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4.帰還

「回収班が帰ってきたぞ!」

 見張り台の上からこちらに手を振るノッポのトーマスに機械の義手を振り返しながら、門番のガント爺が開けてくれたフェンスゲートを通り抜け、ジェニィが運転する満載の物資を積んだピックアップトラックを含む3台の車が無事にコロニーへと帰還した。

 積荷を降ろすためコロニーに入ってすぐの開けた場所に車を停め、運転席から外へ出たジェニィのもとへ、整備士のジャックがくわえ煙草をふかしながら駆け寄ってきた。

「おう、ジェニィ! 聞いたぞ、新しい車が手に入ったそうじゃないか!」

「残念ながら一台エンジンがイカれちまって走れねえけどな」

 ジェニィの視線の先、荷台に載ったボンネットに穴の空いた車両を見上げながら、油と煤で顔を真っ黒にしたジャックが嬉しそうに目を細める。

「いいや、十分さ。これでしばらくは部品の交換に困らん」

 ジャックから差し出されたシガーケースから煙草を一本抜き取ろうとして、背後から視線を感じたジェニィはその手を止める。

「あー……気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとな」

「なんだ、禁煙でもしてるのか?」

「チビがうるせえんだよ」

 キスケはもともと吸わないが、ジェニィは喫煙者だ。以前、いつものようにジェニィが煙草に火を点けようとしていると、不意に現れたアルマの手が一瞬にしてそれを奪い取った。

「おい、何しやがる」

 虚空に揺れるオイルライターの火をわざと音を立てて消し、不機嫌を露わにするジェニィ。

「ジェニィ。未成年の喫煙は法律で禁止されている」

 しかしアルマにそのような脅しは通用せず、きっぱりとした口調で言い切った。

「法律ぅ?」

 久しく聞き覚えのない単語に虚を突かれ、思わずそっくりそのまま聞き返してしまう。それはジェニィが生まれるよりずっと前に地上から葬り去られた概念であり、現在では点在する各コロニー毎で定められた掟に置き換えられている。当然そこに煙草の年齢制限など存在しない。

「お前、何にも物を知らねえくせに、そんなどうでもいいことには詳しいんだな」

 ジェニィにとって法律とは過去にそう言われるものがあったらしいという程度の認識でしかない。もしかしてアルマのMIは随分昔に造られた骨董品なのかもしれない、と思う。

 アルマの青い瞳がじっとジェニィを見つめる。脳の代わりにMIが身体を動かしているアルマには感情というものが存在しないのではと思っていたが、しばらく過ごすうちにどうやらそういうわけでもないらしいことが分かってきた。

 ハァ、とため息をひとつ吐いてから、ジェニィが拗ねる子供を宥めるような口調で諭す。

「ルールを守ることは生きるうえで大切だ。だが、それに縛られてたらいざというとき手前の生命も守れない」

 確か法律じゃ人を殺すのは問答無用で犯罪だったはず。当然、このコロニーでも無用な殺しは御法度だが、例外はいくらでもある。

「こいつは私が快適に日々を生きるために必要不可欠なものなんだ。だからここは見逃しちゃくれねえか?」

 我ながら上手く言いくるめられたのではないかと自画自賛する。多少、教育には悪い影響があるかもしれないが。

「煙草にストレス緩和効果はないし、明らかに身体へのダメージの方が大きい。気分転換なら別の方法にするべき」

 瞬く間に論破され、ガクリと肩を落とすジェニィ。ダメだ、私の頭じゃこの機械知能との議論に勝てる気がしない。

「わかったわかった……吸わねえよ」

 ズボンのポケットから取り出した煙草の箱を握り潰して放り捨てる。その様子を見ていたアルマの表情は微かに満足そうに思えた。まあ、こいつなりに私の健康を気遣ってくれているというのは、悪い気分じゃない。

 ふと、そういえば右手で煙草を持つと何故か妙に吸いにくく感じたことを思い出す。もしかして私のMIも……と考えたところで、馬鹿馬鹿しいと思い直した。


「ハッハッハ! これからジェニィへの頼みごとは全部アルマちゃんに伝えてもらうことにしよう」

「勘弁してくれ……」

 豪快に笑いながらトラックの荷下ろしに向かうジャックの作業を手伝うため後を追うと、アルマも大人しく付いてくる。

 アルマがこのコロニーへ来て早数ヶ月、彼女はすっかり住人たちの心を鷲掴みにしていた。多少頑固なところはあるものの、アルマは基本的に従順な働き者だ。指示されたことを忠実に守り、同じ間違いは二度と繰り返さない。さらにMIの優れた学習能力でどんな仕事もすぐにマスターしてしまう彼女は、すでにこのコロニーにとって欠かせない存在になりつつあった。懸念していた感情表現が乏しく無愛想なところも、アルマの個性として受け入れられている。

 博士、ジェニィ、キスケを除くコロニーの住民はアルマの脳がMIであることを知らない。罪悪感はあるが、その方がお互いのためだ。機械獣(マシンビースト)の恐ろしさは、この世界で生きる人間なら誰もが身に沁みて味わっている。

 ジェニィ自身、その疑念が全くないわけではない。だからこそ、もう何度も仕事で外に連れ出しているものの、アルマにさせるのは物資の運搬をはじめとする雑務だけで、戦闘行為は一切禁じている。

 少し経験を積めばすぐにでもジェニィやキスケに並ぶ戦力になるであろうことは、10歳そこそこの少女とは思えない身体能力からも容易に想像できた。だが、MIの学習によってもし人間を殺すことに抵抗がなくなってしまったら。半ば無理矢理とはいえアルマの世話を引き受けてしまった以上、その責任は果たさなければならない。

 コロニーの住民に混じって顔を汚しながら荷下ろしの作業を手伝うアルマ。そのあまりにも無垢な瞳は、これから善にも悪にも染まり得る可能性を秘めている。奪った車両の持ち主たちを追い払った後にアルマと交わした会話を思い返しながら、厄介なものを任されたもんだとため息を漏らす。

 まぁ、あれこれ考えたって結局はなるようにしかならない。とりあえず今はさっさと荷下ろしを済ませて一刻も早くシャワーを浴びたかった。

「おいキスケ! ひとりだけ休もうとしてんじゃねえぞ、こっちに来て手伝え!」

「ちっ……バレたでゴザルか……」

 とぼとぼと戻ってくるキスケを眺めながら、あいつこそ頭にMI埋め込んだ方が良いんじゃねえのか、とジェニィは再びため息を吐いた。

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