表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園喫茶のカフェラッテ!  作者: 冬森圭
一  犬と少女とカフェラッテ!
10/20

09 迷子の少女、預かってません

「ありがとーございましたぁ。ワンちゃんの件、よろしくねぇ~」

 客の一人が店を後にする。開け閉めされた扉の鈴がカラカラと鳴り、ランチタイムの後片付けに追われる甘音の声が客を見送った。

 昼下がりも過ぎると、店の客足も落ち着いてくる。

 食器を下げ、テーブルを拭き、洗い物をし終えてから、甘音も一息つくことにした。


「さて、お昼だけど。ラテちゃんは何が好きなのかしらね~。昨日は牛乳しか飲まなかったから……お豆腐かしら? ごはん? それともヨーグルト?」

 甘音は独自の白いモノ基準で食べ物を列挙していく。

「……まさか! 雪見犬福ゆきみけんふくか!」

 段ボール箱に向けてビシィっと言い放った。

 そうして、異変に気付いた。

「あら……?」

 箱の中の毛玉の主は、忽然と消えていた。



「お、おそろしい……あれがきっと“せんしゃ”に違いないですね……!」

 一人の少女が住宅街の道を歩いていた。

 見慣れない景色にきょろきょろとしながら、そばを通り過ぎる車にいちいち驚いている。


 ラテは嗣郎のにおいをよく覚えていた。

 あの雨の日も、嗣郎に抱きかかえられてこの店までやってきた。それから嗣郎はずぶぬれの髪をといて、頭を撫でてくれた。仕方ないとは言いながらも撫でてくれた。何度も、そう何度も。

 嗣郎はあまり目を合わせようとしなかったけれど、嗣郎のことをラテはしっかり覚えていた。


 ラテは今まで飼い主にいい子いい子(・・・・・・)してもらえなかった。

 失敗をするたびに叱られていた。何をしていいかわからず、余計に飼い主を苛々(いらいら)とさせた。

 いつの間にかラテは怯えることしかできなくなっていた。


「しろーさんはどこに……」

 ラテはただ嗣郎のそばにいたかった。

 だから、甘音の甘い隙を狙って店をこっそり抜け出していたのだ。


 ラテはかすかなにおいを手がかりにして道路を渡っていた。右から左から車のやってくる交通量の多い交差点。親切に一時停止してくれる者など、ほとんどいない。

「あまねぇさんは“ヨユーのヨッチャン”でしたけど。アレはそうもいきませんね……」

 そうしてラテは行き交う車に恐怖を感じて、道のど真ん中で立ち往生していた。

「あう……“せんしゃはやわらかい”と聞いていたのに。超強そうですよぅ……」

 車の往来はとどまることなく、重厚な排気ガスで嗣郎の手がかりを乱暴にかき消していく。


 ラテは覚悟を決めた。

 嗣郎のにおいが完全になくなってしまう前に。

 そしてなによりも、少しでも早く嗣郎の元へ辿りつくために。

 勇気を振り絞って前進した。



 それから、とある喫茶店。

 午後のうららかな陽光が射し込み、優雅なひと時を楽しめる……はずだったお店。

 店の中を店主が青い顔をしてあわただしく駆け回っていた。


「!? い、いない……いなくなってるぅ~」

 ラテが段ボール箱の中に収まっていないことに気付いてから、甘音は店中をくまなく捜索した。テーブルの下、カウンターの裏、それから冷蔵庫の中まで。

 しかし、どこにも見つからなかった。

「これはラテちゃんなりの、雪見犬福がNOという意思表示なの……? それとも豆腐がNOなのかしら……」

 冷静さを欠いた甘音がわけのわからないことを口走りだす。

「ひとまずは、落ち着けや」

 店主は客になだめられていた。


「まったく、しょうがねぇ姉ちゃんだな。お代はここ、置いとくぜ。釣りはやるわ」

 右往左往している甘音を見て、事態を把握した男の一人が席を立つ。

「犬、みっけたら雪見犬福にして食うたるわぁ。もしや犬が自分で帰ってくるやもしれん……姉ちゃんはここにおりや」

 そう言って男は足早に店を出ていった。

 男は背中で、「ワシに任せろ」と語っていた。

 その姿は頼もしく、輝いて見えた。


「おじさん……ありがとう……でもね」


 代金が、足りてないわ……。

 残された甘音はほろりと泣いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ