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楽園喫茶のカフェラッテ!  作者: 冬森圭
二  野良と涙とリベリオン!
16/20

14 気になるあの子は委員長?

 早朝。いまだ冷たい空気を残す静けさの中、町は次第に活動を開始する。重たげに走り出した始発列車の金属音が辺りに響きわたり、それに合わせて朝一番に目覚めた人々が駅に向けて出歩きだす。都市部の道路をゆく自動車の音が彼方からかすかに聞こえる。

 そうしてゆっくりと拍動を始める町へ、嗣郎とラテは繰り出していった。

 自宅を出てそれなりに行ったところの、とある公園に差し掛かった辺り。

 その公園は沿道ぞいにぐるりと草木が茂り、外からでは内側の様子をうかがい知ることはできないほどに、まるで町中に埋もれていた。喧騒から切り離された自然地帯、そういった意味ではこの公園は、町にあって唯一、静寂と落ち着きを得られる場所として知られていた。


 嗣郎はそこで今度は見知っている人物に遭遇した。向こうから挨拶を交わしてきた。

「お早うございます、桐谷きりや君」

 そういって礼儀正しく一礼をする人物。

 嗣郎と同じ学校の同じ学級で、女子生徒の“委員長”だった。

 彼女の肩下までたわやかに垂れる、黒く照る整った後ろ髪は、彼女の非の打ち所のなさを表しているかのようだった。押したら壊れてしまいそうな彼女の体つきは、しかし芯がしっかりと通っているようにみえて姿勢よく、威風堂々としている。

 嗣郎もつられて礼で返した。

「……お、おはよう、委員長。こんな朝早くに出くわすなんて珍しいな……」

「そうですか? わたくしは、いつもこの時間に登校していますよ」

「と、登校か……」

 早すぎだろ! 嗣郎は口に出すのをなんとかとどめた。

「そちらは朝のお散歩をなさっているようですね」

「うん、そう」

「連れてお歩きならば。ちゃんとリードをお付けになるべきでは? 他の方のご迷惑になってしまいますよ」

 早朝の空気の中にあって彼女は凛とした雰囲気を纏っていた。

 嗣郎の視線がややも泳いだ。

「あー……うん、それはそうなんだけど……」

「……? なんでしょうか?」

 嗣郎は彼女──委員長のことが少々、いやかなり苦手であった。容姿端麗で成績優秀のまさにお手本のような女子生徒なのだが、彼女には付け入る隙がなさすぎて、同じクラスなのに面と向かって会話をしたことが数えるほどしかなかった。

 なにより嗣郎は、彼女の“委員長”と呼ばれるゆえんでもある、ある意味では教師よりも教師らしいその達者な物言いが、得意ではなかった。

 そんな彼女の口ぶりに説教をされているような気がした嗣郎は、正直に自分の『認識』について、彼女に白状をしてしまうことにした。自身の経験から普段であればこのことを他人に教えたがらない嗣郎だが、ことこの相手に関しては取り繕うような気力が起きなかったのだ。


 嗣郎はなるべく慎重に言葉を選んで、身の上を打ち明けた。

 彼女は最後まで黙って聞いてくれていた。にわかには信じがたいといった様子だった。

「『イヌがヒトに見える』……ですか。貴方あなたが何を仰っているか、理解いたしかねるのですが」

 大丈夫ですか、頭? と、ついでに言われたような気がした。

 もちろんその言葉は嗣郎の思い込みであるが。

 そう思わせるだけの威圧感のようなものが、彼女にはあった。

「第一、それが事実だとしても。ノーリードで散歩なさってよいことと、無関係では?」

「……さすが委員長、指摘が鋭いね」

 仕方がないので、嗣郎は『実演』をしてみせることにした。

 口頭でラテに指示を飛ばし、右へ左へ、誘導してみせた。ラテは面白がっていうことをよく聞いた。

 それから嗣郎はピタリと横にラテを着けて、そこらを歩き回ってみせた。委員長は相変わらず無表情でじっとこちらを観察していたので、嗣郎は走ってみせたり飛び跳ねてみせたりと、ラテがしっかりとついてくることの、アピールをすることに苦労した。


「あっ! しろうさん……あの」

 その走り回っているさなか、ラテが口をつく。

「ん? 悪いけど、もうちょっとだけつきあってくれ」

「い、いえ……! そうではなくて……あぐぐ」

 嗣郎は委員長にじっと注目をされている緊張で、気が一杯だった。

 そもそも嗣郎は、彼女が苦手なのだ。

 そんなわけで嗣郎は、気が付かなかった。彼の後ろポケットで揺さぶられていた、『ちくわ 4本入りパック(98円)』が飛び出して、草の陰に転がっていったのを──。

「あ、あぐぐ……」

 ラテはちくわの逃亡を目で追いながらも、忠実に嗣郎の命令を優先した。


「……確かに。よく躾がなされていることは分かりました」

 委員長は、嗣郎とラテに対して一定の理解を示した。

「ですが、できれば。お散歩中はリードをお付けになってくださいね」

「うん、まぁ……検討しとくよ」

 嗣郎は、とりあえずは彼女のお叱りをやり過ごせたようで、ほっと一安心である。

「それから。貴方の認識についてのお話は、一先ひとまずご冗談として受け取っておきます」

「そうだな……そうしてくれるとありがたい」

 嗣郎は委員長に向き直った。

 彼女は相変わらず感情を表に出さず、事務的な対応だった。


 そんな委員長がふと切り出した。

「……此方こちらの公園を散歩なさるのは、お止めになったほうが良いですよ」

「ん、それはどうして?」

「いえ、他意はありません……ただの老婆心です」

 嗣郎は彼女の真意がつかめなかった。

 それは彼女が無表情で無愛想だったからばかりではない。

 彼女は多くを語らずにそこでぴしゃりと切り上げた。

「では、私はそろそろ参りますので。また学校でお会いしましょう」

「あ、ああ。じゃあな、委員長──」

 彼女はまた丁寧に一礼をして去っていった。

 その去り際に彼女は一度振り返って、

「……あと。私は“委員長”ではなくて“図書委員”ですから」

 と、言い残していった。


「さ、さいですか……」

 嗣郎とラテは、彼女を見送った。

 嗣郎は妙な緊張から開放されて、ようやく息をつくことができた。



 そのまま散歩コースを周って帰宅して、それから嗣郎はちくわの喪失に気付いた。

 ラテは悲しみのあまり、号泣した。




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