7.旅立ち
梯子を登り、天井のハッチに取り付けられた回転式のバルブに両手をかける。博士との約束を破ることに幾許かの緊張を覚えながら力を込めてバルブを回転させると、隙間から空気が抜ける音とともに重厚な扉がふわりと浮き上がった。
そのままハッチを上に押し開け、周囲を警戒しながら慎重に顔を出す。ミコは安全だと言っていたが、アルマはまだミコのことを信用していない。
地上に出たアルマを最初に襲った違和感は、肌を刺す赤い西陽だった。次に、焦げた煙の匂いと辺りを舞う砂埃。地下シェルターのハッチはダイナーのホールから奥へ続く廊下の突き当たりに設置されていて、周囲に窓がないため常に薄暗い。だが視線を上げてすぐ、アルマはそのわけを理解した。建物の天井部分が跡形もなく吹き飛ばされていたからだ。
暫しその光景を無言で見つめた後、アルマが廊下を進んでいくと、ミコもその背中に付いていく。ホールに出ると、ジェニィたち『回収』班の成果を祝う宴が開かれるはずだった場所は見るも無惨な光景へと変貌していた。入口のドアは壁ごと引き剥がされ、テーブルは踏み潰され、その上に載っていた料理は散乱している。カウンターのほうに視線を向けると、コックのエドガーが妻のハナを守るように上から覆い被さった状態で地面に倒れていた。エドガーの身体には銃弾によって無数の穴が空き、そこから流れ出した血がダイナーの床を赤く染めている。
ダイナーの外へ出ると、普段必ずどこかで何かしら作業音や誰かの会話が聞こえていたはずのコロニーはしんと静まり返っていた。聞こえるのは、辺りに燃え広がる炎がパチパチと爆ぜる微かな音のみ。スタンドのガソリンタンクに引火して爆発したのだろう。今もなおタンクの周辺には火柱が上がっている。
「ジェニィ……キスケ……」
ガソリンスタンドの前方、普段は住民たちの洗濯した服を干したりするのに使われている開けた場所に、ジェニィとキスケは倒れていた。声をかけても反応はない。当たり前だ。もう死んでいるのだから。周囲には、二人が破壊したのであろう機械獣の残骸がいくつも転がっていた。
「博士……」
そこからすぐ近く、スタンドの屋根を支える柱が折れ残った根元の部分にもたれかかるようにして、散弾銃を握り締めたまま、博士は眠るように事切れていた。その表情は、どこか穏やかにも見える。死の瞬間、博士は何を思ったのだろうか。考えてみても、アルマには何も思い浮かばない。
その後もアルマはコロニー内をくまなく捜索したが、生き残った住人は誰ひとりとして見つけることができなかった。
『機械獣の襲撃でコロニーが全滅するのは決して珍しいことではありません。むしろこれまで何事もなく無事だったことの方が幸運だと言えるでしょう』
ミコがアルマを気遣うような言葉をかける。ただ、機械であるMIにそのような感傷は存在しない。純然たる真実を述べたまでだ。
機械獣の襲撃からコロニーを守るため、二十余名の住人たちは最後の最後まで戦い抜いた。たったひとり、アルマを残して。
『アルマ?』
ミコのそばを離れ、アルマが再びジェニィとキスケのもとへと歩いていく。そして近くに転がっていた、二人の愛用する銃とブレードを手に取った。
『もし、この原因を作った者に報復を行うつもりであるならば、それはお勧めしません』
ふわふわと浮遊しながらアルマのほうへ近づいてきたミコが告げる。
「……なぜ?」
『すでに死んでいるからです』
言いながら、ミコは両眼の部分に位置するランプを点灯させ、ある方向を示した。光を辿っていくと、そこにはフェンスゲートに衝突し大破した車両と、複数の人間の死体があった。そのうちの一人は紛れもなく今日の昼間、ジェニィの慈悲によってこの先も生きることを許されたばかりの男だった。
「……」
その場に立ち尽くしていたアルマはふと、銃を持った右手が震えていることに気付く。銃は一般的なもので決して重いわけではないし、脳のMIから発する神経信号に何の異常も見られない。ではなぜ自分は震えるほど拳を強く握り締めているのか。アルマにはその理由が分からなかった。
『本来ならば早急にここを離れるべきですが、夜間の移動は危険です。幸いガレージに一台無事な車が残っていたので、安全な場所に移してから今晩はシェルターで過ごし、明日の朝に出発しましょう』
「……わかった」
アルマはそう言うと、ジェニィの銃とキスケのブレードを腰のベルトに差し、ガレージへと向かった。
翌日の早朝、まだ太陽が登り始める前にアルマは再びシェルターから地上へ出た。両手と背中に大きな鞄が3個。鞄の中身は食糧に着替え、生活用品、それから使えそうな武器や銃弾、機械部品など、夜の間にシェルター内を漁って準備したものだ。
コロニーから少し離れた場所に移動させておいた小型のワゴン車へ向かい、トランクと後部座席に載せられるだけの荷物を積み込む。最後に、コロニーで使用する電気を賄っていた発電機を助手席に載せ、揺れて落ちないようロープでシートに縛りつける。
アルマの身体は人間なので、生きるために食事が必要不可欠である。それと同様に、機械であるミコには給電が必要だ。博士がいない今、アルマのMIをメンテナンスできるのはミコの他にいない。何より、ミコは博士がアルマに遺した指示を預かっている。
『塔へ向かえ』
ミコの話が真実なのか、まだ判断することはできない。だが、博士ならきっとそう言うだろうともアルマは思った。
『出発しましょう』
「うん」
車のドアに手をかけたアルマが、ふと後ろを振り返る。夜明け前の薄闇の中、コロニーは未だ火の手が上がり続けていた。住人たちは全員、昨日のうちにダイナーの中へ移動させ、並べた毛布の上に寝かせている。コロニーが燃え尽きる頃には、彼らも空へ還っていることだろう。
運転席のシートに腰掛け、キーを差し込みエンジンをかける。実際に運転するのは初めてだが、後ろから毎日ジェニィの姿を見ていたのでその方法はすべて知っている。
『道案内は私にお任せください。周辺地域のデータはすべて登録済みです』
「必要ない。見ればわかる」
アルマがアクセルを踏み込むと、砂煙を上げながら一人と一体を乗せたワゴン車が発進する。
遥か彼方、天を貫くように聳え立つ塔を目指す、長い旅路が始まった。




