一話:私は誰?
「ん……う~ん」
一人の少女が真っ暗な空間で目を覚ます。そこではかろうじて少女の足元が見えるくらいだった。
「ここは、どこでしょうか?」
少女は見覚えのない場所に困惑し、あたりを探る。出口らしい出口はないが、どこかに続いている道はあった。それが出口につながると信じ、少女はその道を歩いていく。途中、別れ道があったが、少女の目にはまるで答えがわかるかのようにすいすいと進んでいく。
「ここは……?」
しばらく歩き、少女は広い空間に出た。一番最初に目を覚ました空間よりも広いと感じれるような空間。少女はその空間の壁際で腰を下ろす。目覚めたとき、そして歩き出したとき、まったく気にしていたなかったが裸足だったのだ。歩くにつれ足の裏が小さな石のせいで痛む。そして、普通に疲労を感じたということもあるだろう。
(この機にいろいろ整理してみましょう)
少女は休憩がてら自分がなぜあんな場所にいたのか整理してみることにした。
(……あれ?)
しかし、いくら考えてみてもなぜあんな場所にいたのか思い出せない。というか、それ以前のことを全く思い出せないのだ。知識はある。りんごという単語、見た目、味。そういうふうな知識はある。だが、自分が過去した体験。過去に出会った人物、その名前や姿。それらは全く思い出せない。
そして、自分の見た目、名前なども全く思い出せないのだ。
「な、なんで?」
思わず頭で思ったことが声となる。ここから出てもどこに帰ればいいのかわからない。しかし、そのことに関しては全く不安ではない。それどころかなぜか安堵すら感じる。
「ひとまずここから出ないと……」
そうして再び少女は歩き出す。一切の焦りはない。たとえなにも思い出せないとしても大丈夫だと彼女の脳は言う。なぜか。それは、彼女の心が叫び続けているからだ。
—自由だ!
と……
それが何を現しているのかを少女は知りません。いいや、知る人はいません。それは、叫んでいる心さえも。
* * *
そうしてしばらく少女が入り口を目指していると、あることに気が付く。それは……
「ぜぇ、ぜぇ……はぁ…つ、疲れた……」
それは、圧倒的に体力がないということである。歩いているときにはあまり気が付かなかったが、少し走るとすぐに息が切れ、どっと疲れがたまるのだ。正直こんな体でどうやって今までの道のりを進んできたのか不思議なくらいだ。
「み、水が欲しい……で、でもない……歩きでもいいから早く外に出ないと……ぜぇ……」
少女はそうして再び歩を進める。正直ここで休んでもよかったのだが、水が欲しいという欲求にはあらがえない。それに割と空腹も感じてきていたので余計にこの場所から早く出てしまいたかった。そんな気持ちをグルグルと巡らせながら、約10分ほどだろうか。足の裏を痛めながら進んでいると、ようやくその目には希望の光が射しこんだ。うれしさのあまり一気に外に出てしまいそのまぶしさから目を閉じてしまう。それでもうれしくて、まぶしさのあまり目が痛くなるのもお構いなしに目を開ける。そこには本物の陽光と、新鮮な外の空気があった。
すべての知っているはずのものが真新しく見えた。知識としては頭の中にあるはずなのに、これほどまでに鮮やかだっただろうか。もう少し色は鈍いと思っていた。もし本当に色がもう少し鈍くてもうれしかっただろう。いや、本当に少し鈍いのかもしれない。だが、あの真っ暗な場所から出ることができた”うれしさ”からか、世界は想像していたよりも鮮やかだった。
「よし!まずは水を探しましょう!それから食べ物も。あとは……まぁ、その時になったら考えましょ!」
そうして少女はウキウキであたりを探し始める。水や安全そうな食べ物。ここは森だが、それらは案外見つかるものだった。ただ、やはり心肺機能が異常なほど弱いのである。水や食料を見つけた時には、少女はもうその場所から一歩も歩きたくないほど息を切らしていた。こんな状態で獣にでも遭遇すれば大変だ。
「と、とりあえず水……」
そうして少女は見つけた湧き水でのどを潤す。湧水を見つけたのは正直奇跡としか言いようがない。それに、この近くには野生のベリー系の果物がいくつかあった。
「これは神に感謝しないといけませんね」
そう言いながら少女はちぎったベリーを口の中に運ぶ。野生の果物なので少し酸っぱいと思っていたが少女の口には合ったようで、パクパクとそれを食べすすめる。
しばらくして、おなかはあまり膨らまないが、何かを口にすると空腹は少し収まったようで、少女は湧水の近くにあった大岩に腰掛け、これからやることを頭の中で整理し始めた。
(まずは近くの町に行くべきでしょうか?いや、それにしてもこの服……)
少女は自分の服に目を向ける。その服は白一色であり、腕を通すところ以外はただの大きな粗末な布と言えるような代物だ。知識として少女はその服を着る者たちを知っている。それは大罪人の証。死刑宣告を受けた者が処刑される際に着させられる服。または、奴隷のような、人ではないモノに着させられる服だ。ただ、奴隷ならばどこかに奴隷としての刻印があるはずなので、そのようなものが見当たらない以上奴隷だったという線は低い。
このままいきなり町に行ったとして、その町が自分がもともと暮らしていた国の国土であったならば再び捕まり、殺されるのは時間の問題であり、運よく自分が暮らしていた国とは違う国にたどり着いたとしても、ひと悶着ある可能性がある。そう考えるとこのまま近くの町に行くのは得策ではないのだ。
(う~ん……)
そうして少女が色々と考えていると、なにやらがさがさと草むらが揺れる音がした。それを聞いてとっさに少女は岩陰に隠れる。
(考え事に集中して全然気が付きませんでした……野生動物でしょうか?)
そんなことを思いながら少女はこっそりと岩陰から草むらを揺らした正体を見る。それは、美しい白い鱗を持った蛇だった。割と大きめな蛇で、長さは約2メートル、太さは子供の腕くらいの太さだろうか。
しかし、そんな蛇の背中にはついさっきできたであろう傷跡が無数にあった。そこからは赤い血がこぼれ落ちており、傷跡を放置していればおそらく病気になり、最終的に死ぬだろう。そんな白蛇だが、自らの体を湧水で洗い始めた。
(わ、賢い……)
その白蛇が病気にならないように体を洗っているのか、血が煩わしくて体を洗っているのかはわからないが、少女の目には病気にならないように体を洗っているように見えたのだ。そんな白蛇に少女が目を奪われていると、複数人の人間の声と足音が聞こえてきた。
「おい、この辺りに逃げてただろ。探せ!」
「お頭~、白蛇ってどんくらい希少なんですか?」
「昨日言っただろ!もう忘れちまったのか!」
「えへ、スミマセン。俺、酔うと記憶なくなるタイプなんで」
「まったく……とりあえずお前ら探せ!」
おそらくこの声の主たちはあの白蛇を探しているらしい。傷だらけなのもその人たちから逃げてきたせいなのかもしれない。
(ど、どうしましょう!?)
そうして少女のとった行動は……




