三話:町へ
洞窟の入り口で一晩を明かし、リスタはロマを首に巻き付けてその場を後にする。ロマは朝に弱いのか、寝ぼけているようで、首のほうに巻き付けてもたまにずり落ちそうになることがあった。
「おっとと……朝に出たのは失敗だったでしょうか」
もし次にこの森で夜を明かすことがあるなら、朝早くからの行動は控えることにしようとリスタは考えながら、森の中を歩いていく。歩いた時間を考えると、かなり深い森でなければそろそろ町や、そこにつながる道が見えてくるはずだ。
「あっ!」
そんなことを考えていると、ちょうど人の手が加わっている道が姿を現した。きれいに舗装されているので、使われていないということはないだろう。
ただ、道を見つけたのはいいがまだ問題がある。それは服の問題と、もしこの先の町がもともとリスタが住んでいた国の国土ならば再び捕まる可能性がある。
(どうしましょう……服はもうこの際仕方ないですが、私がもともと住んでいた国についてしまえば……)
そうしてリスタはあたりを見渡す。特に誰の姿を探すというわけでもなかったが見つかるならば商人がいい。そう彼女が思った矢先、地平線の向こうに誰かがやってくるのが見えた。リスタはその人物が通り過ぎるまで草むらに身を隠し、待つ。
ガラガラと馬車の車輪の音。その車の上には様々な荷物が乗っているようだが、雨風をしのぐためのカバーがかけられていた。
(この感じはおそらく商人ですね……一か八か、声をかけてみましょうか)
覚悟を決め、リスタは商人が通り過ぎる前に草むらから姿を現す。
「うわっ!?」
商人らしき人物は、突然草むらから現れたリスタの姿を見て驚き、危うく馬車から落ちかける。
「あっ、ご、ごめんなさい。驚かすつもりはなくて……」
「あ、あぁ、いえいえ。大丈夫です……それより、なぜこんな場所に?しかもそのような恰好、で……」
最初は気が付いていなかったが、商人の視線はだんだんとリスタの首元にいるロマへと注がれていった。
「そ、その白蛇は?!」
「え?な、何か知ってますか?」
「はい、最近冒険者たちの間で噂になってるんです。幸福を運んでくる白い蛇を見た。と……それからその冒険者は成功してS級の冒険者にまでなった。と……まさか本当にいたとは。もう少し近くで見てもよろしいでしょうか?できれば少し触ることも……」
「え、ま、まぁ、大丈夫ですが……」
と、リスタがそこまで言ったとき、少し悪い考えが脳裏に浮かんだ。
「ですが、二つほど条件が……」
「なんでしょう?」
「まず一つ目の条件は、黒いローブを譲ってほしくて、二つ目の条件は、近くの町に無償で送ってくれませんか?」
「もちろん!あの噂の白蛇を見ることができるならばそれくらいはどうってことないですよ!」
そう言って商人は馬車から降り、リスタの首に巻き付いているロマに少しだけ手を伸ばす。しかし、その行為をロマは気に入らなかったのか、口を大きく開けシャーと威嚇をする。その際に牙から液体が飛んだ。明らかにロマは商人に敵意を示している。
(ロマ、毒蛇だったんですね)
リスタはそんなことを思いながら、商人に言う。
「ど、毒蛇ですから、威嚇されている間は触らない方がいいかと……見るだけなら大丈夫だと思いますので……」
「うっ、そ、そうですか……」
そう言われて商人はロマを見るだけにとどめる。しかし、それだけでも割と満足したようで、しばらく見た後にはニコニコでリスタのことを馬車の荷台に乗せてくれた。
そうしてリスタは荷台に乗り、外の景色を眺めていると、商人がリスタに話しかけてくる。
「そういえばどうして森から出てきたんですか?しかも裸足ですし、服も森の中に入るような装備ではないですし……」
「あ~、えっと……それが、わからないんです」
「わからない?」
「はい。私、いつの間にか森の中にいて……色々知識はあるんですけど、過去に体験したことは覚えてなくて……自分の名前も、姿もわかりません」
「そ、そうだったんですか。あっ、姿がわからないと言うのなら、僕のちょうど後ろの方に手鏡があるので、それで見てみてはどうでしょうか?」
「いいんですか?」
「はい」
促されるまま、リスタは手鏡で自らの顔を見る。
「……」
思っていたよりきれいな肌と整った顔。手入れをしていないためボサボサではあるが、陽光を反射し輝く真っ白い髪。そして黒曜石のような深い黒色の瞳。客観的に見れば美人の部類に入るような見た目だろう。
「何か思い出せますか?」
「いや……特には思い出せないですけど……なんか…美人ですね」
「……ん?」
「あ、いや、ナルシストなわけじゃなくて……記憶がないので、なんだか自分なのに他人みたいで……」
「あ、あぁ、そう言うことですか。まぁ確かに、最初見た時はお貴族様かと思いましたよ……というか、もしかしたらお貴族なのかもしれませんね」
「行方不明になった貴族の情報などは持っていたりしませんか?」
「ん~……最近特にそういった話は聞いたことがありませんね」
それを聞き、リスタは考え込む。現状の手がかりでは少なくとも前の自分は貴族ではなかったらしい。
「じゃあ貴族じゃなくても、行方不明になった人とかは……」
そう言うと商人はしばらく考え、答えた。
「行方不明になった人……最近この先の町で幼い子供が失踪するっていう噂がありますが……」
「そう、ですか……」
商人の話を聞いたリスタは考える。全く自分に関すると思える情報はない。つまりここはもともと住んでいた国の国土ではないのだろうか。そんなことを思いながらリスタは商人に質問を重ねる。
「そういえばこの国の名前を聞いてませんでした。この国はなんていう国なのでしょうか?」
「シルディア帝国です。記憶にありますか?」
シルディア帝国。その国の名はリスタの知識の中にもある。この帝国の西側では宝石がいくつも採掘され、そのどれもが美しい。そんな特徴があることから、”宝石の国”という異名を持つくらいだ。
「一応知っています。ただ、来たことがあるかどうかはやっぱりわかりませんね」
「そうですか。まぁ、僕としては結構いい国だと思いますよ。ほかの国よりも治安はいい方ですし。まぁ、この先の町で失踪事件が起こっていますけど……それでもほかの国よりも犯罪の数は少ないと思います。あ、そう言えば……」
商人はそこまで言って何かを思い出したようにリスタに尋ねた。
「まだ名前を言っていませんでしたね。僕はオリバー・ウィリスです。見ての通り商人をしています。あなたは?って、忘れてるんでしたよね、すみません」
「私は……まぁ、本当の名前はわからないんですけど、リスタ・ノートです。それでこっちの白蛇がロマ。名前がないと不便かと思いまして、昨日自分で名前を付けました」
「リスタさんですね……っと、町が見えてきましたよ」
そう言ってオリバーが指さす方向を見る。町が見えたその時、リスタの心は少しだけ高鳴った。
「そろそろお別れですね」
「そうですね。でも、また会うときがあればその時は僕の商品を買っていってくださいね」
「ええ、わかりました」
そうして町に着き、オリバーとリスタは別れを済ませた。
「さて、どうしましょうか……」
リスタはオリバーからもらったローブを深く羽織り、ロマのことを隠しながら街を歩く。冒険者たちの噂になっているロマが見つかれば、ロマと初めて出会ったときのように追いかけられることは想像に難くない。
「ただ、ずっとこうしているわけにはいきません。大前提として食べ物を買えるようにならないといけませんね……そのためにはひとまずお金を稼がないと」
そしてリスタはお金を稼ぐ方法を考えてみる。だが、正直記憶を失う前の自分が犯罪者であることが否めない以上、その地にとどまるような職業や、しっかりとした経歴が必要な職業は選択肢から除外される。そんな中で唯一と言っていいほど、除外されない職業がある。それが冒険者だった。
(ただ、冒険者になるためには冒険者がよく集まる冒険者ギルドに行く必要がある……ロマのことが心配ですね)
そんな風に考えながら、リスタはひとまず静かに考えをまとめられる人気の少ない路地裏へと向かった。




