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※12/22に最後の部分を書き直しました。

 「姫様、姫様」

 「………ぅ……」

 「姫様、起きて下さいまし。お目覚めの時間ですわ」


 何か……揺さぶられている感覚がする……何だ? ていうか、肩痛い……。


 「……んっ……」

 「っ……まあ姫様、なんてお可愛らしいお声を出されるのですか……! 誘ってらっしゃるんですか? よろしいのですか?」


 さっきから煩いな……何だよもう……。


 「同意しましたね? なさいましたね? では失礼して――」

 「――ヴェロニカ姉さん!!」

 「んもうっ! ヴォルクス!! 何でもう来るのよ!!」


 ん……? 何? 何の音? さっきからバタバタと、寝てられない。

 私は思い瞼を擦りながら、頭まですっぽり被せていたシーツから這い出して騒音の方を見やり――固まった。


 「………」


 下に居るのは私の侍女、ヴェロニカさん。上に居るのは私の執事、ヴォルクスさん。二人共髪やら服やらが大いに乱れ、ヴェロニカさんは大胆に捲り上がったスカートから覗く脚線美が、ヴォルクスさんは中途半端に解けたネクタイが、元々の色っぽさを過剰なまでに掻き立てて扇情的だ。双方苦しそうに眉根を寄せていて、興奮しているのか頬も薄紅色に染まり、更にそっくりな顔立ちが奇妙に美しい左右対称(シンメトリー)で互いを見つめ合っている。

 ……これは……。


 「……寝起きに近親相姦はキツイです。それに私、人のプレイ見て興奮するタイプじゃないですし……。お風呂場に行ってますから、後は好きに夜中の運動会……じゃないか。朝の運動会してて下さい」

 「ひ、姫様!? いつお目覚めに……い、いえ、誤解です! 私はただ愚弟をぶっ飛ばそうと……」

 「王女様! 王女様!! 違うんです!! 私はただヴェロニカを取り押さえようと……」


 私がそう言ってお風呂場に引っ込もうとすると、二人はあたふたと服の乱れを直しつつ、弁明を始める。どうやらヴェロニカさんの例のアレをヴォルクスさんが阻止していたようだ。

 ……いや、分かってたけど。ヴェロニカさんは魅了(チャーム)からしても両刀使い(バイセクシャル)じゃなくて、確実に同性愛者(ホモセクシャル)だろうから、男性に、ましてや弟のヴォルクスさんに欲情するわけがないだろうからね。ヴォルクスさんもあの性格では、実の姉に手を出すなんてことしないだろうし。取っ組み合いになった程度であんなベッタベタな誤解するなんて、私は乙女ゲーの主人公のように純粋じゃない。

 でもちょっと魔が差して悪ノリしてみたけど、いやあ面白いこと面白いこと。ま、ヴォルクスさんが必死過ぎてやっぱり不憫だから、そろそろやめておくか。


 「うん、ごめんなさい。分かってます。冗談です」

 「姫様っ、冗談にもほどがありますわ! しかもよりによって相手がヴォルクスだなんて……!」

 「元はと言えば、姉さんが王女様にあんな真似をしたのが……いえ、申し訳ありません王女様。お見苦しい所を」

 「申し訳ございません、姫様。事故でもあのような現場をお見せしてしまうだなんて、姫様を私以外で穢してしまいましたわ」

 「朝から突っ込むのは疲れるので、とりあえずヴェロニカさんは仕事をして下さると嬉しいです」


 執事の鑑のようなヴォルクスさんに目で合図をすると、彼は洗顔用の盥と共に、ヴェロニカさんを衣裳部屋に押し込んでくれた。やはり彼は良い人である。この人が居て良かった。私はヴォルクスさんに感謝の念を抱きつつ、ヴェロニカさんに続いて衣裳部屋に入った。


 どこぞのモデルだか芸能人だかが、テレビでよく部屋一つ、あるいはマンション一室を衣裳部屋にしていたのを、当時の私は「馬鹿じゃねえの」と思っていたものだが、今となってはそうも言えない。学校の家庭科室よりも広い衣裳部屋は、文字通りドレスで溢れているのである。

 私はこんなに服(しかもいかにも貴族ですみたいなコルセットとパニエ付きのドレス)があっても無駄だとしか思えないのだが、王族ともなるとそうも言ってられないのだろうか。色がピンクだの赤だのではなく、モノトーンや紫、藍色などの暗い色であるのだけがまだ救いか。

 しかし、18年間行方不明だったのに、何故こんなに体に合ったドレスが山のようにあるのだろうか。私はそんなことを不思議がりつつ、嬉々としてドレスを持ってきたヴェロニカさんを見やる。ああ、どうやら今日は紺色のドレスらしい。コルセットってきついんだよなあ……。


 「姫様、今日のお召し物はこちらのドレスに致しましょう。でもその前にお顔を洗わせていただきますね」

 「はい(自分で洗いたいな……)」

 「では失礼し…て……」

 「……? ヴェロニカさん?」


 私の髪を簡単にまとめたヴェロニカさんが突然固まり、手にしていたタオルを取り落す。一体どうしたのだろう。まさかまた欲情したのか? ヴォルクスさんを呼ぶ準備はしておいた方が良いだろうか。


 「ひ、姫様……それは……」

 「それ? ……あ」


 わなわなと震える指先で指摘され、何だろうと思って鏡を見た私は、瞬間的に血の気が失せた。

今までは髪で隠されていた夜着から覗く肌、その肩の辺りには青い痣が。そして首筋には、明らかにアレですよねという赤い鬱血痕が残されていた。

 あ……あのストーカー野郎! 痣はまだしも、まさか気持ち悪さに乗じてこんな真似までも……気付かなかったぞ!?


 「ヴェ、ヴェロニカさん、これは――」

 「いやあああああ! 姫様が、姫様がああああああ!!」

 「何事ですか王女様! 今ヴェロニカの絶叫が……ああああああ!!」


 ……近親相姦もキツイが、絶叫はもっとキツイな。


 ***


 「殺してしまいましょう、姫様」

 「殺してしまいましょう、王女様」


 混乱しまくった二人を必死に宥め、更に肩の手当てを受けた後、私は昨夜の事情を二人に説明した。二人共大変憤っていたが、一息吐いてやっと落ち着いたと思ったのに、直後に微笑みながら同時に吐いた台詞がこれである。


 「にこやかに言うの止めて下さい。冗談抜きで怖いですから」

 「では姫様、怒り狂って叫べばよろしいので?」

 「では王女様、怒り狂って叫べばよろしいので?」

 「シンクロしてるところが余計に怖いです。お願いだから落ち着いて下さい」


 美形が怒ると怖いとはよく言ったものだが、実際物凄く恐ろしいものである。できれば知りたくなかった。その上美形レベルが最上級の二人が怒った顔は、もはや般若も裸足で逃げだすような迫力だ。実際私も逃げ出したくてたまらない。二人の苺のような赤い眼の色が、滴る鮮血の色に見えてくるくらいの恐怖だ。漂う色気も、今や殺気である。それでも色っぽいのだから、最早奇跡だな。

 ……と、色々現実逃避気味に考えてみても、現実の魔族二人はにこやかに切れ続けたままな訳で。しかも魔族らしく感情的になっているのを、主人(わたし)の前だからとギリギリで踏み止まって許可を求めてきている状態なわけで。とにかく、このままでは今にもレドランド邸に殴り込みをかけそうだ。それだけは止めさせないと……。


 「まず最初に言っておきますが、ヨシュアさんをぶっ殺しに行っちゃ駄目です」

 「何故なのです姫様! レドランド侯爵は私より先に姫様の寝所に忍んだのですよ!? 人間(エサ)が相手でないなら、淑女(レディ)の寝所に夫でも恋人でもない者が入り込むなんて、許されませんわ!」

 「確かにぶっ飛ばしてやりたいとは思いますが、とにかく駄目です」

 「……理由をお聞かせ願えますか、王女様。主人を害されて黙っているなど、我々にはできません」


 ヴェロニカさんの発言に突っ込んでいるような余裕が無いのか、ヴォルクスさんが酷く静かに、かつ抑揚のない口調で尋ねる。この口調は恐らく、怒りを無理矢理抑えつけているのだろう。ヴェロニカさんはヒステリック型のようだが、ヴォルクスさんはヨセフさんのように静かに切れるタイプのようだ。


 「昨夜のことを公にしたら、レドランド家も処罰を受けますよね」


 昨日、ヨシュアさんは「一族郎党全て殺されるのを覚悟で忍び込みました」と言った。つまり、逆に言えば彼の侵入が公になれば、まさにその通りのことが起こるということになる。彼はストーカーだし変態だが、馬鹿になるのは私関連のことだけだ。決して愚かではないだろう。彼のこの予想は恐らく正しい。

 そしてそれを肯定するように、ヴォルクスさんが静かに頷いた。


 「勿論です。魔王陛下がこのことをお知りになられれば、我々以上にお怒りになる筈です。レドランド家どころか、アモン一族を皆殺しになさるでしょう」

 「それですよ、それが嫌なんです。ヨシュアさんは別にいいですけど、マリアやヨセフさんもとばっちりを喰らう」


 ヨセフさんはちょっと怖いけど、私を両親の所に帰してくれた人だ。マリアは私にとってこの世界で初めて優しくしてくれた天使だし、何より子供だ。この二人までヨシュアさんのとばっちりで殺されるなんて嫌だ。他のアモン一族とかは面識も無いしどうなろうが今の所知ったことではないが、この二人は駄目だ。

 それに、もし私が嘆願してヨシュアさんだけに処罰が下りたとしても、残されたヨセフさんやマリアには、犯罪者の親兄弟という不名誉が付きまとうことになる。加害者家族を題材にした映画があるが、それでも描かれていたように、加害者の家族というのは例え加害者本人が死刑になったとしても、痛烈なバッシングに晒されることになる。誹謗中傷は勿論、学生の兄弟が居れば年齢が低いほど高確率で虐めに遭うし、賃貸住宅に住んでいれば、追い出されることもあるのだ。また、マスコミによる二次被害も多い(もっとも、これはある意味日本国内に限った話なのだが)。

 日本では加害者の家族に対して、名前を変えたり引っ越しをしたりと言った「保護マニュアル」に従ったことがなされるようだが、それも加害者が未成年の場合だけらしい(その上保護の目的は、供述などを取るために加害者家族の自殺を防ぐためである)。魔界では未成年者の犯罪の場合すら、まず保護などという概念が無いだろう。皆殺しだし。そもそも保護がされたとしても、あの親子は容姿からして目立つだろうしな。名前を変えようが住居を移そうが、確実にこの不名誉が後をついて回る筈だ。


 「マリア達に害が及ぶ可能性があるなら、ヨシュアさんのことは公にできません」

 「そんな、姫様!」

 「絶対に公にしないで下さい。お願いします」


 私は頭を下げ、納得がいかないと言う顔をしたヴェロニカさんに釘を刺した。

 恐らくだが、ヨシュアさんはこれを狙っているような気もする。彼は私がマリアを気に入っていることを知っているから、彼女に対する配慮として事を公にしない目算があったのかもしれないな。

 ストーカーは妄想の住人だが、精神を深刻に病んでいるようなことが無ければ、同時にそれが妄想であることも知っているものだ。ヨシュアさんの場合なら、わざわざ忍び込んだ手法が、警備の隙を掻い潜る・突破することが前提の「侵入」ではなく、警備を無視できることが前提の「出現」だったことや、マリア達のことを意識させる、例の一族郎党皆殺し覚悟という発言などからも、その辺抜かりあるまい。何て小賢しいストーカーだ。


 「……分かりました。王女様がそこまで仰られるのでしたら」

 「そんな、ヴォルクス! 貴方正気なの!?」

 「姉さん、落ち着いて。……何とか頭を落ち着けて、少し考えたんですが、もしレドランド家に咎が及べば、そこで働いているヴィヴィアン姉さんにも、何かお咎めがあるかもしれません」

 「なっ……ヴィヴィアン姉さんにも……!?」


 ヴォルクスさんが指摘した可能性に、ヴェロニカさんはそのふっくらとした唇を噛みしめた。もし切れてしまったりしたら大変だし、止めた方が良いとは思うが、彼女は今そうすることで怒りを抑えているのだろう。魔族の親兄弟の絆は強いと教えられたが、先程までヒステリックに叫んでいたヴェロニカさんが黙り込んでしまう程に効果があったらしい。


 「……分かり、ましたわ」

 「ありがとうございます」

 「っですが、それでは王女様が泣き寝入りするだけに……!」

 「まさか。泣き寝入りなんて真っ平ごめんですよ」


 何故か泣きそうな顔をしたヴェロニカさんに、私はニヤリと笑う。

 当然だ。悪質な詐欺に引っかかったわけでもあるまいし、このまま黙ってあのストーカー男の好きにさせてたまるか。相手をすることが憂鬱なのには変わりないが、一矢どころか二矢三矢と報いてやる。


 「ヨシュアさんには、サルガタナスという協力者がいました。一族としか言わず、私も姿を見ていないので、サルガタナスの誰なのかは分かりません。ですが、サルガタナスの誰かが確実に協力しています。そして、見当を付けることもできます」


 ぴっ、と人差し指を立てると、淫魔の姉弟は私を食い入るように見つめた。……この指を揺らせばその通りに動きそうだな。試してみたいがやめておこう。


 「条件その1、ヨシュアさんと繋がりがある者。これは当然ですね」


 繋がりが無くては、協力を取り付けることもできまい。まあ、その辺に居た人を捕まえて無理矢理協力させたかもしれないけど、そんな突貫工事の関係で魔王城に忍びこむなんてリスクの高いことをするわけがない。身辺を洗うのは重要だ。


 「姫様……それは残念ながら、条件としては前提の前提になりますわね」

 「そうなんですか?」

 「ええ。サルガタナスの一族は、アモン一族と仲が良いのです」

 「なるほど。でもまだ絞り込めます。条件その2、魔王城の関係者」


 いくらサルガタナスがあらゆる場所に対象を瞬間移動できるとは言っても、知らない場所に移動することはできないだろう。この部屋にはバルコニーに繋がる硝子戸があるが、バルコニーは中庭に面している。この中庭は四方を城の壁に囲まれているため、城の中からしか来ることができない。外からこの部屋の位置を確認するためには中庭に入れなくてはならないし、それ以外でこの部屋の場所を特定するなら、それこそ城勤めでもなければ分からない筈だ。

 勿論、誰か城勤めの者から場所を伝え聞いている可能性もあるが、それではあくまでも想像にしかならない。だから多分、直接移動先を見ておかなければならないだろうと思う。


 「そして条件その3、小柄であること」

 「小柄? しかし王女様、姿は見ていないのでは?」

 「姿は見えなかったんですが、シルエットは見えたんです」


 カーテンを閉め切られたために姿ははっきり見えなかったが、ヨシュアさんと立ち去る時、そのぼんやりとした影だけは見えていた。

 ヨシュアさんは大体180cmはあると思うが、そのシルエットは彼より頭一つ半は小さかった。頭一つが大体20~25cmくらいだから、多分140cm以上、155cm以下くらいだと思う。だから多分、女かもしれない。


 「ヴェロニカさん。ヴォルクスさん。以上の条件に当てはまるサルガタナス、知りませんか?」

 「……一人、その全てに当てはまるサルガタナスが居ります」

 「誰です?」


 ヴェロニカさんが静かに言う。彼女が思い当たるということは、やはり女性か。


 「私の部下のメイドで、ニーア・オズマーニュという子ですわ」


 ビンゴ。やっぱり女か。それにメイドなら話が早い。待ってろよストーカーめ。

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