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楽園喫茶のカフェラッテ!  作者: 冬森圭
二  野良と涙とリベリオン!
19/20

17 ツンデリック・シンドローム!

 日が明けた翌朝。

 嗣郎の自室では、いまだラテだけがぱっちりと目を覚ましている。

「おはよーございまーす、ご主人さま~!」

「……ん、んむむ……」

 こんもりと盛り上がった布団の上にへばりつくラテ。

「起きてくださーい、ご主人さま?」

「……お、重い……おもひ……」

 嗣郎が起きないと見るや、ラテは近頃は実力行使をし始めるようになった。なぜなら嗣郎が早くに目覚めないと、朝の散歩へ連れ出してもらえる時間がなくなってしまうからだ。

「ごっ、ごっ! ご主人さま~!」

「……う、うっとうしいわ!」

 ラテに圧迫されて嗣郎は起きだした。

 その重み自体はそれほどでもないのだが、べたべたと密着されるのは彼の精神衛生上よろしくない。耳付き尻尾付きの相手に欲情してしまうという事態だけは、嗣郎はなんとしても避けたかったのだ。

 そんなわけで彼は今日も、犬耳の少女を跳ね除けて起床した。


 嗣郎は身支度もそこそこに階下の喫茶店へ降りた。

 そこでは姉の甘音が、眠たげな顔で店の開店準備を進めていた。

「あ~…………おあよ~…………トひちゃん…………」

「おはよう、甘姉……」

 生気のない言葉を発する姉。

 この姉は、早朝から何かと仕事のある喫茶店の店主をやっているくせに、実は朝に弱いのだった。

 普段の活発な彼女からは想像しがたいほどに調子低迷テンションダウンしている。

 とてもお客さんにはこんな姿を見せられない。

「あ~……たまご……卵ゆでなきゃ~……。あれ……? ……タマゴとニワトリは……どっちが先なのかしら……?」

「そんなこといって二度寝しないでくれ、甘姉」

 姉は泥のようなゾンビと化していた。

 このようにこと朝に関してはあんまりにも頼りがないので、嗣郎は色々と手伝いをしているのだった。

 彼はバーカウンター奥のキッチンへとまわった。

「甘姉。仕込みは俺がやっとくよ」

「う~い……」

 嗣郎はてきぱきと作業を始める。仕込みといっても大したことではなく、ランチや軽食に使う材料の下ごしらえをしておく程度である。しかし日中は姉一人で店の全てを回さなければならないので、こうして嗣郎ができるだけの準備をしておくに越したことはない。

 一斤の食パンに包丁を入れてスライスしていく。これはサンドイッチに使うものだ。

 嗣郎はその食パンの耳を次々に切り落とした。

 機械的に作業をこなしながら、嗣郎はふと昨日の出来事を思い出していた。

 あの公園を陣取って一群をまとめ上げていたリーダー、ノラの少女。

 嗣郎は思い出すだけでもあの小生意気さにうんざりだが、なぜ彼女はああも攻撃的だったのだろう。人間を目の敵にしているようだったが、それならばどこかの山にでも還ればいいものを。わざわざこんな町中の公園を根城にしてしまうことはない。

「……あ、やべぇ」

 嗣郎はパンをカットする手を止めた。

 余計なことを考えているうちに、いつの間にか大量のパン耳が出来上がっていた。

「アイツのせいだぞ……ぐぬぬ……」

 嗣郎は眼前に盛り上がるそれを見つめてどうしたものかと思案しながら、同時にノラ少女の身の上を想像した。

 彼女は、彼女たちはどういう生活をしているのだろうか。よもやこの町中で自給自足の生活をしているわけでもあるまい。飲み水は……確保のしようがあるだろうけれど、食べ物は?

「し、しかたねぇな……別にアイツのためじゃないんだからな……捨てるのがもったいないから……」

 嗣郎は思い立って、そのパン耳をボウルにかき集め、鍋をコンロにかけた。

「……しろうさん、何をしているのですか?」

 キッチンの外で見ていたラテがいそいそと入ってくる。

 においに釣られたようで、尻尾をパタパタと揺らしている。

「ん、これはあのバカノラのせいで……。いやまぁ、……ただの廃材の処分だ」

「は、廃材ですか……?」

 油で香ばしく揚がったそれを、嗣郎は全て丁寧に包んで袋の中へ入れ込んだ。


「さて。散歩に行くか、ラテ」

「はい、はいっ、いきます!」

 嗣郎はラテと共に外へ出た。

 表通りを朝の光がまぶしく照らしている。

「ラテよ。散歩の心得一、“落ちてるモノは拾うな”だ」

「はぁ、了解ですが……わたしは拾い食いなんてしませんよう」

「うむ。だがまぁ、食い意地の張っているお前だからな。一応言っとく」

「あぐぐ……」

 朝の冷たくて爽やかな風を切って、二人は出発した。



「……! アナタまた来たのね……!」

 公園へ到着した嗣郎は早速、敵意むき出しのノラ少女に出迎えられた。

「今日は散歩のついでだ」

「ふん! 昨日あれだけオドしてやったのに。やっぱり痛い思いをしなくちゃわからないの?」

 ノラは昨日と変わらずにけしかける。

「やめとけやめとけ、チクワファイターが黙ってないぞ」

「な、なによそれ……」

 嗣郎の隣ではラテがにらみを利かせていた。

 中へ入る歩を進めようとすると、しかし、やはりその前にノラが立ちふさがる。

「とにかくここへ立ち入ることは許さないわ。回れ右して豆腐に頭ぶつけて死んできなさいよ!」

「また豆腐かよ……おまえは豆腐にうらみでもあんのか? 豆腐をなんだと思ってるんだ」

 ちなみに豆腐に頭をぶつけても到底死に切れないが、「それだけ苦労して苦しんで死ね!」という彼女なりの精一杯の皮肉であるらしい。

「しろうさん、でも豆腐って鍛えると鉄より硬くなるんですよね?」

「おい! 漫画と現実をごっちゃにすんな!」

 嗣郎はすっかり気が抜けていた。


 ノラはなおも嗣郎たちを公園に入れようとはしない。

「さぁ早く。私がアナタをかみ殺してしまわないうちに、ありがたく帰りなさいよ」

「いや、本当に散歩をしに来ただけなんだが。それでもだめなのか?」

「ダメよ、ダメに決まってるわ」

 断固拒絶するノラ。

「あのなぁ、公園は皆のもんだろ。不法占拠すんな」

「ふん? 知ったこっちゃないわね。それもこれも全部ニンゲンが私たちを……」

「はぁ……? それこそ俺の知ったことじゃねーな」

「そうよ! アナタなんかには関係ないのよ」

「なら、別に歩き回るくらいしてもいいだろう?」

「く……口の減らないニンゲンね……」

 あれこれと言い合いをして、結局ノラは渋々と嗣郎たちの侵入を承諾することになった。

 それでもまだ完全にこちらを敵視しているようで、にらみ続けている。

「ほ、ホントに入るだけなんだからね?」

「って、いちいち付いてくんのかよ!」

 やっとの思いで公園内に入った嗣郎たちだが、その後をノラがずっとついてまわった。

「ちょっと、アナタのそのカバンはなによ? も、もしかしてバクダン? バクダンね!?」

「なわけねーだろ」

「なによ! 妙なことをしたら、すぐさま噛みついてやるんだから」

「あっそうかい……ま、勝手にしろよ」

 嗣郎はおざなりにノラの小言をかわしながら散歩を続けた。

 そうして敷地内を歩いている途中もノラと放言を交し合った。

「……アナタ、四浪しろうとか言ったかしら?」

「おいこら、縁起の悪いアクセントで呼ぶな!」

「別に、私がアナタをなんと呼ぼうと関係ないでしょ?」

「まぁ……普通に呼ばれる分には構わないけどな。そういうお前は、なんて名前なんだよ?」

「……そんなの好きに呼びなさい」

「じゃあ、ノラのお姉ちゃん」

「そっ、それだけは許さないわ!」

 言葉のやり取りは実力行使リアルファイトに発展した。

 襲いかかってきたノラを嗣郎はひょいと避けた。


「……ふぅ……相変わらずバカノラは暴力的で小生意気だ……」

 ノラをやり過ごした嗣郎はぼそぼそとつぶやいた。

「だが、せっかく持ってきたことだしな…………やるか」

 そうして嗣郎は、嬉々として公園の探索にいそしんでいたラテを呼び寄せた。

「ラテ。お前にいいもんをやろう」

 嗣郎は肩にかけていた鞄を下ろした。その中から袋を取り出した。

「(……あれはバクダン……バクダンに違いないわ……)」

 遠巻きからノラがじっと観察を続けている。

「なんですか、しろうさん? ……まさかちくわですか!? そんなに大量に!」

「いや違うけど……そうじゃなくて悪かったな。ちょっと口を開けてみ」

「は、はい……」

 嗣郎は袋の中のものを一つ摘み、ラテに与えた。

「どうだ?」

「あぐあぐ……こ、これは……甘くておいしいです!」

 おいしそうにほおばるラテ。

 ノラは怪訝な表情で凝視していた。

「(……何なのかしら、あれは…………別に、気になるわけじゃないけど……!)」

 嗣郎はまた、がさがさと袋をあさる。

「うまいか、それはよかったな。ほれもう一本」

 といいつつ持っていたその袋をまるごとぽとりと落とした。

「(あっ……!)」

「おっと落としちまった。そいつはもうだめだ、ラテ」

「えっ? でも……」

 袋に入ったままの無傷で・・・地面に転がるそれを、ラテはしげしげと見つめる。

「落ちてるもんは拾うなって教えただろ? 残念だが諦めろ」

「え、えぇぇ……」

 納得できないまま視線が釘付けのラテをしょっ引いて、嗣郎はそそくさと立ち去った。

「というわけだから、あれは適当に捨てといてくれ。……帰るぞラテ」

「ちょ、ちょっと! なに勝手に置いてってんのよ!」

 ノラに言い逃げをするようにして、嗣郎はそのまま公園を出ていった。


 後にはその袋とノラだけが残された。

「あのシロウとかいうニンゲン、わざとヘンなものを放置していったわ……!」

 ノラはおそるおそる袋を調べた。

 中には、甘い香りのするパン切れのようなものがどっさりと入っていた。

 そのひとつを取り出して、それが食べ物であることを確認する。

「こ、これは……ゴクリ……おいしそうだわ……。ででっ、でも……ニンゲンがわざと置いていったものを食べるっていうの……? そんなこと私がするわけ……」

 そこへちょうどノラの弟が顔を見せた。

「どうしたの、姉さん。また昨日のヒト来てたの?」

「うっ……ペコ……!」

 ノラは反射的に持っていたパン耳を丸ごと口に含んだ。

「ほ、ほうよ……。あのにくったらひい、シロウとかいうやふよ……もぐぐ……」

 ペコと呼ばれたその弟は、ぱちぱちとまばたきしてノラを見つめた。

「シロウっていうヒトなんだ? ……ところで姉さん、なんだか落ち着きがないけれど。その持ってるものはなあに?」

「そっ、その……これは……」

 ノラは居心地が悪くなって、何とか取り繕おうとした。

「……これはきっと毒入りの何かよ、たぶんそうだわ……だから私が毒見をして……」

 そういって手にしていた袋から再びパン耳を取り出し、かじりついた。

「(……く、悔しいけど……おいしい……!)」

 ノラは毒見と称して、結局そのほとんどを食べ尽くしてしまった。



 嗣郎はラテを引きずって公園を出たところで、ばったりと委員長に出くわした。

「や、やぁ……」

「お早うございます、桐谷君」

 いつもどおり、ぴしっと制服を着こなして登校する様子の彼女は、嗣郎に一礼をした。

「この公園に立ち入ってしまったのですね。わたくしは、ご忠告を差し上げたはずですが」

「ああ……でもおかげで大事には至らなかったよ」

「そうでしたか……」

 彼女は安心したようで、だがほのかに物憂げな顔をみせた。

「桐谷君。貴方には、あの子のことがどのようにお見えなのですか」

 突然の質問に嗣郎はどぎまぎした。

「あのノラ犬のことか? どうって言われてもな……とりあえず生意気なのは確かだ」

「生意気、ですか。それに犬のお耳と、お尻尾が生えて?」

「そうだね。……『お』をつけるほどアイツは上品な奴じゃなかったけど」

「……そうですか。貴方にはそのように見えてらっしゃるのね……」

 委員長はじっと、かつて冗談だと受け取った嗣郎の認識を、確かめるようにして聞いていた。

「お話は変わりますけれど。貴方のそのお連れ様は、何というお名前でしたか?」

「こいつ? ラテっていうんだけど……今はちょっと、ねててね……」

 嗣郎特製の“揚げパン耳”を一切れしか食べられなかったラテは、先ほどからよよとふさぎこんでいた。

「ラテ……良いお名前ですね」

 委員長は静かにラテを見つめていた。

 程なくして彼女は別れを切り出した。

「それでは。貴重なお時間を有難うございました」

 そういって例のごとく丁寧なお辞儀をして、委員長は去っていった。


「しろうさん、あのヒト……」

「ん、委員長か。前にも会ったことあるだろ?」

「そうですけど……。いえ、やっぱりなんでもないです……」

「なんだよ、パン耳くらいまた今度やるよ」

 しょんぼりとしているラテをなぐさめながら、嗣郎は帰宅した。




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