Kapitel.5
「何、言ってんの・・・・・・」
言ってから、私は自分の声が震えていることに気がつく。
「好きだ」
彼は私を真っ直ぐに見てはっきり言う。私は彼に吸い込まれるように見ていた。
「意味、わかんないよ」
「ごめん。もう二年も経っちゃったもんな・・・・・・」彼は天井を眺めながら呟く。「二年も」
私は、彼の一つ一つの行動を凝視していた。
「当時は、自覚なんてしてなかった。ただ、原川といると楽しいなって思ってたくらいだった」
彼はそっと言う。私と眼を合わせようとはしなかった。
「二年前のあの日、正直動揺した。そんなつもりじゃなかったから」
彼の何気ない言葉が、胸に突き刺さる。
そんなつもりじゃなかったからって・・・・・・。あんなに親しくされたら、誤解しちゃうよ。
「でも、あれをきっかけに原川とぎくしゃくして。そして二年生と三年生と同じクラスになれなくて。やっと気がついたんだ。原川の存在が、どれだけ大きくなっていたかを」
私は無意識のうちに首を振っていた。
「今からでも、付き合ってほしい」
うそでしょ。私は呆然とする。彼の眼を見て真剣だということはわかる。けれど、私は素直に信じられなかった。
二年も経った。二年間、私はそれなりに苦しんだし、悩んだ。なのに、なんなの、この展開は。
「・・・・・・返事はすぐにとは言わない。いつでも構わないから」
想ってる。彼のことを想ってるはずなのに。どうして?告白されているのに、嬉しくない・・・・・・。
好きなんじゃないの?私は自問自答する。彼のこと、好きなんじゃないの?好き・・・・・・なの?
確信が疑問に変わってゆく。告白されること、あんなに望んでいたのに。いざ告白されると、こんなに悩むなんて。
「ずるい」いつの間にか、私は言葉を発していた。「ずるいよ」
彼の視線を感じる。私は俯いたまま言った。
「今更そんなこと言うなんて、卑怯だよ」
思ってもなかった言葉が次々に出てくる。
「あの時は返事さえくれなかったのに。私がどれだけ悲しんだか知らないくせに。なのに、なんで。今更そんなこと言うの」
私は涙ぐみながら彼を見る。というか、睨んだ。彼は目を見開き、唇を噛んだ。
好きだったはずなのに。その気持ちがだんだん薄れてゆく。目の前の彼は、いや、今の私は、目の前の彼を好きだった私じゃない。
「私はもう、好きじゃないよ・・・・・・」
私の呟きに、彼が酷く傷ついたように顔を歪めた。私自身も、少し傷つく。
自分の気持ちがわからなくなる。好きじゃなかったの?雄大にも言ったのに、好きじゃなかったって言うの?
二人の間の沈黙を遮ったのは、どこかから聞こえてきた物音だった。それは、背後、つまり扉の周辺から聞こえてきて、振り返ると結莉乃が立っていた。
「あっ・・・・・・」
しまった、すっかり忘れていた。
「ごめんね。いや、うん。隆二が好きな子って、智子ちゃんだったんだね」
結莉乃が無理に笑って言う。
「結莉乃・・・・・・」
「なーんだ。そうだったんだ。でも、智子ちゃんはもう好きじゃないのか」
もう、の所を強調する。
「ねぇ隆二、それでもまだ智子ちゃんのことが好き?私じゃ駄目?」
結莉乃は彼に詰め寄る。彼は真剣に結莉乃を見つめていた。
「・・・・・・もう、絶対に駄目?」彼が私を見て訊く。「どんなに想っても、もうチャンスはない?」
私は何も言わなかった。俯いて、静かに眼を閉じる。
答えなくないんじゃない。答えられないのだ。自分でも、わからないのだから。
暫し教室を沈黙が包む。私の無言を肯定と受け取ったらしい彼は、言った。
「じゃあ、結莉乃のことを意識してみようかな」
私は顔を上げた。結莉乃の顔がぱっと明るくなる。
「でも、すぐにってわけにはいかない。そんなすぱっと諦められるほど利口じゃないんでね。それでも良いかな」
彼の言葉に、結莉乃は強く頷く。「私を見てくれるならなんでも良いよ!」
目の前で好きだった彼が私以外の人に微笑むのを、私は複雑な思いで見つめていた。というか、展開が速過ぎないか?
家に帰って、私はすぐに雄大に電話をした。
『どうしたんだ?』
「・・・・・・宮原に告白された」
電話の奥で、雄大が息を飲んだのがわかった。そして苦しそうに言う。
『そうか・・・・・・。良かったじゃねぇか。これで両想いだろ』
雄大が無理に言っているように聞こえる。私は首を振って、小さく呟いた。
「ううん。両想いじゃなかった」
『え?』
「私・・・・・・、宮原のこと好きじゃなかったよ」
『はぁ?』
「ごめん。本当に告白されたらなんか・・・・・・、違うって思って」
雄大の返事が聞こえてこない。呆れて声も出ないのかもしれないな。
「応援してくれたのに・・・・・・、ごめんね」
『・・・・・・原川。明日、早く学校に来れるか?話があるんだけど』
「奇遇だね。私も話したいことがあるの」
私は笑った。
「ごめん」
雄大が重そうに口を開いた。
「え?」
「俺、応援するなんて言ったけど、実際無理だったんだ。応援なんてできなかった」
好きな子が別の奴とくっつくのを誰が応援できるんだ、と彼は呟く。
「そんなの気にしないでよ。私が宮原と両想いになれなかったのは雄大のせいだけどさ」
私が言うと、彼は驚いたように私を見た。「俺のせい!?」
「そりゃあもう。雄大以外に誰がいるって言うの」
私は偉そうに言う。雄大は首を傾げた。
「・・・・・・だからね、つまり」
言いかけたものの、なかなか言えない。彼が眉を顰めたのを見て、私は勇気を振り絞った。
「私、雄大のことが好きっぽい」
暫く雄大の中の時間が止まる。そんな感じに、雄大はぴたりと止まってしまった。
「・・・・・・はい?」
「だぁかぁらぁっ」
んもう!こんな恥ずかしいことを二度も言わせるなんて信じられない!
「雄大のことが好きなのっ」
これはもう、見物としか言いようがなく。雄大は見事に耳まで真っ赤になり、動揺を隠しきれないようだった。
「あ、え、&$+*%#・・・・・・」と、意味のわからない言葉を発する。
相当動揺しているな、これは。
「え?ちょっと待って。どういうことだ?何が起こっている?」
本当に今の状況が理解できないらしく、雄大の顔にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいた。
「夢か?」
「現実です」
私は的確に突っ込んであげる。
「本当に、俺を?好きだと?」
真っ赤な顔をしている雄大を馬鹿にできないかもしれない。多分、私もそこそこに赤いんだろう。
私が頷くと、雄大は私を強く抱きしめた。そして耳元で囁く。
「大好きだ。絶対に幸せにする」
雄大に抱きしめられながら、私はこれ程ない愛情を感じていた。
自分がこんな幸せになれるなんて、小学校の頃は想像もできなかった。将来は本当に未知だ。
「ありがとう」と、私は雄大に微笑みかけた。
あなたのおかげで、私は幸せになれそうです。




