Kapitel.2
いつもなら一人で下校することが多い。生憎、夏美や桜、亜子とは家のある方向が逆なのだ。
けれど、時々、クラスは違うものの、通学路が途中まで同じ結莉乃と帰ることもある。それは偶然に彼女に会えた時の話なのだけど、今日はその偶然に会えた日だった。
そんな時は、自然と一緒に下校する。しかし最近、どうしてか結莉乃の近くに彼がいるのだ。
おかしくないと言えばおかしくない。二人は帰る方向も一緒で、今ではクラスも一緒だ。結莉乃が言うに、小学校からずっと一緒だという。幼馴染みたいなものだろう。おかしくはないと思う。
それに、二人だけというわけではない。彼の友達の野山も一緒で、結莉乃が言うに、普段は三人で帰っているんだと。
そして今日は、私を含めて四人になった。野山とは二年の時に同じクラスだったけれど、この四人で帰るのは初めてだった。なんて、電車に揺られるだけだけども。
一番最初に降りるのは野山だ。その次に結莉乃と彼。そして私は結局最後には一人になる。
ホームで電車を待ちながら、私は野山を見上げながら訊いた。
「野山、背伸びた?」
「まぁ、それなりには。五センチくらい伸びたかも」
野山も彼も、話かけやすい男子だった。人を馬鹿にしたことなんてないような人たち。野山は特に、純粋で素直な奴だ。四人の中で一番頭が良いけれど、本人は全くそれを自慢したりしない。
「うひゃー。男の子ってまだ伸びるの」
「信じられないよね。私なんて一センチも伸びてないのに」
結莉乃が拗ねたように口を尖らせると、上野は苦笑した。
「そういえば来週バレンタインだ。私智子ちゃんにもあげるよ。智子ちゃんチョコ大好きだもんね」
唐突に、結莉乃は思い出したように口を開く。
私は息を飲んだ。彼の前ではその話はしたくないだけど。
なんて思わせないように、私は笑顔を造った。
「私も作るね」
「あっ、二人にも作ってあげるよ。楽しみにしててね」
結莉乃の台詞に、二人は困ったような嬉しいような表情をする。
その時、私は彼と眼が合ってしまった。彼が何か言いたそうに口を開いたのを見て、私は眼を逸らす。
何も聞きたくない。何も言わないでほしい。
私の気持ちが伝わったのか、彼は何も言わなかった。
それから、彼と少しは話したものの、別れるまで眼は合わせなかった。
ついに、憂鬱なバレンタイン当日がやってきてしまった。私の通う学校は校則には厳しいが、バレンタインやホワイトデーの日は大目で見てくれる。なんて、先生に見つかったら没収だけれど、持ってきてはいけないとは言われてない。
私は夏美、桜、亜子、結莉乃、雄大、上田、北野にあげるつもりでいる。
朝、先生は会議をしている為にクラスに来ない。これはいつものことなだのが、バレンタインとホワイトデーの時だけ、先生が教室に現れるのが十分程遅くなっている。チョコレートが堂々と姿を見せるのは、この時間か、放課後だった。
私は結莉乃と雄大以外の人には配った。上田と北野は沢山貰えたことが相当嬉しかったらしく、飛び跳ねていた。
雄大は遅刻だという。雄大にとって遅刻は不思議なものじゃない。いつか来るだろう。案の定、雄大は授業中に息を切らせて教室に駆け込んできた。
放課後、夕日が射し込むこの時間は、校舎のどこかで告白が行われていたりする。階段だったり、教室だったり。大抵の生徒は帰ってしまった静かな校舎。どうして私はその校舎にいるんだろう?
理由は簡単。今雄大が先生に捕まっているからだ。雄大に義理チョコを渡そうととしたのだけれど、運悪く放課後雄大が先生に捕まってしまい、夏美達は彼氏や友達と遊ぶということで、予定のない私がまとめて雄大へチョコレートを渡す羽目になってしまったというわけ。まぁ、予定がないわけだし問題はなのだけれど。
問題と言えば、結莉乃が見つからないことだ。既に結莉乃にチョコレートを渡した夏美達が言うに、結莉乃が階段を上っていったのを見たそうである。階段を上がるついでに結莉乃の教室を覗いてみたところ、結莉乃の鞄は教室に置いてあった。
しかし、どこを探しても結莉乃の姿はなく、探しているうちに生徒の姿もなくなり、今こういう状況にいる。
立ち止まってても仕方がないと思い歩いてはいるものの、何度か告白場面に遭遇してしまい、私は少し疲れていた。告白を盗み聞きしようとは思わない。声がしたらその場から離れていたが、思ったより告白している人が多かったのだ。
仕方なく鞄の置いてある自分の教室に戻ろうとした時、ある教室から結莉乃の声が聞こえてきた。ある教室、それは結莉乃のクラスだった。
教室にいたのかと、私はほっとして教室に向かう途中で気が付いた。結莉乃の他に、誰かがいることに。
私はとっさに隠れた。結莉乃の声が少し違うのだ。いつもは見た目に反して気が強そうな声なのに、今は甘えるような声を発している。
告白かもしれないと、直感的に思った。けれど、私はその場を離れられなかった。少なからず興味があったんだ。結莉乃の好きな相手に。
「一生懸命作ったんだから、味わって食べてね」
結莉乃の笑顔が思い浮かびそうな声が届く。
「うん。ありがとう」
返事を聞いて、私は硬直した。体が震え出すのを感じる。
嫌な予感がした。もしかして、結莉乃の好きな人って・・・・・・。
もしかして、彼?いや、もしかしてじゃない。この声は、確実に彼だ。
「じゃあ・・・・・・」
「え、帰るの?」
「・・・・・・帰らないのか?」
帰ろうとした彼を、結莉乃は引き留める。
「もう、隆二は疎いんだから。私がこのタイミングで渡した理由、気付かないの?」
彼の返事は聞こえてこない。
「わかってて、無視しようとした?」
「・・・・・・わかんないよ」
「うそ。気づいてるんでしょ。私が隆二のことが好きだってこと。気付いてるくせに」
私は眼を見開いた。
うそだ、そんな・・・・・・。
「気づいてないわけがない。わざわざ二人になるまで待って渡したのよ。告白に決まってるじゃん」
無邪気に結莉乃は言う。
「・・・・・・これは、本命だって言いたいのか?」
「そう。本気の本気。義理なんて言ってないでしょ?」
「・・・・・・じゃあ、受け取れない」
彼の返事に、結莉乃は驚いたようだった。私だって驚いた。受け取れないって・・・・・・?
「な、なんで」
「受け取っても良いけど・・・・・・。応えられない」
彼が申し訳なさそうに言う。結莉乃は困惑しているみたい。
「どうして!他に好きな子がいるって言うの!?」
「あぁ」
結莉乃が絶望したような声を出す。「うそ・・・・・・」
「ごめん」
「なんでよ。私達ずっと一緒にいたじゃない。なのになんで、どうして」
「・・・・・・ごめん」
「謝ってるだけじゃわからないよ!ねぇ、誰なの」
「それは、言えない」
「なんでっ」
結莉乃の声が廊下に響く。
「・・・・・・これは返すよ」
「嫌っ。もう渡したんだもん。それは私の物じゃないもん」
「・・・・・・ホワイトデーの日、返事できないけどそれで良いか?」
私は察した。
彼は私のチョコレートを遠慮できずに貰ってしまったんだ。けれど他に好きな子がいるから・・・・・・。
「なんでよ。義理でもちょうだいよ」
「・・・・・・昔、同じようにくれた子達がいたんだ。でも、その子達に返せなかったから・・・・・・」
私のことも含めているんだろう。気にしててくれたんだ。
「そんな子達と私を一緒にしないでよ。なんで、隆二にとって、私って特別じゃなかったの」
「・・・・・・ごめん」
彼なりに謝罪を含めているような声だったけれど、痛すぎる言葉だと思った。
「酷いよ。ずっと一緒にいたのに。酷いよ」
「でも、友達としては一番だと思ってる。だから・・・・・・」
「慰めてるつもり?・・・・・・ふんだ」結莉乃は拗ねたような声を出す。「・・・・・・お願いよ。好きな人を教えて。そうじゃなきゃ、私悔しくてたまんない」
「・・・・・・それは無理。まだ気持ちも伝えてないから。ごめん」
「もう嫌ぁあ。なんで・・・・・・」
結莉乃の泣きそうなか弱い声が聞こえてきた。
「・・・・・・結莉乃、ごめんな」
私は、彼が結莉乃を呼び捨てにしているのを初めて知った。学校では呼び捨てじゃなかったのに。
「友達でいてよ。私は告白なんてしなかった。また明日からいつも通りの生活が待っている」
結莉乃が落ち着かせるように言う。彼は頷いた。
彼が教室から出てくると知って、私は大至急向かいにあるトイレに駆け込む。
彼の足音を聞きながら、私はしゃがみ込んだ。




