流行りの小説 〜病弱な幼馴染
カフェで、わたしは親友に首尾を報告していた。
「あなたのアドバイスのおかげで、とってもうまくいったわ! もう三回も婚約者とのお茶会をキャンセルして、わたしのお見舞いに来てくれたの!!」
「よかったわね。これからはデートや夜会もキャンセルさせるといいわ」
「がんばる! そもそもわたしがずっと好きだったのに、急に婚約するのが悪いのよね」
「そうよ。きっと愛のない婚約なんだから、負けちゃダメよ? お互いがんばりましょうね」
わたしと親友は境遇がとても似ていた。
好きだった幼馴染に婚約者ができてしまって嘆いていたら、彼女がいい方法を教えてくれたのだ。
「それにしても、ちょっと『具合が悪い』って言っただけで、こんなに効果があるなんて思わなかった! あなた頭いいのね」
「ふふ。男性って結局、可憐で儚げな女性が好きなのよ」
「確かに婚約者の方はキレイだったけど、お堅い感じだったな。嫌よね、ああいう人」
「そうそう、わたくしの好きな方の婚約者もね──」
ひとしきり愚痴を言い合って、紅茶を飲んで一息入れた。
ここのお店は紅茶がとても美味しい。話題になるのもよくわかる。
心地よい空気の中のんびりしていると、店の奥のテラス席から、女の子達の話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、アナ。この本知ってる?」
「どれ? うーんと、『病弱な幼馴染を優先する婚約者はいりません!! 〜今日から始まる溺愛生活〜』。
……また、マルゴの叔父様が送ってきたの?」
「そうよ」
「そう……。どんな話だったの?」
テラス席は予約が必要だと言われて、今日は入れなかった席だ。
いつか好きな人に連れてきてもらいたいな。もちろん、二人きりで!!
「とある女の子の話でね、婚約しているんだけど、婚約者がいつも病弱な幼馴染の女の子を優先しているの」
「いつも優先って、どういうこと?」
「お茶会もデートも夜会も、『幼馴染の具合が悪くなった』って言って、中止か延期になるの。そして婚約者は、幼馴染のお見舞いに行ってしまうの」
──「病弱な幼馴染」という身に覚えのありすぎる単語が耳に入って、思わず顔をあげてしまった。
親友も同じ方向を見ている。
「待ちなさい。その婚約者の男って、医師か薬師なの?」
「違うわ。普通の貴族令息ね」
「医師でもなんでもない人が看病に行っても、邪魔なだけじゃない」
「幼馴染の女性の言い分としては、側にいてくれると安心するのですって」
「安心……。気鬱の病なのかしら?」
「違うわ。体が弱いだけみたい」
「役に立たないのにお見舞いに行くなんて、一体何を考えているのかしら。迷惑な男ね」
「そうよねぇ」
迷惑なんかじゃない! 婚約者よりわたしを優先してくれているんだもの! 嬉しいに決まっているじゃない!!
婚約者なんかよりも、わたしの方が好きだってことなの!!
「でも、夜会に婚約者と一緒に出席しないのは、どう考えてもよくないわ。早めに知らせてくれないと、エスコートを頼む人が見つからないかもしれないし……。特に女性は、ドレスやアクセサリーを全部選び直さなくてはいけないのよ?」
「夜会は、前日に行けないって連絡がきていたわ」
「前日って……。主催者への連絡はどうしたのかしら? 婚約者でもない他家の女性のお見舞いなんて、言い訳にもならないじゃない。
待って、わかったわ」
「何が?」
「その幼馴染の方、多分もう先が長くないのよ。だから婚約者も最期を看取るつもりで慌てて駆けつけたんだわ。
そんな大変な理由があるなら、無理をして夜会に参加する必要はないわよね? だって、『臨終に立ち会いに行く』なんて言われたら、誰にも咎められないわよ。欠席して仕方がないと思うわ」
なんでそんなに話が飛躍するの?!
え、もしかして、これが一般的な考え方なの? わたしも好きな人に「先が長くない」と思われているってこと? 違うよね……?
「……残念だけど違うのよ、アナ」
「違うの?」
「幼馴染は病弱だと言い張っているだけなの」
「……」
「具合のいいときは、主人公の婚約者と一緒に街歩きをしたり、夜会に出たりするの」
「詐病じゃない。それが原因で婚約破棄になったら、訴えられてもおかしくないわよ?」
「罪に問われる可能性はあるわよねぇ」
詐病? わたし、具合が悪い振りをしただけなのに、犯罪になるの?!
そんな……。「どうしてもお見舞いに来て欲しい」って言っただけで……?!
「それにしても、自ら病弱だと言い張るだなんて、その幼馴染の女性は今後どうするつもりなのかしら?」
「嫁ぎ先ってこと?」
「そうよ。病弱なら、子供を産むのは難しいでしょう? 家を取り仕切るのも無理そうだし、貴族に嫁ぐのは諦めた方がよさそうね」
「普通はそうなるわよねぇ」
確かに、わたしにまだ縁談はきていない……。でも、好きな人と結ばれたかったからそれでいいと思っていたけど……。違うの?
そういえば、親友にも婚約者はいない……。親友を見ると、真っ青になっていた。
「そもそも、婚約者のいる男性に看病なんてさせていたら、その幼馴染にまともな縁談なんてこないわよ。愛人狙いなのかしら?」
「幼馴染の考えは書いてなかったわ。
物語の最後は主人公が婚約者を見限って婚約破棄して、他の男性に溺愛されて幸せになるの。主人公はハッピーエンドね。
それで、元婚約者の方は幼馴染の女性と結婚させられるの」
「『結婚させられる』って何? 幼馴染との間に愛はなかったってこと?」
「そうなの。幼馴染を優先してみせて、婚約者に嫉妬してもらいたかったのですって」
「ひどい男ね。結末は自業自得だけど」
「それ以外の感想が思いつかないわよねぇ」
──ガタン!!
すごい勢いで親友が立ち上がった。
「わ、わたくし、今すぐ帰らなきゃ! ごめんなさい、失礼するわ!!」
「え? ちょっと! ちょっと待ってよ!!」
親友は貴族らしからぬ速さで帰っていってしまった。
え……、わたしこれからどうすればいいの……?
◇
親友の好きだった人は婚約破棄されて、親友と結婚することになった。
親友は、夫の元婚約者から慰謝料を請求されて、しかも夫には好かれていなくて、ものすごく肩身の狭い思いをしているらしい。
……もう、親友なんて呼びたくないけど。
だって、彼女のせいでわたしは……。
わたしはあの女の子達が言っていた通り、好きな人に、もうすぐ儚くなるから我が儘を言っているのだと思われていた……。病弱というのが嘘だとわかって、「もう関わらないで欲しい」とまで言われてしまった……。
嫁ぎ先も見つからなくて、家族が毎日わたしをどうするか話し合っている。
ただ幼馴染が好きで、側にいて欲しかっただけなのに……。あんな子の言うことなんて聞かなければよかった……。
『病弱な幼馴染を優先する婚約者はいりません!! 〜今日から始まる溺愛生活〜』は、架空の小説です。




