二話:白蛇と白槍
少女は岩陰から飛び出し、水浴びをしている白蛇を抱えて人間の声が聞こえる方向とは逆方向に、足音を立てないように慎重に逃げる。少女に敵意がないことを白蛇はわかっているようで大人しくしている。そうして少女は逃げるのだが、約2メートルもある蛇が軽いわけもなく、少女はすぐにばててしまう。
「ぜぇ……はぁ……お、重い……」
かなり頑張って20メートルほど距離を離したが、限界を超えるということはかなり難しく……
「あ!お頭ぁ!!白蛇いましたぜ!あとなんか女も!!」
「や、やばっ!あっ!」
離す距離が足らず、白蛇を探していた人間に見つかり、少女は白蛇を連れて逃げようとする。しかし、少女は木の根に足を取られ躓いてしまい、そのスキに数人に囲まれてしまった。
「あぁ?お前も白蛇狙ってんのか?」
「……」
「おい、何とか言えよ。狙ってんなら協力できるんだからよ」
「ね、狙ってる……」
「おぉ、なら話は早ぇ。ほれ、こっちにカゴがあんだ。その白蛇を渡してくんねぇか」
白蛇を狙っている人間の中のリーダーらしき者がそう言った。その時、少女が白蛇を隠すように抱きしめたのが悪かった。
「まぁ、お前がする選択は自由だからな……俺らと協力する気はねぇんだろ?だったら……力づくで奪うまでだよなぁ!!!」
そうして白蛇を狙う者たちは少女が逃げられないように囲み、にじり寄る。
(こんな体力で逃げられませんよね……ど、どうしましょう!?)
絶体絶命。そんな状況だ。こんな状況、普通ならパニックになっている。そのはずだった。だが、少女の心は自分でもびっくりするくらい凪いでいた。そんな少女の頭には一つの言葉が浮かんでいる。少女は何の疑いも持たず、それを口にした。
「フェレンダリオスの白槍」
一瞬。目が眩むほどの光があたりを包み込んだ。かと思うと、その光は集まり、やがて槍の形を成した。豪華な装飾も何もないただの槍。それを少女は戸惑いながらも手に取る。
「あれ?なんだか……」
槍を手に取った瞬間。少女の体はまるで何回もその槍を使ったことがあるかのように、至極当然のように構え、そして、振るった。
「「「ぐあぁああ!!」」」
一振りで数人に攻撃をあてる。武器は槍だが、攻撃方法はまるで違う武器を使っているかのようだ。
「お前ら!何してんだ!!早くやれ!」
白蛇を狙う者のリーダーがそう言うが、少女の体はいとも簡単に槍を扱い、白蛇を狙う者たちに攻撃を当てる。しかし、攻撃が当たった場所は特に何か傷や打撲痕があるわけでもない。
「お頭ぁ!俺、胸突かれた!どうなってる!!?」
「お前!傷なんかねぇよ!!なんもなってねぇ!思い込みで倒れるな!!」
「け、けど!痛みはあるんだよぉ!」
傷がなくとも、それでも彼らは痛がっているのだ。それはなぜか。少女は知らない。それこそがフェレンダリオスの白槍の効果だということを。
* * *
世には”心器”と呼ばれる道具がある。それは生物の心に呼応し顕現する道具。しかしほとんどの者はその心器を持っていない。または呼び起こすことができない。ただ、少女は呼び起こした人間だったようだ。フェレンダリオスの白槍はそんな彼女の心器。当たれば物理的な攻撃痕はできない。しかし、痛みだけが残る。それも普通の傷の何倍もの痛みを。ただ、それだけではない。この心器の攻撃が当たった箇所は回復するのだ。これによって痛みと引き換えに回復したり、させたりすることもできる。
「お頭ぁ!あいつの攻撃いてぇよ!!普通に刺されるより全然いてぇ!!逃げようぜお頭ぁ!」
「くそがっ!!状況が悪くなってきやがった…お前ら!一旦退くぞ!!」
そうして白蛇を狙っていた者たちはそそくさと退散していった。少女はそれを見送り、その場にへたり込む。正直自分でも何が起こっているのかを理解できておらず、困惑の表情を浮かべていた。が、しばらく起こったことを頭の中で整理してやっと理解する。とにかく、今回使った槍は心器であったこと。そして、その槍に関する知識もあったため、そこから効果を知った。だが……
「あまり疲れてない?」
かなり激し目に動いたというのにほとんど疲れを感じない。おそらくだが、心器を顕現させている間だけ身体能力が強化。または、元の身体能力に戻るらしい。そんな考察を挟みながら、少女は白蛇を再び湧水の元へと持っていく。先ほどの戦闘の途中、まだ固まっていない血が体からにじんできたからだ。
「回復……痛そうなのであまりしたくはないのですが……」
少女はフェレンダリオスの白槍を持ちながらそんなことをつぶやいた。しかし、白蛇はまるでそんなことを気にしないというかのように槍の切っ先まで登り、自らの体にそれを突き刺した。ビクンと、一瞬、蛇の体がけいれんする。そして、その蛇が体を槍の切っ先から離したとき、すでにけがは完治していた。
「だ、大丈夫でしょうか?」
少女がそう言うと、まるで言葉がわかっているかのように白蛇は舌を一回チロリと見せた。そうして少女の首にマフラーのように巻き付く。どうやらついてくるらしい。
「つ、ついてくるのですか?今は大丈夫ですが、心器の顕現を解除すれば体力がなくなるので少し困ってしまうかもしれませんね……」
少女は苦笑しながらそんな独り言をつぶやく。ただ、これはもうしょうがないと割り切り、少女は首に蛇を巻き付けたまま森の中を歩きだした。
* * *
森での道中はかなり厳しく、獲物を狩るために擬態をしている魔獣や、危ない箇所がいくつかあった。しかし、それらはすべて白蛇が教えてくれたため、何とか回避していくことができたのだ。そんなことがいくつかあって、日も暮れてきたころ、少女はよさげな洞窟を見つけ、そこの出入り口付近で眠ることに決めた。奥にまだ続いているが、白蛇も特に何か反応することはなかったので危ない物はないだろう。
「そういえば白蛇さんのご飯は……ベリーならありますけど……食べますか?」
そう言って少女は白蛇に途中採集したベリーを見せる。すると、チロチロと舌を何回か見せた後、それを一口で食べた。ただ、約2メートルある蛇が少量のベリーで満足するとは思えない。
「白蛇さん、何か食べる物見つけてきてもいいですよ。危ないところには気を付けてくださいね?」
少女がそう言うと、白蛇は嬉しそうに洞窟の奥の方へと向かっていった。それを見送ったあと、少女はその場に眠るための簡易的な寝床を作る。
「正直、もっと柔らかい場所で寝たいんですけどね……」
現状の不満を漏らしながら少女は寝床を作っていく。もちろん白蛇も入れるくらいの大きさだ。そんなこんなで寝床が形になったころ、ところどころおなかが大きくなった白蛇が姿を現した。大きさ的にネズミでも丸呑みしたのだろう。
「あ、白蛇さん。ちょうどよかった。ここで寝てもいいですよ」
少女がそう言うと、白蛇は大きくなったお腹を引きずりながら寝床でとぐろを巻く。その様子を見て少女も寝床で横になった。
「……ずっと白蛇さんって呼んでますけど、名前つけたほうがいいんでしょうか?というか、私の名前も私自身がわかっていませんし……名前がないと不便ですよね……よし」
そんな独り言をこぼし、少女は少し考える。そして、一度発音する。
「リスタ・ノート……それから…ロマ」
その響きに納得したのか、少女は白蛇に向かってこう言った。
「私の名前はリスタ・ノート。それから、あなたの名前はロマ。これからよろしくお願いしますね?」
そう言って少女は白蛇に、手を差し伸べた。リスタが手を差し伸べた意味をわかっているのかいないのか。ロマはリスタの手のひらの上に自らの頭をのせる。
「ふふっ。『よろしく』、の意味で受け取っておきますね?」
そう言ってリスタはロマの頭をなでた。




