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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第一章 荒野
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8.ミコ

「ひゃっはー」

 タイヤのパンクによって車がクラッシュする様をサイドミラー越しに見ながら、アルマが呟く。窓の外へ出した右腕に握られた古い銃からは硝煙が上がっている。

 コロニーを出発してから数日、こうして何かに追われるのはすでに四回目だ。そのうちの三回は今と同じおそらく物盗りが目的の人間で、残り一回は機械獣(マシンビースト)だった。

 追ってくるのが人間であれば、ある程度痛い目を見せてやれば勝手に諦めてくれるのだが、機械獣の場合はそうもいかず、標的を完全に見失うまで決して諦めることはない。今更になって、以前自分の疑問に対しジェニィが答えたことの意味をアルマは身をもって理解することとなった。

『敵対生物との遭遇率がアーロン博士の予測を大幅に超えています。ここまでのデータと照らし合わせ、ルートの再計算を行いますので、一旦停車してもらえますか』

「分かった」

 背後に追手の気配がないことを確かめてからできる限り目立ちにくい岩陰に車を止めると、助手席に置いた発電機の上に乗っているミコがおそらく目の位置にあたるランプを点滅させ演算処理を始めたので、その間にアルマは外の空気を吸うため車を降りた。

 しばらくして車内に戻ると、すでにルートの選定を終えたミコは自ら発電機を繋ぎスリープモードに入っていた。アルマが帰ってきたことに気付くと目に光が灯り再び動き出す。

『お帰りなさい。先ほどの戦闘で行程に遅れが生じているため、少し急ぎましょう』

 『Mechanical intelligence communication object』などという仰々しい名称を冠しているだけあって、ミコはなかなかに優秀なサポートロボットだった。ミコが示すルートはただ単に塔を目指すのではなく、アルマの体力に合わせて車を停め宿泊できそうな場所やガソリンが補給できそうな場所を経由し、尚且つ敵対生物との遭遇率の低い、最も安全、確実に目的地へ辿り着けるよう綿密に計算されたもの。

 アルマはMIで動いているとはいえその肉体は12歳程度の少女であり、過酷な行程にはとても耐えられない。だが今のところ体調に問題はなく、多少のトラブルはありつつも旅は順調に進んでいる。もしかして博士は、最初からこうなることを想定してミコを作ったのだろうか。


『そういえば前から気になっていたのですが、アルマが銃を撃つときのその奇妙な掛け声はいったい何なのでしょう?』

 アルマは基本的に無口で、必要なことしか喋らない。それとは反対にミコはお喋りで、時折こうして他愛もない雑談をアルマに振ってくる。故に運転中の車内が沈黙に包まれることはあまりなかった。ここにも話好きな博士の性格が反映されているのかもしれない。

「ミコは、ジェニィを知らない?」

『もちろん情報としてデータは入っていますが……なるほど、それは彼女の口癖のようなものなのですね』

「そう」

『なぜアルマは、ジェニィの口癖を真似ているのですか?』

 ミコの問いかけに、アルマは思わず口ごもる。数ヶ月間、ジェニィを見て戦い方を学習したアルマは、彼女とMI化した義手の動作をトレースすることで精密射撃を行っている。だが口癖まで同じように合わせる必要性やその科学的根拠を、アルマはうまく説明できそうになかった。

『すみません。困らせるつもりはありませんでした。あなたのMIはまだ発展途上、思いついたことは何でも試してみるのが正解です』

 ミコはそう言うと、バッテリーは十分に残っているにも関わらずランプを消灯してスリープモードに入った。どうやらミコはお喋りなだけでなく、空気を読む力にも長けているらしい。それからしばらくの間、エンジンの駆動とタイヤが地面を転がる音だけが車内を満たしていた。


 日が暮れ始めた頃、いくつかの朽ちた建物が連なる集落跡に辿り着いた。今日はここで休息を取り、明日の早朝に出発する予定だ。

『この場所なら機械獣や他の人間が近づいてもすぐ気付いて対処できますから、今日の寝床には最適です』

 ミコが示した家屋の脇に車を停め、入口のドアを開けて中に入る。室内は薄暗くて埃っぽく、しばらく誰の手も入っていないことは明らかだった。手持ちのランプに火を点け、念のため他に人がいないことを確認してから、アルマはリビングルームのカバーが破れ中の綿が飛び出したソファに腰を下ろした。

 一息ついた途端、疲労と眠気がどっと押し寄せてくる。給電さえしていれば半永久的に動けるミコと違い、アルマには十分な食事と睡眠が必要不可欠だ。ミコはサポートロボとして、アルマが摂取するべきカロリーと、健康を維持するための睡眠時間を計算し、一日の活動スケジュールを組み立てている。

 ミコの指示に従い、鞄から取り出した今日の夕食をテーブルに並べたアルマが口を開く。

「ミコ、これだけでは足りない。夜にお腹が空いて眠れなくなる」

 声のトーンと表情こそ普段と変わりないが、アルマは明らかに不満そうだった。

『いいえ、これで十分です。それに、次に食糧が補給できそうな場所まで、あまり備蓄の余裕がありません』

「缶詰の追加を希望する」

『我慢してください』

 どちらも主張を譲ることなく、議論は平行線。最終的に折れたのはミコだった。このまま議論が続き、アルマの睡眠時間が削られることのほうがデメリットが大きいと判断したためだ。

『わかりました。では、デザートをひとつ付けるのを許可しましょう』

「本当?」

『ええ。でも、ひとつだけですよ。それから、虫歯にならないよう食事の後にきちんと歯を磨くこと。いいですね、アルマ』

「うん、わかった」

 我儘を言えば通ると学習してしまうのは避けるべきだが、拗ねて旅そのものを拒否されたら元も子もない。今日の経験を踏まえて、今後のスケジュールをもう一度考え直さなければ。

 そんなミコの苦労をよそに、デザートの甘いチョコレートを食べてご機嫌のアルマは、ミコが促す前に自ら歯を磨き、床についたのだった。

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