00 ファンタジーは二次元だけにしろ
随分と長い間放置してしまい申し訳ありません。頂いたご感想などを元に、初めからざかざかとお話を書き直してみました。
ちょこちょこキャラや設定が変わっていますが、お話やキャラの根本は変わらないままですので、どうぞよろしくお願いいたします。
齢十八歳という思春期の、しかし大人としての思考も形成しつつある、特に家庭に問題が無い女子高生に、「貴方は自分の家族を愛していると思いますか?」という質問をした場合、どんな答えが最も多いのだろうか。
思春期真っ只中な子供の面が強い人なら、「愛してるとかないわー」と、辟易気味に言うのかもしれない。
思春期を半分終わらせて大人になり始めた人なら、「愛してるかどうか分からないけど、嫌いではないと思う」と、考えた末に言うのかもしれない。
早熟で思春期という子供の域を完全に脱却したような人なら、「勿論愛してます。そして感謝しています」と、自分の人生を振り返ってしみじみ言うのかもしれない。
少なくとも、何かしらの感情に基づいた回答が出ることは確かだろう。実際、私のクラスの家庭科の時間で、家族についてだか何だかという小学校の道徳の授業のような内容をやって、その一環でこの質問をされた時、クラスメイトの女生徒達の回答は、大体そういったものだった。
しかし私ときたら、そんな当たり前とも言える回答をすることが、どうにもできなかったのである。
「芹沢さん、どうしてこう思ったの?」
担任であり家庭科教師の八十畑先生が、困った顔で私に言った。この先生は穏やかで生徒想いの良い先生と専らの評判なので、先の授業での私の回答を聞いて、わざわざ放課後に呼び出して面談をするくらい、色々と心配になったようだ。
「はあ……どうしてと言われても」
「何かご家庭で問題でもあるの? もしそうなら、先生が相談に乗るわよ?」
「いえ、特に何も問題は無いんですけど」
「本当に?」
八十畑先生は疑うように、しかし心配そうに私を見つめる。なるほど、確かに評判通りの良い先生なのだろう。
「本当に何にもないですよ。父は普通の会社員だし、母も普通の専業主婦で、妹も普通の中学生です」
「じゃあ……どうして回答用紙に「家族はいない」なんて書いたの?」
先生が取り出した見覚えのある紙には、例の質問と回答欄が印刷されている。そして回答欄には、確かに私の字で「家族はいない」と書かれていた。隅の方の記名欄には「芹沢 依」とはっきり記されており、筆跡鑑定なんてするまでも無く私の回答用紙だった。
「もし言いにくい事なら、無理に訊こうとは思わない。でも、何かそれで芹沢さんが苦しんだりしているなら、先生が力になるわ」
「そうですか。でも」
「大丈夫、ここで話したことは誰にも言わない。だから――」
「………」
先生は「無理に訊かない」と言いつつも、私の口を何とか割らせようと、苛立ちを覚えるレベルで私に話を催促し始める。
……親切心ではあるのだろうが、正直に言うと鬱陶しいことこの上ない。家族に関して嘘は言っていない。本当に何も問題は無いのに。
「だから芹沢さん――」
「いや、ほんとに何でもないんです。ご心配おかけしてすみません。ちょっと今日は用事があるので失礼します」
「あっ、芹沢さん!」
表面上は穏やかではあるが、もはや詰問同然となった先生の催促から逃れるため、早口でそう捲し立てた私は、手早く鞄を引っ掴んで家庭科準備室から足早に立ち去った。あからさまな逃亡に先生が私を引き留めようとしているのは分かっていたが、全て見ないふりをして廊下を走る。穏やかな性質と言われる八十畑先生なら、こんな風に逃げる生徒を追うまい。
とは言え、あの様子では生徒想いと言うよりも、生徒想いと言われる自分に酔っている感が否めなくなったが。気にかけて心配しているのは本当なのだろうが、ヒロイズム的なものが多分に入り混じっているとしか思えない。私は昇降口で内履きから革靴に履き替えながら、担任の性質に辟易した。
突然だが、「中二病」、あるいは漢字を変えて「厨二病」、というものをご存じだろうか。
文字通り中学二年生頃の少年少女が、突然なんの根拠も無く自分は特別な(もしくは孤高・孤独の)存在なんだと思い込んだり、その結果として色々とアレな行動や言動をし始める、黒歴史を生み出す最たる原因であろう病気である。
告白しよう。私、芹沢依は、物心ついた頃から中二病で、十八歳になった今も治っていない。……いや、もはやこれは病気と言うより、障害と称した方が正しいレベルのものである。
先程八十畑先生に呼び出しを食らう原因となった質問の回答、あれは見る人が見れば十中八九中二病の症状であると判断するようなものだ。当の本人である私もそう思う。
私はあの質問をされた時、無難な人生を送るため、当たり障りない回答をすることは勿論できた。私は中学二年生ではないし、いくら中二病であっても、その程度の判断はできる。
しかし、私は敢えてそうはしなかった。それは私だけが知っていることとは言え、紛れも無く嘘であるからだ(私は嘘が嫌いだ)。
私は生まれてこの方、家族と言うものが居たと思ったためしがない。どころか、私と同じ存在が居るとも感じられない。
こんな思考や感覚を抱いているなんて、中二病以外の何物でもない。自分でもそう思う。
だが、私にはそういう思考や感覚以外が、全く身の内に湧き上がらないのだ。その「中二病」的思考は、私にとって事実以外の何物でもないのだから、これまたどうしようもないというものだ。
先程先生はしつこく家族に問題が無いかを尋ねてきた。だが、父も母も妹も、何ら問題は無い。問題があるのは、私自身なのである。
校門を過ぎた頃には、既に太陽が傾き始めていた。委員会や部活の帰りなのか、校門付近にはジャージ姿の生徒と制服姿の生徒が何人もいる。
「(友達、なんだろうね。あの人達は)」
何人もの生徒たちが連れだって帰路に就くのを見ながら、私はぼんやりとそんなことを思う。
ぶっちゃけた話、私には友達がいない。正確には、作ろうと思っていない。
私は先に述べたように、家族が居ないと思っているのに加えて、自分と同じ存在が居るとも感じていない。否。どちらかと言うと、自分と同じだと思える存在が居ないので、イコール、家族は居ない、という流れになったのだが、まあそれは置いておく。
とにかく、私は今同じ制服に身を包み、同じ言葉を話し、似たり寄ったりの姿形をしている彼らを、自分と同じ存在であると感じられなかった。確かに同じ人間という種族なのであろうことは明白なのだが、どうしても私と彼らは違うという感覚が拭えない。
これは深刻な中二病だと自分でもつくづく思うが、しかし本当にそうとしか感じられないのだ。これまた重度の中二病的発想だが、魂が彼らとは違うというような。そんな差異を本能的に感じているのである。どんな本能だ、という話だが。
まあそんなわけで、私はどうしても自分とは違う存在である彼らに、親しみを覚えることが欠片もできなかった。親しみどころか、興味も殆ど無いに近い。担任の人柄さえも、先程の呼び出しまで「風の噂でたまたま耳に入っていたもの」程度の認識しかなく、自分で作り上げたイメージが全く無かったくらいに、私の他人に対する興味は極々薄いものだった。
「(しかし、明日から八十畑先生を見る目が変わるな……きっと先生が私を見る目も変わるんだろうけど)」
それは面倒臭い。実に、果てしなく、面倒臭い。
ゲームとか小説だと、深刻な話の途中で逃げだした生徒なんて目の当たりにした日には、大抵あの手の教師は「自分に言えない深刻な事情を抱えて苦しんでいるに違いない」とか、そんな感じの間違ったイメージを抱くものだ。実際は……本当に問題が無いと言えば違うが、あれこれと詮索されることが鬱陶しかっただけであるのに。
正直、世の中の全ての会話に選択肢が存在すれば、と思わない日々は無い。その方が人生順風満帆だろう。……多分。
私は周囲の人間に対して色々と壁を感じているが、その分ゲームや小説といったオタク的な物は大好きである。乙女ゲームなんかはもっぱら主人公視点で話が進むが、それでもゲームである以上はプレイヤーである私は完全に観客の立場と言って良いものなので、最初から壁も何も無く、差異も何も感じないためだ。小説も同じである。
周りの人間には興味は無いが、その人間が生み出した物には興味が沸く。我ながら皮肉だな、とは若干思う。そして、そういった物に傾倒しているからいつまでも中二病なんだ、とも思う。
しかし、私は自分の感情に正直なタイプなので、好きな物を手放してまでこの自分の思考や感覚を修正しようとは思わなかった。別に困ってないし。
「(今日の夕飯は何にしようか……まだ昨夜の残りの煮物があったよな)」
空腹を覚え、私は冷蔵庫の中身を思い返す。
私は学校に近いアパートの一室で一人暮らしをしている。理由は言わずもがな、家族を家族と思っていない私が、家族と衝突した結果である。
向こうがいくら私を家族と認識していても、私自身は彼らを赤の他人以前の存在としか思っていないのだ。学校のような一定時間だけでいい場所ならまだしも、一つ屋根の下で赤の他人以前の問題である存在と、一緒に暮らせるだろうか。少なくとも、私の答えは否である。
物心ついた時から家族を含む周囲に馴染まなかった私と彼らは、何度も衝突した。そして幾度かの衝突の末、「義務教育までは同居すること」、「別居しても、月に一度は顔を出す」、「成人するまでは経済的援助をする」、「成人したら援助されていた分のお金を返す」、「成人後は一切お互いに干渉しない」という約束をしたのだ。こうしたわけで、現在高校生である私は、家族と別居するに至っている。
こちらはそうと思っていなくても、向こうは私を娘と思っているのだから、それなりに悪いような気もしなくはない。だが、私は基本的に自分を最優先にするタイプだ。自分が我慢してまで彼らの感情を優先しようとは思わない。もし私が他人を優先したいと思ったら、それは私がそうしたいと思った時だろう。今の私が彼らに対してそんな風に思うことは全く無かった。
「(それにしても、もう秋なのに何だか暑いな……残暑も過ぎたと思ったけど)」
もうかなり傾いた太陽には、昼ほどの暖かさは無い。なのに、先程から妙に空気が生温かった。まるで夏の夕暮れのような気温と湿気だ。
「(制服が少し汗で貼り付くな。帰ったらまず風呂に入ろう。で、夕飯は昨日の残り物とそうめんにするか。楽だし、暑いし)」
夕飯の献立を決めると、私は足早に家に向かう。何年経っても好きになれない肌がべたつく感覚が気持ち悪くてならず、早く汗を流したい気持ちでいっぱいだった。
今朝に見た天気予報で昨日より気温が二度下がると言っていたためにセーターを着てきたのだが、失敗した。今朝の自分の判断が悔やまれる。小さな後悔で眉間に皺が寄った。
「……ん?」
ふと、どこからか音が聞こえたような気がした。いや、あれは音と言うよりも声だろうか。
気になって足を止め、耳を澄ませてみる。すると、出所こそ分からないものの、やはり声が聞こえた。しかも、それはまるで読経のように一定のリズムで聞こえてくる。明らかに尋常ではない雰囲気の声だった。
「(幻聴? うわあ。私、とうとう本格的なゲーム脳になった?)」
そんなことになったら残念過ぎる。既に生まれついての中二病なんていう馬鹿みたいな疾患を抱えているというのに、本格的にゲーム脳になったら手に負えない。自分自身でも匙を投げるわ。
それでも、ゲームするのはやめないけどな! 絶対やめないけどな!
……などと、誰にとも分からない宣言をしながら、音源を探して周囲を軽く見回す。
「?」
周囲に目を向けていた中でたまたま地面を目にした時だった。何故か私が立っている周辺が、妙に明るいことに気が付いたのである。そうして何事かと反射的に上を見上げると、そこには信じられない光景があった。
「えっ。光る魔法陣とか」
ねーよ。
そう続けた筈の言葉は、魔法陣が放った一際明るい光に呑みこまれてしまった。




