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Kapitel.1

「おっはよ」

 登校中、篠田(しのだ)雄大(ゆうだい)が後ろから駆けてきた。

「あ、おはよう」

 私は微笑む。すると、雄大は笑った。

「今日は寒いね。あぁ、凍えちゃうよ」

 雄大はそう言って体を縮こまらせる。

「そんなに暖かそうなコートを着ながら何を言ってるの」

 私が突っ込むのと同時に、後方から私を呼ぶ声が聞こえた。

智子ともこーっ」

 振り返ると、結莉乃ゆりの夏美なつみが駆け寄ってきていた。

 二人は家は逆方向にあるはず。途中で会ったのかな。

「あ、おはよ」

「やったね、走ったら暖かくなった」

「えー、寒いよぉ」

 笑う夏美に、結莉乃は驚くように見る。

「あ、走れば良いんだな、よっしゃ」

 言うが早いか、雄大は校門に向かって走っていた。なんて、校門までほんの数メートルだけれど。

 校門で私達を待っていた雄大は、夏美に口を尖らせながら言った。

「暖かくならねぇじゃん」

「こんな短距離で暖かくなるかっつーの」

 当たり前のような日常。そんな日常から、私は幸せを噛みしめていた。



 私、原川はらかわ智子は可愛くない。自覚してる。太ってて、それを理由に小学生の時は虐められた。

 一度ダイエットをしてみようと試みたけど、すぐに断念した。一日も保たなかった。断食なんて考えれない。運動も苦手だ。大きい体を動かすのは大変なのだ。

 だからと言って開き直ったりはしなかった。食事は少しでもお腹いっぱいだと感じたら終えたし、学校の体育の授業にも率先して参加した。

 周りからは笑われたけれど、私は気にしなかった。

 中学生になって、私はレベルの高い中高一貫の私立中学校に入学した。両親は、私が虐められていることを知っていたのだ。だからと言って、抗議とかはしなかった。両親は気が小さい。

 両親は表に立つのを苦手とし、ずっと陰で暮らしていくような、そういう人たち。文句なんて言えない。ただ流されるままに流される。

 子である私もそういう感じだ。けれど、私は両親よりは気が強い。それは隠してる。いつも気の弱い演技をしているのだ。

 そんな私の得意なものは、勉強だった。テストなんかは常に満点に近かったし、成績だって学校で一番だった。けれど、それをみんなに知られるのが嫌だった。自慢していると誤解されるのだけは避けたかった。先生には口止めをしてもらっていた。

 そんな私の人生も、中学校に入ってからは変わった。クラスメートは私を差別したりしない。みんなと同じように接してくれる。幸せだった。人生ここからだと思った。そして、調子に乗ったんだ。

 中学一年生の二月、バレンタイン。私は一人のクラスメートにチョコレートを渡した。相手は学年委員をしている宮原みやはら隆二りゅうじという男子。私も学年委員をしていて、二人でいる機会が多かった。

 彼は男女共に人気のある、いじられキャラだった。それでいて、私にも優しかった。この学校はみんな私に優しくしてくれるけど、彼が一番最初に優しく接してくれた相手だった。

 気付いたら好きになっていた。でも、だから渡したというわけではない。私に告白するなんて勇気はない。これで感謝が伝われば良し。これでもっと近付けたら更に良し。そんな軽い気持ちだった。

 なのに、バレンタインが過ぎてから彼の態度は変わったように思えた。いつも通り接してみると彼も話してくれるけど、彼から話しかけてくれることはなくなった。

 ホワイトデーの日。私は怖くて仕方なかったけど、心のどこかで期待していた。信じていた。なのに、お返しはなかった。

 見返りを待っていたわけじゃない。むしろ、お返しなんて夢のまた夢かと思っていた。けど、周りの子はみんな貰っていた。振られたけど貰ったんだと、一人が泣き笑いしながら言っていた。この時初めて知った。ホワイトデーの日、お返しが来ないことがどれだけ悲しいかを。

 それから彼とは別のクラスになった。それっきり話すこともなくなった。

 三年生になっても彼とは同じクラスになれなかった。しかし、一人の男子と仲良くなれた。それが雄大だった。

 雄大は彼と小学校が同じで、仲が良い。廊下ですれ違うと、お互いに声をかけるくらいだ。家も近いらしい。なんて、不確かだけど。

 ちなみに、私が雄大と呼び捨てにするのは、それが彼のあだ名みたいなものだからであって、親しいからではない。クラスのほとんどの人は彼を雄大と呼ぶ。先生も例外じゃない。それだけだ。

 彼とは別れたけれど、良いんだ。友達がいる、今も幸せだから。


 なんて言っても、毎年バレンタインの季節になると思い出してしまう。あの苦い思い出を。正直、あれからバレンタインとホワイトデーが憂鬱になっていた。

 そんな季節が、今年も来てしまったのだ。



「バレンタインだねっ」

 夏美が楽しそうに言う。

 いつも、学校では私と夏美、さくら亜子あこの四人でいる。ちなみに言うと、桜は私程ではないものの少々ぽっちゃりしている。

 結莉乃は他クラスだ。確か、彼と同じクラス。

「義理チョコあげるね!」

「私もー」

 桜と夏美が言う。私も頷いた。

 義理なら大丈夫だ。こうやってお返しの保証があるし、問題ない。

「チョコの話?何、俺にくれるの?」

 四人でわいわい話していると、雄大が話に入ってきた。北野きたの上田うえだも加わってくる。

「良いねぇ。義理で良いからくれよ」

「バレンタインにチョコ貰えないって、結構悲しいんだよな」

 北野と上田がお互いに頷き合った。

「えーっ」

 桜が大袈裟に叫ぶ。しかし、夏美は構わないようで。

「別に良いんじゃない?ただし、味と量に関しては文句言わないこと。それが約束できるなら良いよ」

「うおぉおおっ。約束する!あぁ、こんなところに女神様がいたっ」

 上田が神を崇めるように言う。大袈裟だな、と夏美は苦笑した。

「私も良いよー。義理でしょ?味と量に文句ないんでしょ?ラッピングも雑でも良いんでしょ?」

 亜子が楽しそうに言う。上田と北野は顔を見合わせつつも、頷いた。

 あ、ラッピング雑で良いんだ。

「智子は?どうする?」

「え?あぁ、うん。良いよ」

 夏美に訊かれ、私はつい頷いてしまった。暫くして自問自答してみる。

 大丈夫だよね?義理だもん、大丈夫だよ。

「桜はどうするの?」

「みんながそう言うならー。どうせ私は買うんだけどね」

 桜は笑いながら言った。上田と北野がはしゃぐ。

「じゃあ楽しみにしてるよ」

 雄大が意味深に笑うと、夏美は釘を刺した。

「あくまで義理だからね」




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