1.アルマ
博士がコロニーに新たな仲間を連れてきた。年齢は十二、三歳ほどだろうか。縁の欠けた使い古しでなく真新しい陶器のような白い肌はきめ細かく、風に揺れる長い金色の髪は絹のように滑らかで、大きく見開かれた瞳は晴れた空を映す鏡のように鮮やかな青色を湛えていた。
お世辞でも何でもなく「お人形みたい」という形容が適当に思えるその少女は、博士に促されると「私の名前は『アルマ』です。よろしくお願いします」と、何の感情も見えない無機質な表情を一切崩すことなく、抑揚のない声で皆に向かって挨拶した。
集まっていた住人たちから拍手が起こる。反応は概ね良好だ。全員合わせて二十余名、ここくらいの小規模なコロニーでは問題行動を起こす人間がひとりいるだけで運営に大きな支障をきたすため、どうしても排他的になりがちなのだが、コロニーのリーダーである博士が連れてきたということで皆安心しているのだろう。もちろん、とても悪さなんてしそうにない可憐な容姿も相まってのことだが。
子や孫を見るような優しい視線が少女に集まる中、ただひとりジェニィだけは冷めた目でその様子を眺めていた。
あんな生白いガキ、いったい何の役に立つんだ?
暖かい歓迎ムードに水を差さない程度の分別はジェニィも持ち合わせているため口に出すことはなく、小さな舌打ちだけで我慢した。別に自分より若くて可愛らしい女に嫉妬しているなんて馬鹿げたことを思っているわけじゃない。この過酷な世界において何より重要なことは、自分たちが生きるうえでそいつが役に立つか否かだ。
「ジェニィ、キスケ」
不意に名前を呼ばれ顔を上げると、すっかり薄くなった白髪頭に、それと同じ白い髭を蓄えた博士がこちらに向かって微笑みかけているのが見えた。
「二人に頼みたいことがある。あとで私の研究室に来てくれ」
そう言うと博士はアルマを連れて建物のほうへ向かって歩き出し、それを合図にコロニーの住人たちも各々の仕事へと戻っていった。
「来たぜ、博士」
研究室のドアを開けた瞬間、埃っぽい淀んだ空気が全身にまとわりついてくる。ここに入るのは久しぶりだが、博士の仕事場である研究室は相変わらずよくわからない雑多な機械類と本の山で埋め尽くされていた。
「ちったぁ掃除しろよ……」
自分が呼んだくせになぜか博士の姿はどこにも見当たらず、代わりに部屋の中央で、アルマが大人しく木の丸椅子に座っていた。こんな空気の悪い場所に子供を放っておくんじゃねえよ、全く。
「おい、喉を痛める前にマスクを付けた方が良い。ほら」
ジェニィがポケットからスカーフを取り出し、アルマに手渡す。あまり清潔なものとは言えないが、何もしないよりはいくらかマシだろう。しかしアルマはスカーフを手にしたまま、挨拶のときと同じ感情の読めない表情でじっとジェニィの顔を見つめている。
「マスク……?」
……もしかして、どう使えばいいのか分からないのか?
「チッ、仕方ねぇな……」
ジェニィはひったくるように再びスカーフを手に取ると、三角に折りたたんでからアルマの小さな鼻と口を覆うように顔に巻いて、きつく締め付け過ぎないよう気を付けながら後頭部のところで結び目を作った。
「ほら、できたぞ」
そう言うとアルマもようやく合点がいったようで、口元に手を当てて呼吸のしやすさを確認した後、ジェニィに感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます」
「おや、もうすっかり仲の良い姉妹のようじゃないか」
気の抜けた声とともに、ガラクタにしか見えない機械の山の中から埃を被った博士が姿を現す。
「……病気になられる方が迷惑なんだよ。それより、いったい何の用で私を呼び出したんだ?」
よっこらせ、と積まれた本の間をすり抜け、アルマの隣に立った博士が彼女の肩に手を添える。
「キスケはまだのようだが、先に話を始めてしまおうか。実は、君たち二人にこの子……アルマの世話をお願いしたいんだ」
「嫌だよ、面倒くせえ」
何となく頼みの内容はアルマに関することだと予想していたジェニィが即座に拒否反応を示す。
「ガキの子守りなら、マーサおばさんにでも頼めばいいじゃねえか」
古株の住人であるマーサおばさんは、身体も声もやたらとデカい黒人女性だ。このコロニーへやってくる以前に三人の息子を育て上げた母親で、ジェニィとキスケも随分と世話になった。おそらく五十歳はゆうに超えている今もそのパワフルさはまったく衰えることなく、彼女なら喜んでアルマの面倒を見てくれることだろう。
「アルマには年齢の近い君たちと行動を共にして、色々なことを学び、経験して欲しいんだ」
確かにこのコロニーでアルマと最も年齢が近いのはジェニィとキスケの二人だ。だが、彼女たちの仕事は。
「……博士、まさかコイツを『回収』に連れていけってのか?」
このコロニーの住人は皆それぞれ適正に応じた役割、仕事を割り当てられている。日々の仕事をこなしコロニーの運営に貢献することは住人の義務であり責任だ。ジェニィとキスケの仕事は『回収』。コロニーの外を探索して食料やガソリン、その他有用な物資を集めて持ち帰ってくる、つまり他の誰よりも危険な目に遭う可能性が高い役回りだった。
「ああ、そうだ」
「ナメてんのか?」
ジェニィが近くにあった鉄製のテーブルに右手を叩きつけると、金属と金属がぶつかる鈍い音が部屋中に響き渡った。
「いいや、大真面目だ」
博士の表情に動揺は一切見られず、落ち着き払った様子で微笑んでいる。それだけならまだしも、アルマさえ少しも怯える素振りがないのがひどくジェニィの気に障った。
「こんな、どこも『MI』化されてねえ奴がいても足手纏いになるだけだ」
ジェニィがマントの内側からわざと見せつけるように右腕を露出させると、彼女の肘から下には人間の腕の代わりに金属製の義手が装着されていて、それはまるで彼女の苛立ちを宥めようとするかのように、指でテーブルをコツコツと叩く等間隔のリズムを刻んでいた。




