表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2.MI

 MI。世界が今のような状況へと変わってしまう前に生まれ、その大きな要因となった技術。MIとは『Mechanical Intelligence』の略称で、『機械知能』という意味を持つ。AI (人工知能)との違いは、AIは『人間の脳を模倣する』までに留まっているのに対し、MIは『機械が自ら考え行動する』、つまり『自我を持った機械』である点だった。

 つまり、人間が指示をした通りにしか決して動くことのないAIに対し、MIは人間の指示や行動の奥に含まれる意図を汲み取り、それに応じた最適な動作を行うことができる。ジェニィの義手に搭載されたMIは彼女が苛立ちを感じていることを察知し、それを緩和させる動きを自然と行っていたのだった。

「私たちが、コイツが生きるのに必要な分だけ回収する物資を増やせばいいんだろ? それくらい別に問題ねえよ」

 ジェニィの動きに合わせて揺れるマントの隙間から、腰に下げたホルスターに収まった銃が覗く。

 ジェニィの義手に埋め込まれたMIの本領はストレスの緩和などではなく、彼女の狙いを理解し照準を定める射撃サポート性能にある。その右手から放たれる銃弾の精度は正確無比を誇り、その辺のゴロツキ程度では束になっても敵わない。故に彼女はコロニーの仕事で最も危険な『回収(スカベンジ)』を任されている。

「やはり君に世話役を頼んで正解だった。アルマ、ジェニィはこのとおり口は悪いがとても思いやりが深く優しい子だ。彼女との交流は君にとってきっと素晴らしい経験となるはずだ」

「……あぁ?」

 今の話をどう聞いたらそう解釈できるんだ。この爺さん、ついに耄碌しちまったのか?

「わかりました、博士。ジェニィさん、これからよろしくお願いします」

 丸椅子から立ち上がったアルマがジェニィに右手を差し出す。コイツはコイツで何事もなかったような顔で普通に握手を求めてくるとは、見た目によらず神経が図太いのか、それともただの馬鹿なのか。

「ジェニィ。君の心配は尤もだが、その必要はまったくない。アルマも君たちと同じくMI化されていて、普通の人間よりもずっと強いのだから」

 ジェニィがアルマの頭からつま先へ舐めるように視線を下ろしていく。だが、ワンピースから出た細い手足のどこにも、機械の類は見当たらない。

「アルマがMI化したのは、ここだ」

 博士が自分のこめかみのあたりを指差す。

「頭に埋め込んだMIが脳の代わりとなって、アルマは生命活動を行っている。一通りの運動学習はすでに済ませているから、自分の身を守る程度は造作もない」

 博士がアルマに秘められた事実を告げると、ジェニィの表情が一瞬にして変わる。博士に向けたジェニィの視線には、困惑とともにある種の恐れが含まれていた。

「冗談だろ、博士……コロニーの皆がそれを知ったら……!」

「ああ、だからこのことは僕たちだけの秘密だ」

 博士が口元に指を当てて悪戯っぽく笑うと、アルマもその真似をして自分の指をスカーフの覆われた口の上に乗せた。

「アルマのMIは今この瞬間も凄まじいスピードで学習を続けている。この子の情緒や倫理観がどのように成長していくかは、君たち次第だ」

 勘弁してくれ……。突如として告げられた事実に理解が追いつかないジェニィは、それ以上考えることを放棄してただ天井を仰ぐことしかできなかった。


「普段どおりに過ごしていればいいって、本当かよ……」

「ああ。あるがままの人間の姿をこの子には学んで欲しいんだ」

 どういう経緯でこのコロニーへやってきたのかは定かでないが、その時点でのアルマのMIはほとんど赤子同然で、今は博士から人間社会で生きるうえで最低限必要な常識と言語のみを教わった状態らしい。どおりで物事を何も知らないわけだと納得する。そして、アルマはこれから私や他の住人たちを通じて『人間』を知っていく。

「どうなっても知らねえぞ……」

 生身のほうの左手でジェニィが乱暴に自分の頭を掻くのを、アルマがじっと見つめている。今も何かを学習しているのだろうか。例えば、無茶な頼みをうまく引き受けさせる方法とか。

 アルマの秘密を知ってしまった以上、自分の目が届く場所に置いておいた方が、少なくとも他の住人に任せておくよりは良い。

「仕方ねぇ……分かったよ。よろしくな、アルマ」

 先ほどから差し出されたままになっていたアルマの右手に、ジェニィが金属製の義手を重ねる。割れ物を扱うように小さな手をそっと握ると、アルマも同じように握り返してきた。

「よろしくお願いします。ジェニィさん」

「あー……まずはその気持ち悪い言葉遣いをやめろ。私たちはもう仲間だ。他人じゃない」

 ジェニィがそう言うと、アルマは少しの間考えてから改めてもう一度言い直した。

「わかった。よろしく、ジェニィ」

「ああ、それでいい」

 ジェニィが薄く笑みを浮かべるのを見てアルマも真似をしようとするが、ただ目を細めただけにしかならなかった。スカーフで隠れているため口元は見えないが、その笑みは相当ぎこちないものになっているに違いない。どうやらMIにとっては言葉遣いよりも表情を変えることの方がずっと難しいらしい。

「さて、それじゃあ私たちはこれから仕事に行くけど、アルマも一緒に来るか?」

「うん。でもその前に、ジェニィの義手、照準精度が落ちてるから少し調整した方が良い」

 アルマの言葉に思わずジェニィが目を見開く。確かに最近どうも義手の調子が悪いような気がして、博士に整備を頼もうかと思い始めていたところだった。

「触っただけでそんなことまで分かるのかよ」

「うん。MIのことなら……」

「マジかよ、スゲーな、アルマ!」

 わしゃわしゃと頭を撫でてやると、アルマはされるがままじっとしていた。この行動の意味はよくわかっていないのだろうが、少なくとも嫌というわけではなさそうだ。

「ここに座って。右腕を机の上に置いてほしい」

「お前、整備もできるのか?」

「うん」

「へえ。こりゃ博士がお払い箱になる日も遠くねえな」

「ははは。確かに、アルマが私の仕事を代わってくれれば、少しはのんびりできそうだ」

「別に今も大して働いてねえだろ」

「おはらい、ばこ……?」

 知らない単語の登場に疑問の表情を浮かべているアルマにその意味を説明しているところへ、研究室のドアが開き誰かが室内に入ってくる音が聞こえた。

「博士〜、拙者が来たでゴザルよ〜」

「遅えぞキスケ!」

 随分と遅刻してきたにも関わらずからんころんと下駄を鳴らしながらのんびりとした足取りでやってきた男に、ジェニィが怒号を飛ばす。

「テメエもアルマにMI整備してもらえ。そしたらとっとと仕事に行くぞ!」

「い、いったいなんの話でゴザルか……」

「ござる……?」

 またひとつアルマの辞書に特に使い道のない無駄な語彙が増えたうえ、キスケが嬉々としてその由来や使い方の説明を始めたせいで、ただでさえ普段より遅れていた出発はさらに押してしまうこととなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ