5.博士
「あー……疲れた……」
「もう腕が上がらんでゴザル……」
回収した物資の仕分けと運搬を済ませて車庫にトラックを戻し、ようやくジェニィたちの本日の仕事が終わった。気付けばもう日暮れが近くなっていた。
「飯の前にまずは風呂だ。行くぞアルマ」
「うん」
頭がMIだからなのかは分からないが、アルマはいまいち自分の身体を清潔に保つということに無頓着で、放っておくといつまでも汚れたままでいるため、アルマを風呂に入れて洗ってやることもジェニィの役目のひとつだった。
「お、美味そうな匂いがするな」
ドアを開けた瞬間、肉が焼ける油の音と香ばしい匂いに耳と鼻を刺激され、思わず腹の虫が鳴る。
「おうお前ら、今日はご馳走だから楽しみにしとけ!」
カウンターの向こうのキッチンで調理中のエドガーが、こちらを振り返り大声で叫ぶ。
「なに、それは真か!?」
「ほらほら、汚れたままじゃ食わせないよ。さっさと綺麗にしてきな!」
ハナがテーブルを拭いていた手を止め、フラフラと匂いのもとへ吸い寄せられていくキスケを咎める。二人は夫婦で、このコロニーへやって来る以前は別の場所で小さなレストランを経営していたらしい。
「はいはい、っと」
しっしと手で追い払うジェスチャーに見送られながら、テーブルの間を抜けて奥へ向かっていく。
ジェニィたちが暮らすコロニーは、ガソリンスタンドとダイナーが併設された古い建物で、その周囲をフェンスで囲って防護している。
スタンドはそのまま貴重な資源であるガソリンの貯蔵庫として、廃棄された車に残っているものを回収しては少しずつ貯めている。また車の整備場も兼ねていて、ジェニィが無茶な運転をするたび、優秀な整備工であるジャックがぶつくさと文句を言いながら修理するというのはもはや恒例となっていた。
ダイナーのほうも食事処として、また夜には酒場として、広く皆に利用されている。元コックであるエドガーの料理の腕前はやはり素晴らしく、少ない食材をやりくりしながら住人たちを飽きさせないメニューを提供してくれている。
コロニーの住民たちは『回収』班のジェニィたちばかり危険な目に遭わせていることに負い目を感じているが、実際のところ当の本人たちは微塵も気にしていない。コロニーの生命線である車と食事を担っているジャックとエドガーはもちろんだが、女将としてダイナーを切り盛りするハナも、相手の嘘を見抜くのが上手いガント爺も、背が高くて遠くまで見渡せるトーマスも、みんなの母親であるマーサおばさんも、誰もがそれぞれ懸命に自分の役割を果たしている。その中でたまたまジェニィたちは戦闘に向いていた、ただそれだけのことだ。
ダイナーの奥、廊下のトイレを過ぎた突き当たりの床に設置された重い鋼鉄のハッチを開け、梯子を使って地下へ降りていく。その先は避難用のシェルターに繋がっていて、ベッドや浴室、大型の食料貯蔵庫をはじめ一定期間地下での生活が可能となる設備が一通り揃っている。この辺りの建物には大抵の場合シェルターが設けられているが、ここのように人が集まる施設では相応に規模も大きく、10〜20人程度なら余裕を持って収容できるため、コロニーの住民たちは基本的にここで寝泊まりしている。
ジェニィは脱衣所で服を脱ぎ、右腕の肘から先が濡れないようビニールで覆うと、アルマを追って浴室に入った。義手のMIコアが格納されている部分は防水仕様だと博士から聞いているが、不安なので念のためこうしている。もしこの腕が動かなくなったら、文字通りコロニーの死活問題だ。
シャワーからお湯を出し、先にアルマを洗う。ジェニィがシャンプーをしている間に、アルマはスポンジを泡立てて自分の身体を洗った。終わったら交代して、今度はジェニィがアルマに背中を流してもらう。片手だと何かと不便なので、実はジェニィのほうもアルマと一緒に入浴するのは助かっている面も多い。
入浴を終え、部屋着に着替えた二人はそのまま博士がいる研究室へと向かった。一日の仕事を終えたら研究室へ行って、アルマがその日にあった出来事を博士に報告し、必要があればメンテナンスを行うまでがルーティーンだ。
「博士、入るぞ」
相変わらず埃っぽくて薄暗い部屋の奥から、博士がひょっこりと薄い白髪頭を覗かせる。
「ああ、おかえり。アルマ、ジェニィ」
いつも通り木の丸椅子に腰掛け、アルマが話し始めると、博士はうんうんと頷きながら興味深そうに報告を聞いていた。一応、内容に相違がないかジェニィも後ろに立っている。
「大活躍じゃないか。偉いぞ、アルマ」
そう言ってアルマの髪を撫でる様子は孫娘を愛でる隠居した爺さんにしか見えないが、博士は歴としたこのコロニーのリーダーで、住民たちは皆彼のことを尊敬している。なぜなら今から数十年前、この場所に居住地を築いたのがこの博士だからだ。
機械獣の数も多く、不発弾や汚染地域など今よりもずっと危険な中で、博士は一人で物資を集め、シェルターの発電機を修理し、フェンスゲートを建て安全な場所を確保した。そして行くあてのない難民を受け入れるうちに自然とコロニーが形成され、現在に至っている。
ジェニィとキスケも、以前はそれぞれ別の場所で物乞いのようなことをして何とか生きていたところを博士に救われた。ジェニィの腕やキスケの脚のように、機械獣の襲撃や地雷の爆発で身体の一部を欠損することは決して珍しくない。そして役に立たない人間は当然、群れから見捨てられることになる。死を待つばかりだった二人をコロニーへ連れ帰り、失った身体をMI化して蘇らせ、もう一度生きられるようにしてくれたのが博士だった。
温かい風呂に入れるのも、夜怯えることなく眠れるのも、元を辿ればすべて博士のおかげだ。だから私は、危険な場所への『回収』だって、アルマの面倒を見るのだって、いくらでもやってやる。
しかしその平和はあまりにも脆く、いとも簡単に崩れ落ちてしまう細い崖の上に成り立っていることを、このときのジェニィはまだ知る由もなかった。




