05 甘い姉
甘音は嗣郎と年の離れた姉だった。
とはいえまだまだ若い女性だが、今ではこの喫茶店の主をしている。
「ちょっと! 年の差なんて、ほんとに少しなんだからね!」
それはいつだか彼女が、店の客に対して言っていたことばだ。
父親の始めたこの店を彼女は数年前に引き継いだ。
ちなみに、両親は健在である。放任主義の父のいう“自立”が唯一の教えらしい教えであり、店を甘音に任せたっきり、両親は甘音と嗣郎とは別居している。その一方で父は、今ではコーヒー豆の販売を行っており、店の仕入れの陰で下支えしていることを、嗣郎も知っていた。
◇
店奥のテーブル席に収まった二人と一匹。
「たぶん迷子なんだと思う」
嗣郎は口を開いた。
少女は、甘音をすっかり“ホットミルクの人”と認知したらしく、店に入ってきた当初の固さはなくなっていた。
モノで信頼を釣れるとは、子犬並みの単純さである。
と、嗣郎は思ったが、そういえばそれは至極当たり前のことであった。
「その首輪、ちょっとよく見せてくれるか?」
嗣郎は少女の首元をまさぐり、首輪を外してやる。しかし、
「……名前も住所も、何も載ってないな」
「あらら……その子から直接、教えてもらえないの?」
「さっき聞いたけど、だめだった。覚えてないらしい」
だよな? と嗣郎が少女に問いかける。
少女は俯いて、
「はい、ごめんなさい……」
とばかり謝りだす。
嗣郎は、事情を聞いているだけなのに、なんだかいじめているような気がした。
少女のふさふさの尻尾は萎えていた。
「甘姉、その……」
嗣郎は甘音に向き直った。
少女を店に連れ込んでからの、一種の喧騒のようなものが一段落して。嗣郎は改めて、自分の不甲斐なさ、始末の悪さに気付いた。それから自分に嫌気がさした。
「こんなの急に拾ってきたりなんかして……ごめん。でも、今さら元の場所へ戻すってのもさ……ほんとに、ごめん」
自然と謝罪のことばが口をついていた。
隣でなんだか謝ってばかりだった、この俯き加減の少女も、こんな心境なのだろうか。
そうして嗣郎は、そのあとの姉のことばにややも恐怖を感じた。
もし捨てて来いと言われたならば、そうしなければならなかっただろう。
身ごと出て行けと言われたかもしれない。
それでも姉は、姉だった。
嗣郎が自己嫌悪していること、反省していることを全てわかったふうで、何も言わないでいてくれた。
その代わりに嗣郎の頭をぐしゃぐしゃと何度も撫でてくれた。
「うちらでその子の飼い主を探してあげましょう。見つからなければ里親探しも、ね」
嗣郎は、姉には返す言葉もなかった。だからその分、隣の少女を撫で回してやった。
しょげていた少女の尻尾がすぐに元気を取り戻した。