6.襲撃
「MIの動作も特に異常なし。以上で検査は終わりだ、お疲れ様」
博士が沢山のコードが繋がれた輪っかのような装置を頭から外すと、アルマが眠りから醒めるように青い瞳を見開く。
「さあ、飯だ飯だ。博士、今日はご馳走らしいぜ」
「本当かい? 楽しみだなぁ」
「私たちのおかげだから感謝しろよ。な、アルマ」
「うん」
他愛もない会話を交わしながら、ジェニィとアルマが研究室を後にしようとしたそのとき、机の上の通信機のランプが点灯した。
「大変だ! 機械獣の群れが真っ直ぐコロニーに向かってきている!」
スピーカー越しにトーマスの切迫した声が響き渡る。
「本当にここを目指して進んでいるのか?」
機械獣は基本的に音と動きに反応して攻撃を行う。このコロニーは周囲をフェンスゲートで囲い目隠ししているため、機械獣が近くを通る際は大きな音を立てず静かにしていれば何事もなくやり過ごせるはずだ。
「車が機械獣に追われているんだ。おそらく、ここへ誘導しようとしている」
「……まさか、あのとき逃がした奴らか?」
ジェニィが今日の出来事を思い返しながら呟く。襲撃を退けた後、ジェニィたちは手に入れた車両を運ぶため通信でトラックを要請し、その場である程度分解してから積み込んでコロニーへ持ち帰った。一度体制を立て直してから現場に戻り、後を尾けるだけの時間は十分にある。偶然か報復かは別として、奴らの仕業である可能性は非常に高い。
「機械獣は何体いる?」
「はっきりとは分からないけど……10以上は」
「分かった。ガントに門を閉めるよう伝えてくれ。トーマスはジャックと協力して防衛タレットの準備を。私もすぐに向かう」
通信を終え立ち上がった博士の顔は、普段の柔和さが完全に消え失せ、これまでに一度も見たこともないほど鋭く険しいものになっていた。
「私も行くぜ」
ジェニィがそう言うと、博士は一瞬だけ迷いを見せたが、逡巡を振り払うように深く頷くと、汚れた白衣を翻して研究室のドアへ向かって足早に歩き出した。
「博士、私も……」
博士たちの後を追おうと、アルマが丸椅子から立ち上がる。アルマがそう思うのは当然のこと。
「駄目だ、アルマ。君はここにいなさい」
そして、博士がそう言うのもまた当然のことだった。
「心配すんな。いつも通り私がすぐに片付けてやる」
当然、ジェニィの意志も右に同じ。
「アルマ。私たちが戻ってくるまで、絶対にハッチを開けてはいけない。いいね?」
アルマの瞳がじっと博士を見つめる。暫しの沈黙のあと、アルマは小さく首を縦に振った。
「分かりました」
「いい子だ」
博士がアルマの細いプラチナブロンドの髪を撫でる。その手を離すと、博士とジェニィはもう二度と振り返ることなく、地上へ向かっていった。
博士たちがこの部屋を出てから、ちょうど20分が経過した。その間に何度か大きな揺れを感じたが、核爆発にも耐えうる強度を誇る厚い鋼鉄製ハッチの外側の状況は、地下からではまったく窺い知ることができない。
アルマは博士に指示された通り、丸椅子に腰掛けたままじっと彼らが戻ってくるのを待っている。そして、それからさらに16分と32秒が経過したとき、研究室の奥からモーターの回転音とともに、丸い形の物体がアルマの目の前に飛び出し、その場で静止した。
『こんにちは、アルマ』
野球ボールの上にヘリコプターのプロペラを刺したような姿の何かが、アルマに向かって2つの赤いランプを点滅させながら言語を発する。
『私はアーロン・シュナイダー博士に代わりあなたのサポートを任された自律式MIボット(Mechanical intelligence communication object)、どうぞお気軽にMicoとお呼びください』
ミコと名乗った野球ボールは、頭に付けたプロペラの傾きを器用に調整して空中姿勢を制御しながら、内蔵されたスピーカーを使ってアルマに語りかける。
「博士がいるので、あなたのサポートは必要ありません」
突如として現れた謎の物体に驚く様子もなく、アルマは無表情のまま淡々と告げた。
『いいえ、博士はもう存在しません。なぜなら博士の生命活動停止が、私の起動トリガーだからです』
「……」
アルマは黙ったまま、何も口にしない。ミコがそのまま話を続ける。
『博士からあなたへの指示をお伝えします』
指示、という単語に微かにアルマが反応を示す。
『塔へ向かえ』
「塔……?」
塔とは、いつも見ていたあれのことだろうか。
『地上の生体及びMI反応がすべて消失しました。どうやら脅威は去ったようです。外へ出ましょう』
ミコが促すが、アルマはその場から動こうとしない。
「博士が戻って来るまで、ハッチを開けてはいけないと言われています」
『博士は戻って来ません。だから私がここにいます。私のMIには博士が培った知識の全てが集約されています。これからは私のことを博士だと思ってください』
「……急に言われても、私はあなたのことを博士だとは思えません」
『でしたら、私とお友達になりましょう。アルマの身体は人間なのでここに止まり続ければいつか餓死してしまいます。お友達として、私はアルマにそうなってほしくありません』
「……わかった」
『おや、素直ですね。あなたが私の指示を拒否した場合の説得の文言を博士は十数パターン用意していたのですが、その必要はありませんでした』
「従うわけじゃない。あなた……ミコが嘘を付いているかどうか、地上に出て確かめるだけ」
『それで構いません。では、行きましょう』
アルマが丸椅子から立ち上がりドアを開けて研究室の外に出ると、ミコもランプを光らせながらプロペラを傾け、その後を追っていった。




