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楽園喫茶のカフェラッテ!  作者: 冬森圭
一  犬と少女とカフェラッテ!
2/20

02 犬とお店と姉ちゃんと

「あ! またお店の入り口から入ったわね!」

 開閉された扉の、頭に取り付けられた鈴がカラカラと鳴り、その音を聞きつけて店の奥から店主の声があがった。

「ごめん。ちょっと荷物があってさ」

 少し小降りになったとはいえ、外は雨模様だ。自家用・・・の出入り口はこの店の裏側にあるので、遠回りするぶん余計に濡れなければならない。

 把握したこの店の店主は、代わりに店のバーカウンターの奥から出てきて『荷物』を出迎えることにした。


「おかえり、トシちゃん……ありゃ」

「……ただいま」

 トシと呼ばれた青年、嗣郎しろうは気まずそうに、上着にくるんだ少女を抱いて立っていた。

 その両腕にちょうど収まる程度に小さくて、大きな荷物。

 それは、下校途中に制服を濡らして帰ってきたことよりも、ずっと彼の決まりを悪くさせた。


 その荷物──当の少女はというと、嗣郎の体に抱きついたまま縮こまっていて伏し目がちである。店に来るまでは辺りをきょろきょろと見回したり、嗣郎の顔を見上げたりしていたのだが、どうにも嗣郎以外の人間を前にして落ち着かないらしい。

 彼女のぺたんと垂れた耳は、顔を隠さんという勢いだ。

 人見知りなのかな……コイツは。嗣郎はひとり察した。


「いったいどうしたの、そのワンちゃん・・・・・は?」

 店主が、嗣郎の顔と『少女』とを見比べて言った。

「帰ってくる途中で見つけたんだ。首輪をしてるから、たぶん捨て犬じゃない」

「なるほど、ね……とりあえず何か、拭くもの持って来るわ」

「うん。頼んだ、甘姉あまねえ

 この店の店主である、嗣郎の姉の甘音あまねは一旦店の奥へと引っ込み、乾いたタオルを手にして戻ってきた。それから開口一番にこう尋ねた。

「やっぱり女の子に見えるの?」

「女の子なの」嗣郎は言葉の端にシュールさをにじませ答えた。「犬のタレ耳、女の子、尻尾付」

 ランチセットみたい、姉がこぼす。

「代わりに聞くけどさ。姉ちゃんには“これ”がどう見えてるんだ?」

「どうって……ワンちゃんはワンちゃんでしょ。もふもふしてて、けもけもしてて、タレ耳があって、尻尾がある♪」

 甘音はタオルを嗣郎に手渡し、なかなか目をあわせようとしない少女を覗き込む。

「私はあの犬の子どもだと思うわ~。……何ていう犬種だっけ、えーと……ナントカ・ナントーカー?」

「ほとんど情報ゼロなんだけど」

 嗣郎は姉の返答にげんなりした。


 甘音は、嗣郎の抱えているそのモノが『少女』には見えない。

 嗣郎の学校の友達も、甘音と仲の良いお隣さんも、この喫茶店に毎日コーヒーを啜りにやってくる常連客さえも、誰一人そのモノを少女だとは思わないのだ。

 『少女』を指差して、それは『イヌ』だという。

 そう主張する人々に対して嗣郎はこの上なく違和感を感じていた。なぜなら彼にとって少女とは、少女以外の何物でもなかったからだ……ただしそれは耳と尻尾つきだが。


 嗣郎がかの少女に視線を落とすと、思わず目が合った。少女のほうはまるで何かを期待するかのように、じっと嗣郎を見つめていた。

 自然と少女の尻尾が、ふるふる振れだした。

 彼女の尻尾と髪の毛は淡いクリーム色で、柔らかそうだ。雨に濡れた毛先はくりくりと毛羽立っている。この子が成長してもっと髪が伸びたなら、波打つように美しくなるのだろう。

 嗣郎は少女の濡れた身体を拭いてやろうとして、途中で手を止めた。

「甘姉、やっぱ、代わりにお願い。このまま抱えてるから……」

 タオルを姉に押し付けて、嗣郎はそれきり顔を背けた。

 彼にとってそのヴィジョンは、そう、健全ではない。

 なぜならば、イヌは、ヒトと違って身に着けているモノがないから。

 とはいえ素っ裸というわけでもなく。

「肌着姿に見える……」

「へぇ~」

 この助平ぇ~、と姉はおちょくりながら、嗣郎の抱える少女の身体を丁寧に拭いてやった。




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