史実 シチリア戦
ハンニバルが積極策を取れた。最後の戦場
だが、ハンニバルは動けなかった
ローマが直接戦わず、包囲網を持って、ハンニバルを封じる戦略は明らかになっていた
そして、シチリアにマルケスが送り込まれた
ローマはハンニバルについた都市シラクサを
攻略し、包囲を完成させるつもりだった
シラクサを取られてしまえば、ハンニバルは
シチリアにおける拠点を失う
動かざるを得ないはず、なぜ動けなかったのか。
ローマ海軍が妨害していたのなら
ハンニバル本人だけが抜けると言う手もある
カルタゴで兵力と合流し、シチリアで戦う
イタリアに残した戦力は、タレントトゥームにこもる
港を確保する
都市にこもるだけの守備であるならば
指揮官の質も、それほどは問われない
部下に任せることができたはず
名将の一つに条件、弱兵を強兵に変えることが
挙げられる
ハンニバル自身、ハンニバルの精鋭と言われる兵士を育て、カンネーではローマ重装歩兵部隊の突撃を
食い止めさせている
スキピオは敗残兵をまとめ、立て直した
カエサルは訓練終了したばかりの新兵を手元に置くと
わずか1ヵ月の訓練で、カエサルの戦士へと変えた
新たな部隊を率い、シチリアで戦うが
ハンニバルにはできたはずだった
シチリアまでならカルタゴ海軍の補給も届く
史実でもカルタゴは
2万5千の兵力を上陸させることに成功している
そして、敗退した
指揮官を得られなかったから
補給線を縮め、戦場を変える
シチリア理想的な戦場に見える
ここでならローマと戦えた
かつてシチリアを領有したカルタゴに領土を取り戻すと訴えることもできた
ハンニバルはイタリアに固執しすぎたように見える
部隊はいた、ハンニバルは
最も強力な自分自身をシチリアに投じるべきだった




