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 「……あの、魔界と人間界って、出入り口限られてるんですか?」


 娘を愛でる傍ら、結局30分近く悩み続ける両親に呆れた私は、後ろで控えるヴェロニカさんに尋ねた。


 「はい。この世界が「表裏世界」と呼ばれますように、人間界と魔界はコインの表と裏のような関係にあるのですが、二つの世界はその境目の薄い場所を潜る他、行き来する方法がございません。そして、その境目が薄い場所は、世界中で13ヶ所のみですわ」


 13ヶ所か……そりゃ少ない。私がやって来たあの洞窟のように、たまたま国に近い場所ならいいが、そんな偶然が残り12ヶ所に適応されるわけはないだろうし。それに、派遣される魔族の住居が、そもそもその境目の場所に近いとも限らないわけだしな。


 「境目って人工的にいじれます?」

 「いえ……無理ですわね。そもそも、何故境目が薄くなるのか、その理由が分かっていないのです」


 そっか……多分、そもそも疑問に思う人も少なかったんだろうけど、とにかく分からないんだな。まあとにかく、出入り口を近くに作ってしまえ作戦は取れないわけね。

 じゃあ、魔法はどうだろうか。ヨセフさんの屋敷で見た服を乾かす魔法があるなら、ドラ○エのル○ラ的な便利魔法くらいありそうなものだが。それに、私をこっちに呼び寄せた召喚魔法だって、瞬間移動的な魔法だと言えるだろうし。

 ……あ、無理か。それくらいならさすがに魔王達も思いつきそうだし、そんなものがあるなら、最初から使う筈だ。それに召喚魔法だって、ランダムに異世界からものを召喚するって、最初に会った時に王妃様言ってたし、多分かなり使い勝手悪いよな。


 「(ていうか、そんなにみんな未練があるならいっそ私が行ってもいいんだけど、魔力量チートがあるとしても、私役立たずだからなあ)」


 ラノベの主人公とかならここで自ら動くのが定石だとは思うけど、私はガチの役立たずだ。剣も振るえなきゃ魔法も知らない。素質だけあったところで、研磨しなけりゃ原石のままだ。そんな小娘がいくら魔王の娘だからって、一国を征服して支配するなんてこと、許可するわけがない。大体、自分でもできる気がしないんだし。

 いつかあのエウラタ城の奴らはぶっ殺すけど、今は無理だ。前にも思ったが、「今は」無理。それと同じことだ。

 ……あ、そうだ。


 「魔王様、王妃様」

 「やっぱり行かせるのは……ん? ああ、どうしたヨル。それと魔王様じゃなくてお父様かパパと呼びなさいと――」

 「どうして外に出ちゃ駄目なんですか?」


 18の娘に「パパ」呼びを要求する魔王を無視して、王妃様に尋ねる。私が行く行かない以前に、私外出禁止令出されてたんだった。


 「前にも言ったでしょう? 心配なのよ」

 「でも、ヴェロニカさんやヴォルクスさんが護衛に付いてくれるんですよね」

 「それでも、お父様やお母様は心配なのよ。お父様は別の理由もあるみたいだけど……貴方、角もまだ生えていないんだもの」

 「角?」

 「そう、角よ」


 私が鸚鵡返しに尋ねると、王妃様はにっこりと笑って頷いた。

 角。そう言えば、私が出会った魔族はマリア以外、種類とか色こそバラバラだが、角が生えていた。魔王は一見すると鬼っぽい感じのドラゴンの角が。王妃様は鹿の角が。三つ子淫魔には茶色い羊の角が。ヨシュアさんとヨセフさんには黒い羊の角が。翼は生えたり生えてなかったりしてたから、角もそういうものだと思っていたのだが、違うらしい。


 「魔族はね、角が生えれば一人前なの。角は魔力の制御を司る部分で、これがきちんと生えれば、本来の魔力をきちんと扱えるようになるのよ。今のヨルはかなりの魔力を持っているけど、角が生えればもっと多い魔力を引き出すこともできるし、上手に扱えるようになるわ。でも、逆に言えば角が生えていないと、自分の魔力を滅茶苦茶に引き出して、暴走させることがあるの。貴方は魔王の娘だから、潜在魔力はお父様と同じかそれ以上……暴走すればきっと大変なことになるわ。多分、このお城くらい吹っ飛ぶわね」

 「な、成程……。ちなみに、本来は何歳くらいで生えるものなんですか?」

 「早くて12歳くらい、遅くても16歳くらいね。ヨルは長い間妖精の呪いで人間の体にされていたから、魔族としての体の成長が遅れているんだと思うの」

 「へえ……」


 更に訊けば、どうやらこの部屋には魔力の暴走を抑える術式がかかっているらしく、この部屋から出さないのはそのためらしい。角が生えて魔力が安定するまでは外出禁止ということか。

 ふむ……じゃあ、魔法に関する勉強もきっとまだ駄目か。良いことを聞いた。


 「そういうわけだから、まだ貴方を外には出せないの。本当は一緒にお出かけもしたいところだけど……ごめんなさいね」

 「いえ。理由が分かってすっきりしました。そういう理由なら、(元々無理して出るつもりなかったけど)大人しく部屋に居ます」

 「まあ……きっと外にも出たいでしょうに、ヨルは良い子ね」

 「はあ……」


 王妃様はそう言って私の頭を撫でると、軽く額に口付けた。便乗して魔王も「謙虚な子だな」と言って頬に口付けてくる。

 子供じゃないんだから、大人は理由無く子供の行動を制限しないって、分かるんだけども。理由も教えてもらったし、私だって城を吹っ飛ばすような爆弾抱えてまで外に出たいとは思わないんだけど。やっぱり二人からしたら、子供はもっと我が儘なものなのかな。

 ……ていうか、照れる。恥ずかしい。いつまで人前で私に口付けてんだよこの二人。私が身じろいで二人から逃れようとすると、二人は「可愛い」を連呼してますます構ってくるし。

 畜生、逆効果か! ていうかヴェロニカさんの視線が酷い! 「私も混ぜて」みたいな視線送んな! むしろこっち見んな! ヴォルクスさん苦笑してないで助けて!


 ***


 結局、夕食までたっぷりと私を構い倒した両親は、やはり半泣きの臣下によって再び仕事に戻っていった。やっぱり政務放って来たのか……。


 「(ていうか、最終的に征服の話は頭からすっぽ抜けてたよね……)」


 残念だ。残念過ぎるぞ魔族。家族の時間プライスレスですか魔族。

 まあ、打開策が出ないなら、あのまま悩み続けてもどうしようもなかったとは思うけど。それでもやっぱり残念だな魔族。


 「姫様? 如何いたしました?」

 「あ、いえ。何でも」

 「左様でございますか」


 鏡の前で渋い顔をしていた私にヴェロニカさんが疑問符を浮かべるが、私は適当にそれを躱し、バスタブのお湯を肩にかけた。

 そう。ただいま私は入浴中である。当然のごとくヴェロニカさんも一緒だが、この広い浴場は女二人が入ったところで全く狭くない。部屋付きの風呂だというのに、かなりの広さだ。


 「姫様の御髪は大変美しゅうございますわね」


 ヴェロニカさんが私の髪を丹念に洗いつつ、うっとりとした声音で零す。


 「そう、ですかね。でも、ヴェロニカさんの髪の方が綺麗ですよ」

 「まあ、ありがとうございます姫様。ですが、姫様のぬばたまの御髪に比べれば、私の髪など枯草同然ですわ」

 「枯草って……」


 確かに、王妃様譲りの私の髪は、信じられないくらい綺麗だった。ヨセフさんの屋敷でヴィヴィアンさんに整えてもらったせいもあるかもしれないが、物凄く綺麗だ。

 しかし、ヴェロニカさんの髪も同じくらい、むしろそれ以上に美しい。黒の中にほんのりと紫苑が艶めくこの髪は、決して枯草などではない。むしろ絹だ。


 「私のような淫魔は、その性質上異性に好まれやすい、美しい姿をしているのです。しかし、姫様は父君がサタン族、母君がフールフール族です。陛下も殿下もお美しい方ですが、私共淫魔のようにそうである種というわけではないのですから、いわば天然物。私のようにある意味人工的に美しいものよりも、姫様方のような天然物の美しさの方が、私には眩しいのですわ」

 「でも、天然だろうが人工だろうが、綺麗なものは綺麗ですよ。ヴェロニカさんの髪は綺麗です」

 「ふふふ……ありがとうございます」


 するりと髪の間を細い指が通り、石鹸の香りと彼女の甘い香りが混ざり合うと、少し頭の中が甘くなる。だが、午前中のあの時より控えめなその甘さは、髪を滑る手の優しい手つきも相俟って、丁度いい心地良さを感じた。


 「ヴェロニカさん、髪の毛洗うの上手ですね」

 「お褒めに預かり光栄ですわ。でも御髪を洗うより、お体を洗う方が得意ですのよ。隅々まで、隅々までお洗いしますわ」

 「うん、何だか寒気がする」


 ていうか2回言った。大事なことだから2回言ったのか?

 どう見てもさっきまでの優しい笑みではなく、ソッチを連想させる色っぽい笑みを浮かべたヴェロニカさんに、またちょっと身の危険を感じた。


 「……あんまりヴォルクスさんに迷惑かけちゃ駄目ですよ」

 「あれはそういう役回りなのです。私とヴィヴィアン姉さんの後ろを付いて回ってばかりの子ですから、自然とそういう役回りになったのですわ」

 「………」


 話題を変えるためにヴォルクスさんの不憫改善を図ったが、ヴェロニカさんは太陽が西に沈むと言うような、当然のことと言った感じで言い切った。むしろ「ついて来る代わりに尻拭いしろ」みたいな、そんな一方的っぽい姉弟間ルールの存在を匂わせてる。

 ……うん。何かもう、ヴォルクスさんってそういう星の巡りなんじゃないかな。


 「ヴォルクスのことなんかよりも、姫様、そろそろお体を洗いましょう」

 「……自分で洗っちゃ」

 「駄目です」

 「………」


 髪の泡を全て洗い流され、私が反転してバスタブからヴェロニカさんを見ると、彼女はスポンジを手に頬を染めてこちらを期待の眼差しで見つめていた。どうやら私もそういう星の巡りらしい……。


 ***


 ヴェロニカさんとヴォルクスさんが下がった後、親子三人が余裕で寝れる馬鹿でかいベッドに倒れ込むと、程よい弾力が返ってきた。2、3回静かにその場で跳ねた後、私はクッションを抱き寄せ、はあ、と溜息を吐く。


 「(あ~……疲れた)」


 精神的にというか、羞恥心的に。勿論原因はヴェロニカさんとの入浴なのだが、詳細はお察し下さい。


 「………」


 風呂上がりの体には、ベッドのシーツがひんやりとして気持ち良い。ごろごろと寝返りを繰り返し、熱を飛ばす。だが、少しすれば風呂上り特有の熱は引き、乱れたシーツだけが横たわった。

 ……ベッド、本当に広い。


 「(……計算通り、だったりすんのかなあ)」


 新世界の神がニヤリと笑っているのを頭の隅に追いやり、何となく面白くない気分で枕を一発殴る。全く。子供じゃないんだから。

 私はむくりと体を起こすと、奇妙に静まり返った部屋を見渡す。光源になるものは無く、カーテンが7つの月灯りを遮っているため、部屋の中は殆ど真っ暗闇だ。とはいえ、魔族は夜目が利くのか、それなりに見えてはいるのだが。


 「……寝るか」


 暗闇と静けさに私の中の幼稚な部分が刺激されるのを感じて、広々としたベッドで一人分のスペースしか取らず、私はクッションを抱いてシーツに潜った。そんなに眠くは無いが、起きている理由も無い。眠ってしまった方が良い。


 「………」


 ……静かだ。瞼を閉じると、ますます部屋の静けさが耳に付く。微かに聞こえるのは血管に血が巡る音と、私の吐息。それから衣擦れの音と――


 「(――衣擦れ?)」


 ぱちり。私は疑問符と共に瞼を開き、その場で静止した。

 ……聞こえる。私が動いてない以上、衣擦れなんてする筈ないのに、確かに聞こえる。足音もちょっと聞こえるぞ。多分……二人?

 一瞬扉越しにメイドさん達が廊下を歩いているせいかと思ったけど、意外にこの部屋防音効果が施されているのか、もしくはそういう魔術がかけられているのか、とにかく周囲の音は通さないようになっているので、それも無い。

 では残る線は。


 「(侵入者……?)」


 馬鹿な。あの親馬鹿魔王がよりによって私の部屋の警備を緩くするなんて、あり得ない。しかも私がろくに戦闘能力を持っていないことを知っているのだから、手抜きの警備態勢を敷いたなんて、ますますもってあり得ない。

 そもそもここは王城だ。警備体制は確実に国内(魔界内?)トップレベルと見ていい場所である。そんな場所に容易く侵入出来るだなんて、そいつ相当レベル高いだろ。


 「(目的は暗殺か? それとも誘拐か? いや、どっちだっていい。とにかく、誰か呼んだ方が良いよな……)」


 心臓が少しやかましくなっているのを感じながら、私はそっと枕の下に手を伸ばす。枕の下には両親に渡された、ナースコールのボタンに近い機能の呪具(魔法がかかった道具)がある。こいつを使うと対になる呪具を持つ両親に連絡が行き、セコムよろしくすっ飛んで来てくれると言っていた。使うのはまさに今である。


 「(よし、枕に着いた。後は……)」


 ぎしり。


 「!」


 枕に手が到達した瞬間、ベッドの端が沈む感触がマットを通じて伝わり、私は慌てて手を引っ込めた。この野郎……ベッドに乗ってきやがった。これじゃ呪具を使えない。バレたら壊されるか取り上げられる。

 私は背中に冷や汗が伝うのを感じながら、ベッドが沈む感覚に全神経を集中させた。ぎしぎしとしたベッドの軋みは、徐々にこちらに近づいて来ている。


 「(何だ、何が目的だ?)」


 徐々に距離を狭められるのを感じながら、私はできるだけ冷静に努めようと、侵入者の目的を考える。

 まず、多分暗殺ではない。もし暗殺なら、万が一にもばれないように、気配の一つも殺してくるはずだ。だが、こいつは気配を殺すどころか、足音まで聞こえる。

 そしてきっと、誘拐犯でもないだろう。もし誘拐が目的なら、こんな風にじりじりと様子を窺うように近付くなんてせず、さっさと捕まえてさっさと逃げるだろうから。

 だとしたら……だとしたら、目的は何だ? 殺しもせず、攫いもしない。なら、目的は……?


 「(っ、来た)」


 私はすぐ傍らまで侵入者が接近したことで思考を一度打ち切り、身を強張らせる。幸い私はすっぽりとシーツを被っているため、奴とは布一枚分の壁がある。薄っぺらな壁だが、無いよりは良い。

 だが、やはりシーツの壁は薄く、頼りなかった。そっと侵入者がシーツに手をかけて、あっさりめくられてしまったのだ。


 「(……見てる。めっちゃ見てる)」


 最終防衛ラインの瞼越しに、物凄く凝視されている感覚を覚える。何だ? 何故こいつは私をガン見してる?

 ……それから5分は経ったが、奴は一向に視線を逸らす気配が無かった。一体何なんだ? あと、いい加減に私も身動き一つしないままっていうのがきつくなってきたんだが……。

 そうして、私が徐々に根競べに焦れて来た時だ。


 「……ヨル、さん……」

 「!!」


 聞き覚えのある声に私は弾けたように瞼を開け、上半身を起こした。

 そしてすっかり闇に慣れた目が捉えたのは、


 「……何してるんですか、ヨシュアさん」

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