イタリア要塞
ハンニバルのイタリア侵入以前
北をアルプス山脈が塞ぎ、三方を海に面した
イタリア半島を統一した時
ローマは要塞を完成させていた
敵国からは進攻されず、自分たちは海軍を用いて
好きなところへ軍隊を送り込める体制ができた
戦争の自由をローマは手にした
周囲の国からは、そんなローマがどう見えたか
脅威だった、ができる事は何もない。
手の出しようがない
ただ見ていることしかできない。
戦争も外交もローマの思うがままにできる。
イタリア半島に軍隊が侵入するのは不可能だった
その不可能に、ハンニバルは挑んだ
ハンニバルがアルプスを越え
周囲の国は色を変えた
ローマに攻撃が届いた
ローマは周囲の国々の包囲に取り囲まれた
出る杭は打たれた
イタリア内部のハンニバルを抑えつつ
ローマは周囲の国を沈める必要があった
ハンニバルを抑える将軍たちは動かせなかった
各国にナンバーツーたちが派遣された
ローマのナンバーツーたちは、周囲の人材を上回った
ハンニバルには、勝てなくても充分だった
7年後、北と東を沈め、西はスキピオ兄弟が
攻めていた、ローマ包囲は破れた
準備が整ったローマは反撃に出る
対ハンニバルからイタリアの剣
マルケルスを引き抜くと、シチリアへ向かわせた
長靴イタリアの先に置かれたボール
それがシチリア、その先にカルタゴがあった
第一次ポエニ戦争の原因となったシチリアが
ハンニバルを封じ込める、最後の一手になろうとしていた




