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05

「ねえお兄ちゃん、こっちは外せないの?」

 私がヨシュアさんの気色悪さに引いていると、マリアが残りの手枷と足枷を示して兄に尋ねた。マリアは兄のこの変質的な様子には突っ込まないことにしているのだろうか……この幼女は色々な意味で強くなっていくな。

「そ、その枷は……見たところ、強力な呪具だ。枷を嵌めている者自身の魔力を吸い上げて術式が展開され、対象の魔力を強制封印、及び枷自体の物理的強度と、術式保護のための魔術的強度を、吸い上げた魔力の限り上げている。これを外すには専用の解言を告げるか、無理矢理枷自体を破壊するか……あるいは、膨大な魔力で無理矢理術式を壊すしかないんだよ」

「それ、お兄ちゃんじゃできないの?」

「その……ヨ、ヨルさん……のお力になりたいのは山々だけど、私の力ではどれも……。ヨルさんは、かなりの魔力をお持ちのようだから、封印がとんでもないレベルになってて……それに、物理的に壊すのも、無理だ。多分この枷は……ハドルパス鉱で出来ている。術式で強度が上がっているし……壊すとしたら、ヨルさんもただじゃ済まない……」

「そっか……」

 会話の相手がマリアだったせいか、「ヨルさん」と言った時だけ一気に変態臭い声音だったものの、ヨシュアさんは比較的真面目な普通の声色でそう言った。

 言っていることはファンタジー全開の内容だったが、伊達にラノベやゲームに染まっていないため、一応何を言っているのかは理解することができた。つまり簡単に纏めると、現状この枷を外すための手立ては無いらしい。

「(クソッ、本当に厄介なもの着けてくれやがったな……)」

 あの城の連中がどれだけ魔族を恐れていたかがよく分かるが、濡れ衣でこんな物を着けられた身からすれば、何をこんなにビビっているんだと言いたくなる。しかも本来なら人間である私の敵に当たるのであろう魔族がこんな調子なので、逆に人間の方が性質が悪いと感じてしまっているほどだ。

 この二人が例外である可能性は捨てきれないため、まだ魔族というものには警戒心を抱いているが……まあ、好感度は人間の方が低い。

「あああ、あの!」

「はい?」

「貴女が何者か、き、聞いても、良いですか?」

「マリアも聞きたいっ」

 マリアは好奇心いっぱいと言った様子で私を見つめ、ヨシュアさんは相変わらず私をチラ見している。今まできちんと会話らしい会話などできなかったせいか、二人とも私のことは何も知らない。お蔭でどうやら、私のことには興味津々らしい。

「ああ……そうですね。お話しします」

 助けられた相手にいつまでも素性を話さないままというのも、少々座りが悪い。そういうわけで、私はマリアと出会うまでの経緯を、二人に簡単に説明することにした。

「信じてもらえるか分かりませんけど、私、この世界の生まれじゃないんです」

「そうなの?」

「ええと、ううう裏の生まれでは、な、ないということ、ですか?」

「裏? 何ですかそれ。私はあの……エウラタ、とか言ったっけかな。その国の上層部っぽい連中が、地球というところから私を召喚したんです。異世界って言えば分りやすいですかね?」

「い、異世界……」

「はい。それで、私を召喚した目的ですけど、魔族をどうにかするために呼んだ勇者なんだそうです。どの道協力なんてするつもりは無かったんですけど、そこでどういうわけか魔族だって勘違いされて、挙句の果てに公開処刑されそうになったから脱獄してきて……お蔭でこんな格好です。で、脱獄してすぐにマリアに会って、助けてもらいました」

「……魔族と、勘違い?」

「はい。全くいい迷惑ですよ。私は人間以外のものになった覚えなんざないってのに……!」

 私は手をぐっと握り、眉間に皺を寄せた。本当に、思い出す度に腸が煮えくり返る思いである。根に持つとかそういう問題ではないレベルだ。

 しかしそんな私とは対照的に、マリアとヨシュアさんは何やらきょとんとした様子で首を傾げていた。……私何か変なこといったか? この世界の生まれじゃないってのが信じられないのだろうか。

「お姉ちゃん、魔族じゃないの?」

 え? そっち? ていうか、え?

「……人間以外の、何者でもないけど」

「嘘だあ」

 真っ向否定されても。しかしヨシュアさんも口に出しこそしないが、マリアと同じ意見のようである。何処となく戸惑いが見て取れた。

 しかし事実として、私を産んだのは普通に人間で、私自身も人間だ。両親の肌は青くなかったし、目も普通で魔法なんて使えないし、翼も角も無い普通の日本人なのだが。祖父母も同じく、普通の人間である。そんな人間しか生まれようのない環境で生まれ育った私に向かって、何を馬鹿なことを。勇者だとしても、魔族なんて人外な存在ではない。

「じゃあ逆に、何を根拠に私が魔族だと思うの?」

「だって分かるもん」

「分かるって……」

「あああの、魔族というものは、どどっ、どう、同族を、感じ取れるんです。ヨルさんは、その、そういう感覚はありませんか?」

「感じ取る?」

「た、例えば、接近を感じ取ったりとか……」

 接近を感じ取る……言われてみれば、確かに思い当たる節はあった。

 マリアと初めて会った時。マリアと一緒にこの部屋まで来るのに、マリアを探している使用人らしい魔族達の目を掻い潜っていた時。ヨシュアさんがこの部屋に来た時。どういうわけか全部、魔族が近付くのを原因不明の親近感で感じ取っていた。

「(それの原因は、私が魔族だから?)」

 いやいやそんな馬鹿な。きっとアレだよ、召喚補正だよ。勇者たる者敵の存在を見逃してはならない的なそれだよ。うん。敵対している相手にどうして親近感なのかは、分からないけど……。

「ヨルさん、エウラタのにに人間達に、何故魔族だと?」

「えっと確か……魔力が痛みを発するとか、魂の色が黒だとか」

 あの魔術師のジジイは、確かそんなことを言っていた筈だ。よく分からないが、それが魔族と判断した決め手だったと思う。まあ確かに、魔力が痛いとか魂が黒いとか勇者らしくないよなとか思ったけど。

「く、黒い魂の生成する、痛みを伴う魔力は、ままま魔物、及び魔族……特有の魔力です。だから貴女は、ヨ、ヨルさんは、魔族で間違いないかと……」

「………」

 …………………。

 嘘だろ。


 ***


「――は?」

 人間どころか魔族ご本人にまで魔族認定された私は、思わずその場で頭を抱え込んだ。

「(嘘だ、だって私人間だよ?それとも、私の世界の人間がこっちで言う魔族なわけ? いや、それはない、だって私とマリア達じゃ全然見た目が違う。それに人間の姿だって私と変わらなかった。だから私は人間で、でも、)」

 この二人、そしてあの城の連中は、私を魔族だと言う。人間であるあの連中から言われれば、それは言いがかりだとはっきり否定できる。だが、魔族であるこの兄妹までもが私を魔族だと言うと、途端にはっきりと言えなくなる。私は人間であることを否定され、更に魔族であると肯定されてしまったのだ。

 否定と肯定は、どちらか片方だけだと、使われなかったもう片方で反論ができる。だが、両方の言葉を使って同じ根拠で突きつけられると、それらは互いを「確認」という形で補い合い、逃げ道が無くなってしまうのだ。

「あ、あの、ヨルさんがど、どんな境遇で育ったのかは、分かりませんが……ままま間違いなく、貴女は魔族です。も、元の世界で人間としていい、生きていても、魂の色が黒いなら、魔族なんです。少なくともこの世界では、容姿ではなく、た、魂の色で、その種族が決まります。器である肉体がどうなろうと、かか、核である魂は、不変のものなんです。決して、変質しません……」

「……いや、ないない。ねーよ。私人間だよ。人間なんだよ」

「でも、人間だったらマリア、お姉ちゃんのことなんて殺してたよ?」

「ええ……マリアが人間を、わ、わざわざ助けようとする筈が、なな無いですし……」

「えっ……」

 何てことだ。いつの間にか、私は命がけで自分が人外であると証明していたというのか。再びマリアの無邪気な笑顔にぞっとした瞬間だった。

 ていうか、やっぱり人間と魔族ってそういう仲なんだな……私の警戒は間違ってなかったんだ……。

「(今まで私が無事ってことは、やっぱり……?)」

 一瞬頭に過った肯定の意思を、私は頭を振って振り払う。

 そんなことない。そんなことは無い筈だ。多分きっと……彼らは何か誤解してるんだ。そうだ、そうに決まっている……。

「(……とりあえず、この問題には今は目を瞑ろう。考えても埒が明かない。素数を数えて冷静になろう……)」

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

「あ、ああ……うん、大丈夫……」

 私はマリアに少々引き攣った笑みで答えながら、とりあえず私は人間だということで、問題を棚上げした。もういいじゃん、こんなの考えたくない。

「え、えっと、その、この話はもう、終わりにしましょうか……?」

「……そうして下さい」

「……はい」

「………。はあ……」

 私は鉛のような吐息を吐くと、新しく降りかかってきた厄介な問題によって疲労が増したのを感じた。

 勇者なんて他力本願の代名詞のようなものに選ばれて異世界に召喚された挙句、私は人間ですらなくなってしまったというのだろうか。冗談にしては性質が悪過ぎる。私の十八年の人生全てを否定されているようなものだ。

 ……人間じゃないなんて、本当に冗談じゃない。


「……ねえ、ヨルお姉ちゃん」

「ん……?」

「これから、どうするの?」

 どことなく私を気遣うように、マリアが沈黙を破って口を開いた。少なからず意気消沈していた私だが、別の話題に切り替わったせいか、頭が動き始める。

「これから……」

 ――そうだ、これから先のことを、前もって考えていたじゃないか。助けてもらったんだから、お礼というか、対価を支払わないと。

「あの、ヨシュアさん。マリア」

「は、はい!」

「何?」

「助けてもらったんですけど、私、見ての通り何も持ってないんです。だからお礼はもうちょっと待ってもらえますか? もし今すぐにってことでしたら、私の世界の知識を提供するくらいしかできないんですけど……」

「えっ、そ、そんな、お礼なんて……そ、それに、猿轡しか外せなかったし……」

「でも、喋れるようになっただけずっとマシです。一方的にお世話になるっていうのは、ちょっと」

 ヨシュアさんは首を横に振っているが、私も引く気は無い。プライドの問題というものもあるが、やはり助けてもらって何も返さないというのは、人間としてどうかとも思うわけだし。

「あの、まだこんな状態ですけど、頑張れば多分肉体労働もできます。この世界の常識とか分からないんで、逆に迷惑をかけるかもしれませんけど」

「ヨルさん、ほ、本当にいいですって……」

「私がよくないんです。気が済みません」

「でででで、でも」

「……ヨシュアお兄ちゃん、ヨルお姉ちゃん」

 ヨシュアさんと私が平行線を辿りそうな会話を続けていると、少しの間黙っていたマリアが間に割って入った。

「何だ、マリア?」

「マリア?」

「あのね――」

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