06 愛と禁断のエスプレッソ
「ちょいと休憩にしましょ。何か淹れてくるわ」
「じゃあ、紅茶で」
「え~。たまにはコーヒーも飲めばいいのに」
甘音はカウンターの裏へまわり、湯を沸かし始める。
たっぷりの砂糖を投入しながら、
「さしあたっての問題だけど」
と、嗣郎が切り出した。
「出所も何もわからないコイツに、まずはまともな呼び名でも付けてやったらどうか」
「そうね~、そのほうがいいかもね。……じゃ、任せたわトシちゃん!」
甘音は嗣郎に丸投げした。
しかし、彼女にネーミングセンスがさっぱりないということは嗣郎もよく知っていたので、瞬時に納得をした。
ちなみに、『店に出す新作メニュー』の名称はすべて嗣郎が監修している。
「名前、名前か……」
相変わらず大人しくは座っている隣の少女を見やる。
もうすっかり空になったミルクの器を物足りなさげにちろちろと舐めまわしていた。
嗣郎は改めてこの少女を観察する。
目を引くのはやはり、長くウェーブのかかった、淡いクリーム色の軽やかな少女の髪の毛。すっかり水気も乾いてふわふわである。
その髪の毛を体感してみようと思い、嗣郎は触れてみる。
思ったとおりの柔らかさで、手触りがいい。
「あ、あの……?」
それからやはり、犬耳である。頭からぺたんと垂れた犬耳は、嗣郎の興味を引く。
どうしてここだけイヌとそっくりなのか。人間の耳はどうなった?
この犬耳は、だが、なぜこうも自然に少女とマッチしているのだろう。もし人間に、たとえばサメの尾びれでも生えていたら、ものすごく不自然なのに。
「し、しろーさん……?」
果たして人型の耳はあるのだろうか、それとも人型の耳がこの犬耳として機能しているのか?
嗣郎は犬耳から目が離せなくなっていた。
手を伸ばし、少女の耳元をもふもふと揉みしだいていく。
「え、えっと……そこは……ちょっと……」
ひたすらネーミングのインスピレーションを求め、少女の体をまさぐってゆく嗣郎。
耳の付け根からうなじ、そして首元へ。髪の毛の流れに沿って手を滑らせる。そして今度は逆向きに、髪の毛の深みに沈めるように、毛並みに逆らうようにして指を突き入れてゆく。
「なな、なんだかぞくぞくします……あふぅ……」
髪の毛の間を縫って、指が少女の地肌に触れる。
絹のように滑らかで確かな体温を保った少女の肌。
圧倒的にリアルな質感を、撫でては揉み、揉んでは撫で、嗣郎はしばらく味わった。
「はぁ……はぁ……」
少女がいつしか肩で息をするようになるまで嗣郎の愛撫は続いた。
◇
「……はっ、これだ!」
嗣郎は唐突に、大至急で『エスプレッソ』を注文した。
そうして甘音が入れた熱々の香り高い一杯を前に、嗣郎は『ミルク』を取り出した。
「……そう、この色合いが似てたんだ!」
甘音が覗き込む。
「はぁ~、なるほどね~」
真白なミルクが濃厚なコーヒーのエキスと混じり合い、カップの中でブラウンとベージュの溶け合うさまをつくり出す。その淡いクリーム色の世界はさながら少女の髪色を模していた。
「『カフェラテ』にそっくりだったのね、このワンちゃんの毛色は~。ラテ……かわいい名前だと思うわ~」
「そう、特にこの耳から首元へのラインの手触りがカフェラテ独特の苦味と甘味を……」
熱弁する嗣郎をよそに、甘音はふと嗣郎と少女とを見比べて、気が付いた。
「ところで、どうしてそのラテちゃんは“ぐでんぐでん”なの?」
新たに命名された少女・ラテは、幸せそうな笑みを浮かべて、ぐっすり眠っていた。