箱に入れられて虐待されている』というふうに見えて、やはり異様だったのだが、甘音はてきぱきと準備していた。


「ラテちゃん、寒くないかしら?」

「無駄にもふもふしてるからいいよ」

 やたら毛布やらタオルケットやらを投入するので、嗣郎は適度に制止しておいた。

 それから一晩が経った。



 この店の朝は騒々しい。

 何しろ喫茶店というものは、客の大半は午前中にやってくるので、その用意と開店準備とで甘音は大忙しである。

 嗣郎はその姉の手伝いをしつつ、自らも登校をしなければならない。


「いいか、ラテ? 俺は学校へ行くけど、ここで大人しくしてろよ」

「……は、はいっ。その、しろうさんは……いつごろ帰ってくるんですか……?」

 妙にそわそわしだすラテ。

 やっぱり、コイツは寂しがり屋なんだな。

「さぁな。早いかもしれんし、遅いかもしれん。それまでは甘姉に甘えてろ」

「はい……」

 しょんぼりするラテの頭を、仕方なく、嗣郎は撫でてやった。



「う、今日は日直だったっけ……」

 登校時間にぎりぎりセーフ、教室へ着いた嗣郎は思い出した。

 そして、日直としてのその責務。

 なるべく果たしたくはなかったその最初の責務を果たしに、黒板の隅へと向かった。


「よー、豆! おはいよーう……あっ!」

 嗣郎のことを『豆』と呼び、寄ってきたクラスメイト。彼は朝の挨拶とともに、声をあげた。

 嗣郎はぎくりとした。

「おまえなぁー、名前の詐称はダメだろう、詐称は!」

「……友よ、見逃してくれ」

 さらりと切り抜けようとした嗣郎を、しかし、クラスメイトは逃がさなかった。


 彼は黒板の隅、日直当番と書かれた『桐谷嗣郎きりやしろう』を指して、

「だって、おまえ、名前が違うでしょ!」

 と、詰め寄った。

 誰かに絶対ツッコまれるだろうなぁ。嗣郎は思っていた。

「豆はちゃんと、豆って書きなさい、ほら!」

 半笑いのクラスメイトは嗣郎の手にしていたチョークをぶん取って、日直当番の名前を『桐谷豆司郎きりやとしろう』と書き換えた。


 桐谷豆司郎。

 豆である。


「お、おのれ……」

 嗣郎は思わず顔を背けたくなった。

 しかし、これは事実だから嗣郎も茶化されるよりほかないのだ。



「……だがちょっと待ってほしい」

 嗣郎はクラスメイトのチョークをぶん取り返した。嗣郎のターンである。


「たとえば、現国の『木村』という先生がいるな。

 これを縦に書くと『森』っぽくならないか?」

 嗣郎は黒板に、森と書きながら、

「アイツは背も低いから、苗字もこのように縮むかもしれない」

 と、冷静に解説する。

「ふむ、続けたまえ?」

「で、豆司郎こと俺は、痩せ気味体型じゃないか。

 こないだも姉ちゃんに肉を無理やり食わせられ……じゃねーや。

 ……つまりだ、横に縮んでいる。そこから導き出される結論はひとつ」

 嗣郎は黒板に『嗣』という字を書いた。

「このように豆司郎の『豆』と『司』がくっついて、『嗣』という字になって然るべきだ」

 だからこれは必然だろう、嗣郎は独自の理論を展開した。

 そして日直当番の名を改ざん・・・し直した。


「……いやいやいや。どうみても豆でしょ、そこは。というか、『豆司』を縮めても『嗣』になんねぇ!」

 クラスメイトの冷静なツッコミが応酬される。

 嗣郎のターンはあっけなく終わりを迎えた。

「ぐ……ぐぬぬ……」

 黒板消しを持った友によって、黒板上の嗣郎は無慈悲にも粛清された。


 そうこうしているうちにチャイムが始業の時間を告げたので、嗣郎は泣く泣く自分の席へと引き下がった。

 この類のやり取りはもはや日常茶飯事であった。



 嗣郎の元々の名前は『豆司郎としろう』で、間違いはない。

 一見して『まめじろう』と呼ばれるのは、よくある間違いだ。


 桐谷家は長女が先に生まれて“甘音”と名づけられた。

 何でも父親が甘い物好きだったから、だそうな。

「どんだけ甘党だったんだよ、親父……」

 そして、それと同時に経営していた喫茶店の名前を、今現在も使われている『喫茶甘音』に改名した。娘も店も“あまねく”受け入れられますように、と願掛けをしたらしい。


 甘音は数年前にこの店を継いだとき、

「店の名前と私の名前が同じって、恥ずかしいわね~……」

 と、洩らしていた。


 それから弟で長男の嗣郎が生まれて、父親はまた色々と思索に耽ったらしい。

 そうして辿りついた答えが、「喫茶店で一番大事なモノは何か」、というものだった。


 どうしてそこへ行き着いてしまったのか?

 もっと他に大事なモノはなかったのか……。

 嗣郎は思い悩んだ。

 いくら喫茶店店主の息子とはいえ、

「まめじろう」

 この字面は間が抜けすぎている……。


 黒板の隅の『豆』を見返すたびに嗣郎はため息が出た。

 拝啓、姉さん。俺も恥ずかしさで一杯です。




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