12.別の世界
『無事に第一の目的は達成できました。さあ、先に進みましょう、アルマ』
「待って」
アルマが先を行くミコを呼び止める。ミコが振り返り、目に光るランプをアルマのほうに向ける。
『どうかしましたか?』
「私たちが塔に入ることができたのはウォルターのおかげ。もしウォルターがいなかったら、どうするつもりだった?」
『私が博士から命じられたのは「アルマを塔へ連れていくこと」で、その手段までは問われていません。ウォルターとの会話を通じて彼が塔の住人であることは把握していたので、彼に協力を得るのが最も安全、確実に中へ入る方法だと判断しました。もし彼と出会っていなければ、また別の方法を模索していたでしょう』
「どうして、そのことについて何も私に伝えなかった?」
アルマはウォルターが塔の住民であることも、入口が機械の門番に守られていることも、そもそもこの塔がいったい何なのか、誰が何のために建てたのかすら知らない。そのことがひどくアルマに不安と嫌悪を感じさせていた。
「隠し事をしていたのは謝ります。ですが、可能な限り塔についての詳細を事前にアルマに報せないことは、アーロン博士たっての希望です。ウォルターにもその旨は伝え、塔に関する話は伏せてもらいました」
確かに「塔では自分のいる位置がそのまま階級を表す」という話以降、ウォルターの口から塔に関する話題はほとんど出てこなかった。MIは命じられた指示の意図を汲み取り、それに応じて自ら最適な行動を取るようプログラミングされている。そう言われてしまったら、もはやアルマに言い返せることは何ひとつない。
「……塔に行くのが『第一の目的』であるなら、第二、第三もあるということ?」
何故博士は私に塔のことを秘密にするのか、という疑問を無理やり喉の奥に押し込め、次の行動へと思考を切り替える。
『ええ……まあ、そういうことになりますね』
その問いかけに対するミコの答えに、なぜか最初のときのような歯切れの良さは感じられなかった。
「次は、ウォルターが言っていたように、塔の上を目指せばいい?」
『それも選択肢のひとつです』
人間というのは常に考えが曖昧で、決断することが苦手な生き物。だから置かれている状況、客観的な事実から最善の決断を下す手助けをすることもMIの重要な役目のひとつ。しかし今のミコは、まるで人間のようだった。
「……どういうこと?」
返事の代わりに、ミコがアルマに前へ進むことを促す。そうすれば意味がわかるとでも言うように。
導かれるまま、エレベーターから出た正面の通路をまっすぐ進んでいく。突き当たりに立ったところで、目の前の壁が音もなく左右に開き、その向こうから漏れ出した眩い光が、アルマの全身を包み込んだ。
『この先は塔の下層。さらに上層を目指すのか、下層に留まるのか、それとも塔を去るのか、アルマ自身が決める。それが次の目的です』
暗闇から急に明るい場所に出たため目が慣れるのに時間がかかり、少しずつはっきりしてきたアルマの視界にまず飛び込んできたのは、塔に入る前に見たものとまったく同じ晴れ渡る空と、地上へ照りつける太陽の光だった。
一瞬、塔を突っ切って入口の反対側に出たのかと勘違いしそうになる。だがそうではないことはすぐに分かった。空から少し視線を落としたアルマの眼下に、アルマが暮らしていたコロニーとはまるで比較にもならない、そのすべてを数え切ることなど到底不可能なほど無数に立ち並ぶ建物と、そのあいだを人々や車が忙しなく行き交う光景がどこまでも広がっていたからだ。
アルマにとって世界とは、果てしなく続く荒野の中で、僅かな人々が跋扈する機械獣に怯えながら懸命に生きているあの場所のことだった。しかし、遥か彼方に見えていた塔の中には、アルマの知らない別の世界が存在していた。
その事実に圧倒され立ち尽くすばかりのアルマに、ミコが語りかける。
『おそらく下層地帯を統括している管理局があると思うので、まずはそこに向かいましょう。私たちがこれからしばらく滞在することになる住居や持ち込んだ荷物についても、ウォルターが手配してくれているはずです』
ミコはきっと、アルマが知らないこの世界の色々なことを知っている。だがいくら訊ねたところで、必要なこと以外は何も教えてくれないのだろう。なぜならそれがミコに託された博士の願いだから。
「……分かった。行こう」
アルマは高鳴る胸の鼓動を抑えるためにひとつ息を吐き、震えそうになる足で第一歩目を踏み出した。
自分がここで何をすべきなのか、どう生きるのか、その答えを見つけ出すために。




