六話:レピファはどこに
ジェーンからリスタとレピファに警告があってから3日が経った。タイミングが悪いのか、リスタはレピファと出会えず、この3日間、リスタはレピファとともに依頼をこなすことはなかった。レピファが今住んでいる場所をリスタは知らないので、直接家に行くこともできない。こんなことがあるなら家を聞いておけばよかったとリスタは少し後悔するが、レピファも人形ではない。リスタが依頼を受けたいときに都合よくレピファがいるわけがないのだ。
「ふぅ……今日はこれでいいでしょうか?」
そんなリスタは今日、一人で魔獣討伐の依頼を受けていた。リスタは心器を顕現していないときに力が出ないので、普通の武器を使おうにも満足に使えない。それに心器持ちは魔法を基本的に使えないので、魔法で攻撃ということもできない。よって、リスタの攻撃方法はほとんど心器に限定されてしまうのだが、リスタの心器はどちらも物理的な攻撃を与えることはできない。ならばどうするのか。答えはいくつかあるが、まず1つ目はシェリルオーラの黒鎌で生成する鎖で魔獣の首を絞める。ただこの方法は首がある魔獣にしか効果がない。魔獣の中には首のない魔獣もそこそこ存在しており、今回の依頼で討伐した魔獣もそれだった。そこで2つ目の答えだ。それは、ロマやメアに手伝ってもらう。心獣はジェーン曰く、簡単に言えば心器の持ち主の第3の腕ともいえるものらしい。そんな体の一部ともいえる心獣に手伝ってもらうのならば、もはや手伝ってもらうという言葉は間違っているともいえる。まぁ、つまり、今回の魔獣討伐はほとんどがロマやメアのお手柄というわけだ。
「今日はありがとうございます。今日稼いだお金でご褒美を上げないとですね?」
そんなことをリスタは2匹に話しかける。そんな2匹はそれを聞いて嬉しそうに鳴いた。
「それにしても……今回の魔獣、なんだか変でしたね」
リスタはそんなことをつぶやいた。今日討伐した魔獣はフロートシープという魔獣だ。毛がもこもこな羊のような見た目をしているが、その毛の中には体がない。羊から手足と体をとった、頭と毛だけの羊だ。そして、フロートシープはフロートという名前がついている通り、常にふわふわと浮かんでいる。それだけ聞けば特に脅威はないが、フロートシープが使う魔法は周囲の生物にも効果が付与される。そのせいで飛べない生き物がその魔法の餌食となり、死んでしまうということもある。だが、フロートシープは生き物しか浮かせないため、体を木に括り付けていれば落下して死ぬなどはありえない。そして、群れることもないため準備万端で挑めば駆け出しの冒険者でも簡単に討伐することができる。
それが世間の評価のはずだった。
(あの魔獣。普通、岩まで浮かせませんよね?)
そう。リスタが戦ったとき、フロートシープは近くの岩まで浮かせていたのだ。幻などではないとリスタは断言できる。ほかにも、群れている個体もいくつかいた。そこにリスタは妙な胸騒ぎを覚える。3日前のジェーンの提案について考えているときと同じだ。
そんな時、その胸騒ぎをロマとメアも感じ取るのか、不愉快そうに体をくねらせたり、リスタの体のどこかを弱い力でペチペチとたたいてくる。
「あぁ、ごめんなさい。メア、ロマ……も、もう帰りましょう。ここにいたら色々考えてしまいますから」
そう言ってリスタは冒険者ギルドへと依頼の報酬金を受け取るために帰ることにするのだった。
* * *
「……」
鉄さびのようなにおいがレピファの鼻をつく。ここに来てからどれくらい経ったのか、それがわかることはない。ここは陽の光が届かない場所。おそらく地下だ。
「おっはよ~!」
いつの間にかそこに立っていた少女が、レピファにそう話しかける。だが、レピファは口を固く閉ざしたままだ。
「ねぇねぇ、そろそろ折れてもいいんじゃない?私の言いなりになろ?」
「いや、です……」
「う~ん……やっぱりここに置いとくだけじゃ無理だよね~……ごはんもちゃんと上げてるからまだ抵抗する余地はありそうだし……やっぱり話すだけじゃ効果薄いよね……」
ブツブツと少女はつぶやきながら、レピファと少女の間にある檻を触る。レピファは今、両足を壁に鎖でつながれ、檻の中に入れられている。なぜこんなことになっているのか。レピファでもよくわかっていない。言えることは、今レピファの目の前にいる少女がレピファをこんな場所に入れた犯人だということだ。
「いったい何が目的なんですか?」
「ん?リスタちゃんが言ってるんじゃないの?」
「そんなの知りません……スノー・ブラッドという人の名前を、リスタさんから聞いたことなど……」
「あ、その名前普通に偽名だから」
「……じゃあ、あなたの名前は……」
「私?まぁ、名前なんて服の数だけあるけど、リスタちゃんに言った名前は、”フローラ”だったかな?」
「ふ、フローラ……」
「そう。その感じ、聞き覚えがある感じだよね?」
「……」
「よかった~……もし人違いならどうしようかと……」
「人違いなら開放してくれてましたか?」
「ん?そんなわけないでしょ?今、私危ないですよ~って言ってるようなものなのに、わざわざそれを伝えた相手を逃がすだなんて……馬鹿のすることでしょ?」
フローラはレピファのことを逃がすつもりはないらしい。レピファはそんなスノー…もといフローラを見て、ごくりと唾をのむ。魔王を復活させようとたくらむ組織。戴冠の檻。そんな一員のフローラがこれからレピファのことをどう扱うかなど想像もできない。それほどまでに未知な人物であり、その未知がレピファの恐怖を駆り立てる。
「はぁ~……早く服にしたいなぁ……けど生きてるのもまだ見たいしなぁ……」
フローラがそんなことをつぶやき、ガシャン!と檻に飛びつくようにレピファのほうへ顔を近づける。檻で隔たれているというのに、レピファをなめまわすようにみるその視線がすぐそこかのように感じ、レピファは縮こまってしまう。
「レピファちゃん?そろそろさ、私の言いなりになってよ」
「だから嫌ですって!」
「じゃあ殺してもいい?」
「えっ?」
「私がずっと貴女のことを生かしてるからまだ生かしてもらえると思ってるんだよね?だけど残念。生かしてるのは私の気まぐれだから、私がいらないって思ったらもう貴女は用済み」
「ひっ?!」
「だけどね?そんな貴女に生きるチャンスを上げるって言ってるの。どう?私の言いなりになる?」
まるでナイフを喉元に突き付けられているかのように、フローラの言葉は鋭く、冷たい。嫌な汗がレピファの額を、悪寒がレピファの背筋を伝う。
「今決めてよ……どう?生きたい?」
「……」
「私知ってるよ?命は大事だって。イカれた奴は自分が死んでもいいなんて思ってるけどさ、死にたくないやつがほとんどで、それが正常なんだよ。頭のブレーキがちゃんと動作してるって言ってもいい。レピファちゃん。貴女もそうでしょ?そうじゃないと、用済みって言ったときに、「ひっ?!」な~んてかわいい声出さないよね?」
「……」
「あはっ!その泣きそうな顔、か~わい!そんな顔して煽んないでよ。ぐちゃぐちゃに殺したくなっちゃうじゃん。でもね、今、私の言いなりになってくれたら我慢するよ?ほら、”なります”って4文字を言うだけで生きてられるんだから。さ、聞かせて?」
「……ぁ……」
「ん?なんて?」
「な、りま……す」
「し・た・い、になりたいのかな?」
「ちっ、ちがっ?!」
「あははっ!わかってるわかってる。からかっただけだから。まぁ、それはそうと…これからよろしくね?子猫ちゃん?」
そう言ったフローラの紅い瞳は暗闇の中でギラギラと光っていた。




