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お気に入り件数が900超えた上に、日間ランキング入りだと……? 感謝以上に恐縮です。ありがとうございます。
あ、この回はヨシュアのマジキチストーカー列伝になっていますので、苦手な方はお気をつけて。
「あっ……や…やっぱり、おお起きて……っ」
「むしろ眠っていたかったですがね……!」
咄嗟にヨシュアさんの腕を掴み、ベッドから離脱しようとしていた彼を引き留める。デフォルトで顔色が悪い彼は、この暗がりの中でますます顔を青褪めさせていたが、私の顔を真正面から見たせいか、その上頬を赤らめるという無駄に高等なことをやらかしていた。
とりあえずそこに突っ込むんでいる余裕は無いので、私はちょっと蹴ったりしながら無駄にデカい図体のヨシュアさんをベッドから引き摺り下ろすと、床に正座させて静かに尋ねた。
「単刀直入に訊きます。何故私の部屋に侵入してるんですか。ていうか、どうやって入ったんですか」
ある意味予想はできてたし、分かってた。ストーカー気質の彼がいずれ部屋に侵入するであろうことも、一週間以上私と顔を合わせなければ、何かしら行動を起こしてもおかしくないことも、何となく分かってはいた。現実のストーカー被害の経験は今までに無いが、二次元キャラのストーカーの行動と、趣味で調べた現実のストーカーの行動などは、それなりに把握している。部屋に侵入なんてストーカーのテンプレだ。
とは言え、この一週間ですっかりそのこと忘れていた私も、用心が足りなかったかもしれない。だが、実際に他人の部屋に勝手に入って寝顔を視姦レベルでガン見してくる奴が一番悪いに決まっている。出会って半日も経たないような相手がここまでストーカー的なレベルを上げているなんて、一体誰に予想ができると言うのだ。少なくとも私はもうちょっと会うか何かしていて、向こうの私に対する好感度が上がってから来るもんだと思っていたよ。私に非は無い。
「そ、その、あああ貴方に、会いたくて……」
「会いたくて、で許されるか! 会いたくて、で部屋に侵入できるか! 馬鹿ですかアンタは! 惚れたとかそういう理由で何でも許されてたら、この世にストーカー犯罪は無くなってるよ!」
しかも回答としては要領も得ないから0点だよ! 本当駄目だなこの人! しかも照れながら答えんなよ!
そもそも、この人が私を好ましく思ってるのって、多分一目惚れだったよね? 今の私の顔、最初に会った時とは比べるべくも無い美少女なんだけど……まあブスになったんじゃなくて美人になったなら、逆に良いことなのか?
あ、いや待て。確かこういうストーカーって、一方的に何かしらのフィーリングを感じるものだって某海外ドラマで聞いたな。それプラス魔族クオリティが合わさったなら、外見関係無いのか? ますますもって救いようがない。ストーカーという時点でもう駄目な気はするが。
ていうか、怒りに任せて突っ込んで詰って睨んでいたわけだけど、ヨシュアさんの様子がおかしい。私の前ではデフォルトでおかしいとは思うが、輪をかけておかしい。
少なくとも約一週間前までは私を直視なんてできなかった筈なのに、目を合わせるどころか、じっと見つめてきてる。
「………」
「……な、何ですか」
「……ど……どうして……」
「え?」
「どうして分かってくれないんですか!?」
ぼふんっ、なんて可愛らしい音とは裏腹に、気が付けば私は大変な状態になっていた。何がどう大変って、ヨシュアさんが何故か逆ギレしてることとか、正座してた筈の彼が私の上に乗っかってることとかだよ。
「一目見た時から私は貴女に心奪われました! でも突然そんなことを言ったらヨルさんを困らせるだけだと思ったから、まだ胸に秘めておこうとも思っていました。ですがヘジュデの森で、淫魔でもないのに私に迫って体を委ねてきて下さった! その瞬間に確信したのです、貴女も私と同じ気持ちなのだと!! しかし、本心では私と一緒に居たいと思っているのに、行く当てがないと言って敢えて私の前から姿を消そうとする素振りをすることから、貴女が素直ではないことも分かりました。魔王様の一人娘だということで軽々しく私の元へ嫁ぐことができないと考えているのでしょう? しかし私への想いは止められなかった! あんな態度をわざととったのは、私へのメッセージでしょう!? 分かっています。ええ、貴女が本当は私に会いたがっていることも、今すぐにでもエウラタを血祭りに上げたいと思っているのも分かっています! 全てヨルさんが教えて下さいました! しかし魔王様から貴方を苦しめたエウラタの連中を殺す許可も、面会の許可も頂けませんでした! ならばせめて貴女が私と堂々と会えず、私を恋しがって流した涙を拭って差し上げようとやって来たんですよ!? なのにどうして貴女は怒っているんですか!?」
もっと違う状況でこんな状態になっていたら、年齢=彼氏居ない歴の私は、多分乙女(笑)のように顔を赤くして慌てふためいただろう。だが、私はマシンガンのような勢いで紡がれた話の内容に、ぽかんと呆気に取られていた。
ヤバい。ヨシュアさん、ストーカー気質どころか、完全にストーカー覚醒してた。典型的なストーカー理論だよコレ。一種の押しかけ厨の思考だ。
「っ……ヨ、ヨシュアさん、落ち着いて……」
「どうして私を受け入れてくれないんですか!? 貴女も私と会えて嬉しいでしょう!? なのにどうしてこんなに頑ななんです!? 何で私を否定するんですか!?」
ヨシュアさんが激昂し、同時に押さえつけられている肩から、みしりと嫌な音と痛みがする。首でないだけ良かったのかもしれないが、私よりずっと体格が良い成人男性(しかも魔族)が力任せにこのまま肩を抑えていたら、いずれ砕けてしまうだろう。私はこの状況から脱するために、今まで(趣味と二次元関係の資料用に)培ったストーカーに関する知識を必死に思い出した。
「……すみま、せん。つい、恥ずかしくなって……」
「!」
痛みに顔を顰めながら、私は無理矢理作り笑顔を浮かべた。
ストーカーが強硬手段に出た場合、下手をすれば殺されるケースは少なくない。では、殺されないためにはどうすればいいか。
答えは簡単だ。ストーカーの妄想に付き合ってやればいいのである。
「急に部屋に誰か居たから、怖くなって……」
「あっ……すす、すみません! 怖がらせるつ、つもりは……っ!」
そもそも、なぜストーカーと接触した被害者が殺されてしまうのか。それは、被害者がストーカーを強く拒絶することによって、ストーカーの妄想に反する行動をして怒らせるせいだ。生き残りたいのであれば、ストーカーの妄想に従順に従って相手を満足させてやることが一番なのである(もっとも、初めから殺す気で来ている相手には、逆らった方が良いのだろうが)。
これは海外ドラマでFBIが言っていたストーカーと二人きりになった時の対処法だが、効果は抜群だった。ヨシュアさんは肩を押さえていた手を放し、上半身を離した。
よし……目的のために手段は選ばずとも、手段のために目的を違えてるわけじゃないみたいだから、上手く誘導できてるな……。
「あの、来てくれたことは嬉しいんですけど、どうやってここに?」
「ささ、サルガタナスの、い、一族の者に、協力してもらいました……」
「サルガタナス?」
「ははは、はい! か、彼らは、あらゆる場所に対象を、しし、瞬間移動させられますから」
サルガタナス……こいつが協力者か。多分こいつ、まだ部屋に居るな。ヨシュアさんと合わせて二人居た筈だし。
顔を見せろと言いたいが、今この場で第三者を私の意思で介入させてはまずい。今は私が思い通りになっているせいかコロっと大人しくなっているが、ヨシュアさんの意にそぐわないことをした場合、何をされたものか分かったものではない。彼の妄想の世界は、私とヨシュアさんの二人きりの世界だろうし、それを壊すのは危ない。
さて、後はどう追い返すか……。
「そ……それより、ヨルさん。お、お久しぶりです」
「は、はい。久しぶり……」
「っ……ああ……会いたかったです……!」
相変わらずちょこちょこどもるが、興奮してくるとまともに喋る上、行動が大胆になっている(多分、ストーカーの鉄板「覗き」と「贈り物」が魔王のせいで完全にシャットアウトされたから、その分の抑圧を「接触」で発散してるんだと思う)。ヨシュアさんは熱っぽい声でぼそぼそと囁きながら、未だにベッドに押し倒されている私に覆い被さり、ぎゅう、と抱きしめてきた。
くそ……殴りてえ。ストーカーめ、無駄なところでまともになるなんて要らん進化すんな! ああああ匂い嗅ぐな変態!! あとさり気なく手が腰に回ってんだよ!!
「180時間以上も貴女に会っていなかっただなんて、信じられません。よく生きていられたと自分でも驚きです! 貴女もそうでしょう? 私に会えなかった期間は地獄のような時間だったでしょう? 私もです。一族郎党全て殺されるのを覚悟で忍び込みましたが、ヨルさんに会えたのならもう死んでも構いません! あっ、でも死ぬのなら二人一緒が良いですよね。私が先に死んだらヨルさんは生きていけないでしょう? だからと言って貴女が自分を傷つけるようなことは許せませんから、貴女を殺してから死にますね。勿論、貴女も私を殺して下さいね? ヨルさんも私が貴女以外に殺されるようなことは望まないでしょう? 死ぬ時はお互い殺し合って死にましょう」
「わ……私、長生きしたいです。ヨシュアさんと……」
「ああっ、すみません! そうだ、そうですよね! 折角こうして再会できたんですから、もっとずっと長く一緒に居たいですよね! 勿論です! 子供は何人くらいが良いでしょうか? 何人でも私は構わないですけど、一人目はヨルさんに似た女の子が良いです。貴女の娘はきっととても可愛らしい子ですよ。どこにも嫁になんて出してやりません。あっ、どんなに娘が可愛くても、私の一番はヨルさんですから安心して下さいね。娘に嫉妬する貴女も素敵ですが、いつでも私はヨルさんの物ですよ。……って、さすがに子供の話は気が逸り過ぎですよね。まずは結婚式を挙げないと。魔王様が許可を下さる気がしないので駆け落ちになるとは思いますが、必ず貴女を幸せにしますから!」
家族計画、だと……? ていうか、何で駆け落ち前提になってる!? ストーカーの妄想力の逞しさハンパねえ……!!
しかしまずい、まずいぞ。会いに来ただけとか言ってたけど、このままだと私連れ去られかねない。どうするどうするどうする!?
必死に頭を働かせようとするも、テンパってるのとヨシュアさんの変態的な息遣いやら何やらで気が散って集中できない。くそ! 首んとこに顔埋めてくるのに角小さくしてないから、顔に当たってちょっと痛いぞ!
……角? そうだ角だ!
「ヨシュアさん、聞いて下さい」
「はい! 何でしょうか!」
「(無駄に返事だけは良いな)私、角生えてないんです」
「ええ。角があっても無くてもヨルさんは素敵ですから、気にしないで下さい!」
「(関係無いだろそれ)わ、私の魔力が暴走したら、城が吹っ飛ぶって言われてるんです」
「城が吹っ飛んだとしても私は貴女を離しません!」
「(体吹っ飛んでも腕だけ残ってそうだな)でも万が一ってこともありますから、せめて角が生えるまではここに居たいんです。ヨシュアさんをうっかりこんなことで殺しちゃったら、私……」
「………」
……な、何で急に黙ったんだ? もしかして逆鱗に触れたか? ちょ、その陰気臭い顔で真顔になるの止めてくれ! 怖い! 顔が良くても好感度0に近いからポジティブに見れない!
「……分かりました」
「えっ?」
5分ほど沈黙した後、ヨシュアさんはぽつりと呟いた。
「よ、ヨルさんが私の身を、ああ案じて下さった……う、嬉しいです!!」
「はあ……」
「分かりました。ししし、城を出るのは、角がはは生えてからにしましょう!」
「は、はい!」
「角が生えてもアンタと出て行く気は無いがな!」と叫びたいところであったが、とりあえず頷いておく。よし、当面の危機は逃れたぞ! 角GJ!
私が内心でよく分からない激励をまだ見ぬ自身の角にしていると、ヨシュアさんはヨシュアさんでえらい上機嫌のようで、陰気臭さが吹っ飛ぶような異常に幸せそうな笑顔を浮かべていた。イケメンは何しても許されるって言うけど、最早イケメンでも許されるレベルを超えてしまっているので、特に絆されるような副作用は無かった。
「そ、そろそろ夜も更けてきましたね……今夜はそそ、そろそろ帰ります」
「はい(さっさと帰れ!)」
「また来ますから……それ、それまで、待っていて下さいね!」
ヨシュアさんはそう言うと、私をベッドに無理矢理寝かしつけ、天蓋の薄いカーテンを全て閉め切ると、部屋の隅に隠れていたらしいサルガタナスらしき人影と一瞬で消えた。
こうして、部屋には再び暗闇と静寂の帳が下ろされたわけだが……
「……また来るのか……」
私はベッドの天蓋を見つめながら、大きく溜息を吐いた。
まあ、ストーカーがたった一度の接触で満足する筈が無いからな……むしろそのまま誘拐されてヨシュアさんルートに入らなかっただけマシか。あの人、一応は私の意見を尊重してくれてるみたいだから、そこに救われたな。
寝返りを打とうとしたが、ズキンと肩に鈍い痛みが走った。くそ、マジでヒビ入ってないだろうな。毎回これでは、角が生える前に腕の一本も無くなりそうだ。
再度大きな溜息を吐いて、私は今後のストーカーイベントに憂鬱になりながら、そのまま眠った。




