3.塔
砂煙を巻き上げながら荒野を走る一台のピックアップトラック。本来は二人乗りの車内に無理矢理こしらえた後部座席に行儀よく座っているアルマが、窓から外の風景をじっと見つめている。
「アルマ、また『塔』を見ているでゴザルか」
「変わり映えもしねえのに、毎日よく飽きねえな……」
その視線の先にあるのは、この場所からどれほど離れているのか見当もつかないほど遥か彼方に位置する、天を貫かんばかりに高く聳え立つ塔。あれがいったい何なのかジェニィもキスケも知らないが、塔にしか見えないのでそう呼んでいる。
過去に一度マーサおばさんに訊ねてみたことはあったが、「さあ、何かしらね。私たちには関係ないものだわ」とどこか悲しそうな表情で言われたので、それ以上深く聞くことはしなかった。確かに、遥か彼方のあの物体が何であろうと、私たちにとっては方角を知る便利な道標程度でしかない。
「ううん、前より少し上に伸びている」
「はぁ?」
その言葉に、運転席のジェニィが後ろを振り返りながら声を上げる。遮るものなどない無人の荒野を走っているので、多少よそ見をしたところでどうということはない。
「嘘つけ。そんなわけねえだろ」
「いやあ、アルマがそう言うなら本当かもしれんでゴザルよ」
助手席で獲物のブレードを磨きながら適当な相槌を打つキスケを無視してアルマの顔を覗き込むと、一切の邪気が感じられない鮮やかなブルーの瞳が、ジェニィを覗き返してきた。
隣に座る何も考えていない侍マニアの馬鹿は、それが意味することをまったく分かっていない。建物が植物のように勝手に伸びることなどあり得ないのだ。つまり。
あの塔に人間がいるのか?
そう訊ねようとしたジェニィの思考が、後方から耳に届いた甲高い破裂音によって中断される。銃声だ。
姿勢を戻しサイドミラーに視線を向けると、こちらを追ってくる3台の車の姿を捉えた。
「チッ……ハイエナどもが群がりやがって」
慌てる様子もなくジェニィが吐き捨てる。こんなことは特に珍しくもなんともない。あらゆる物資が不足するこの世界で欲しいものを手に入れる最も簡単で確実な方法は、それを持っている者から奪い取ることだ。奴らのお目当てはトラックの荷台に積まれている、私たちが一日荒野を駆けずり回って得た成果の全て。
「ひゃ〜、容赦ないでゴザルな」
先頭を走る車の助手席側から身を乗り出した男が、挨拶代わりに銃を乱射してくる。奴らにとっては私たちの生命より、積み荷の方がよほど価値がある。ため息のひとつでも吐きたくなるが、仕方ない。私たちはそういう世界で生きている。
「数が多いな……少し減らせるでゴザルか?」
「分かった。アルマ、危ねえから顔出すんじゃねえぞ」
運転席の窓から、ジェニィが右腕を外に露出させる。そして顔は前を向いたまま、手にしていた銃の引き金を引いた。放たれた銃弾はジェニィが思った通りの軌道を描いて追ってくる車の右前輪に命中し、タイヤのパンクによってバランスを失った車両は激しくスピンしながら道を逸れ、最後には横転した。
「ヒャッハァーッ! ざまぁみやがれ!」
歓喜の声を上げるジェニィ。これで残りは2台。そのうちの1台が、怒り狂ったように激しいエンジン音を響かせながら猛スピードで迫ってくる。
「お、釣れたぜ」
「よし、ここは拙者に任せてもらおう」
キスケがうきうきと肩を回しながらおもむろに助手席のドアを開ける。激しい風が車内へ吹き込んできた。
「あんま派手にぶっ壊すんじゃねえぞ。大事な資源なんだからな」
「分かっておる分かっておる」
本当に分かってんのか、と思いながら走行中の車から身を乗り出し、ボロボロの着流しを靡かせ屋根に登っていくキスケを見送るジェニィ。その心配をよそにキスケは屋根の上に立つと、腰に差したブレードの柄に手をかけ、低い姿勢を取り両足に力を込めた。
「いざ尋常に、参る!」
次の瞬間、MI化された義足から噴き出す蒸気と共に、キスケの身体が空高く舞い上がる。距離にして数十メートル、しかも100キロ近い速度で走行する車から別の車のボンネットへ着地すると同時に、キスケが突き刺したブレードの切先がエンジンのある場所を正確に貫くと、しばらく慣性で前へ進んだ後に完全に停止した。
「ひ、ひぃっ!!」
「逃げろ!!」
慌てて車内から飛び出し、這々の体で逃げ去っていく男たち。目の前に突然機械の脚が降ってきた瞬間の彼らはまるで生きた心地がしなかったことだろう。生命があるだけ儲けもの、そう思っているに違いない。
「見たかジェニィ、完璧な仕事だろう!」
引き返してきた車から降りてくるジェニィに向かって、ボンネットの上で胡座をかいたままキスケが自慢気に胸を張る。
「馬鹿が。エンジン壊したらもう動かねえじゃねえか」
ジェニィが大きなため息を吐くが、キスケのほうはどこ吹く風でボンネットに空いたブレードの跡を惚れ惚れとした表情で眺めている。
「私たちのトラックじゃ全部運べねえから、人呼ぶしかねえな。着くまでに少しでも分解しておくか……アルマ、お前も手伝え」
ジェニィが呼びかけるが、アルマは逃げていく男たちの背中を見つめたまま動かない。
「おい、アルマ?」
もう一度呼ぶと、ようやくアルマは振り返って小走りでこちらへ向かってきた。
「ジェニィ」
「何だ?」
「あのまま逃がして良いの?」
男たちは遅れて追いついてきた最後の一台に乗り込もうとしているところだった。まだ歯向かうつもりなら容赦はしないが、男たちをすし詰めにした車はすぐさまUターンし、急加速で走り去っていった。
「ま、これに懲りたらしばらくは大人しくしてるだろ」
「……」
表情こそ変わらないが、アルマが不満を感じているのは明らかだった。口に出す前に、次の問いかけに対する答えをジェニィが述べる。
「無用な殺しはしない。それがうちのコロニーの掟だ」
「彼らの殺意は明確だった。次に会ったとき、きっとまた同じことが起きる」
「その時はその時だ。今回は誰も死なずに済んだんだから、それでいいじゃねえか」
「でも、この前ジェニィとキスケは『機械獣』を殺した」
機械獣。世界が今の形になる以前に起きた戦争で広く使用されていたという自律式機械兵器。汎用型の戦闘MIが搭載されており、敵の姿を発見次第即座に排除するようプログラミングされている。もはや過去の遺物である機械獣だが、自己発電によって戦争が終わった今もなお敵を探し当てもなく彷徨っているものに出くわすことが時々あった。
「あれは人間じゃねえ。ただの機械だろうが」
機械獣は与えられた命令を遂行するため、どこまでも執拗に標的を追い続ける。止める方法は、破壊する他にない。
「じゃあ、私は?」
そう訊ねるアルマの目は、まるでこちらの逡巡を見透かしているようだった。だがアルマにジェニィを困らせる意図は微塵もない。あるのはただ純粋な疑問のみ。
「お前は……人間だろ。いいからさっさと車を解体するぞ」
強引に話を打ち切ると、アルマはいつも通り感情の見えない表情のまま、ジェニィの指示に従い黙々と作業に取り掛かり始めた。




