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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第一章 荒野
10/15

10.騙し討ち

「君はまだ子供なのに、ずいぶん車の運転に慣れているんだね」

 助手席に座るウォルターが、いたく感心した様子でアルマを見る。助手席にはこれまでミコが発電機とともに鎮座していたのだが、後部座席は荷物が多すぎて人が座れるスペースが確保できないため、ウォルターに譲ってもらうこととなった。

「この荒野で律儀に法律を守っていたら、いざというとき自分の生命さえ守れない」

「はっはっはっ! 確かにその通りだ。アルマ、君は驚くほど頭の良い子だな。ねぇ、ミコ」

 アルマの言葉に手を叩いて笑い声を上げるウォルター。まだ出会って数時間も経っていないが、どうやら彼はとても人懐っこく陽気な性格の持ち主らしいことはすぐにわかった。

 アルマが暮らしていたコロニーの住民たちの中にも陽気な人物は多かったが、ウォルターのそれは彼らとは性質が大きく異なっていた。荒野で暮らす人々は、あのキスケでさえ、過酷な環境の中に何とか希望を見出し、辛い出来事も笑い飛ばそうとあえてそのように振る舞っているところがあったが、ウォルターにそのような雰囲気は少しも感じられなかった。おそらく彼はこの荒野に来て日が浅いか、そうでなかったとしても相応に地位が高く、あまり苦労を知らずに過ごしてきた人間だ。 

『ええ、そうですね』

 気安く話しかけるウォルターに対し、ミコの態度はどこか素っ気なく、彼に心を許していないように見える。MI関連の技術者であるというウォルターは、その気になればアルマとミコのMIのプログラムを書き換え、意のままに操作することも可能だ。アルマの脳にMIが埋め込まれていることは傍目には分からないし、いざとなれば武力で制圧するのは容易なため、さほど心配はしていないが。

「ところで、アルマたちはどうして塔に行くんだい?」

 ウォルターの質問を受け、アルマは考える。アルマが塔へ向かっている理由といえば、ミコを介して博士にそう指示されたからだ。だがそれを素直に伝えて良いものか、アルマには判断できない。しかしウォルターはアルマが答えるより先に、自らの手で結論付けた。

「いや、意味のない質問だった。上を目指す以外の理由なんてないよな」

「上?」

 理解が及ばす、思わずアルマが聞き返す。

「君の年齢で今までずっと荒野で暮らしていたなら知らなくても無理はない。あの塔の中では、自分がいる場所がそのまま、地位の高さを示している」

 だからあの塔にいる人間は皆、周りより少しでも高い地位に立とうとひたすら上を目指しているんだ、とウォルターは自嘲するように言葉を続けた。

 博士の指示は『塔へ向かえ』ただそれだけで、その先のことは何も伝えられていない。そういえば、なぜ自分は塔へ向かっているのか、その理由がアルマはまったくわからないことに今更になって気付いた。


 その後、しばらく走行を続けていたアルマたちの車の前に、突然一人の男が必死の形相で飛び出してきた。

「おい、止まれ!」

「な、なんだ!?」

 ウォルターが驚いて声を上げる。アルマは少し前から気付いていたが、そのまま撥ね飛ばすわけにもいかずブレーキを踏み停車すると、車に近づいてきた男は身振り手振りで何かを伝えようとしているようだった。これが物盗りならこの時点ですでに攻撃されているはずなので、アルマは運転席の窓を開け話を聞いてみることにした。

「この先で機械獣(マシンビースト)が何匹もうろついている。迂回したほうがいい」

 そう言いながら、男の視線が車内を舐めるように観察しているのをアルマは見逃さなかった。

 「安全な道を俺たちが案内してやる、だから」

 背後から助手席の方へこっそり回り込んでいた二人目と同時に、男がアルマに銃口を向ける。

「とっとと車から降りな」

 命令に従い、アルマとウォルターが両手を上げて車を降りる。二人を並べて座らせ、強盗犯の一人がアルマたちに銃を突きつけて見張っている間に、もう一人が車内を漁り始めた。

「へえ、色々溜め込んでるじゃねえか。大収穫だぜ」

 歓喜の声を上げる強盗犯。しかし返事は聞こえない。

「おお、甘い菓子に、酒もあるぞ……おい、聞いてんのか?」

 仲間が何も言わないのを不審に思い背後を振り返った瞬間、強盗犯の目の前にあったのはアルマの顔、そして喉元に突きつけられたブレードの刃だった。

「死にたくなければ、銃を落として両手を上げろ」

 抑揚のない冷徹な声でアルマが告げる。アルマの肩越しに、見張りをしていたはずの仲間が地面に倒れ、ウォルターに上から押さえつけられているのが見えた。

「わ、悪かった……命だけは助けてくれ」

 観念し両手を上げ命乞いを始める強盗犯の背後に素早く回り込み、その背中にブレードを突き付けるアルマ。

「そのまままっすぐ歩き続けて、合図をしたら走って」

 強盗犯は言われた通り、背中にブレードの硬さを感じながらゆっくり歩を進めていく。

「なあ、頼むよ。銃を返してくれねえか? あれがなきゃすぐ他の誰かに殺されちまう」

「自業自得。私の知ったことじゃない」

「……クソガキが、調子に乗るなよ!」

 叫びながら振り向きざまにアルマへ殴りかかる強盗犯。しかし、拳が届く前に腹部に強い衝撃を受け、そのまま前方へと倒れていった。

「安心しろ、峰打ち……でござる」

 呟きながら、アルマは振り抜いたキスケのブレードを腰の鞘に収めた。

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