第八話
夕方の鐘が鳴り、校舎にいた生徒たちが一斉に動き出す。
「今日はここまでだな」
ノアはそう言って、軽く伸びをした。
二日目にしては情報量が多すぎる一日だった気がする。
「このあと、寮の案内があるんだよね」
「そうだったな」
並んで歩きながら、校舎を出る。
夕暮れに染まった学園は、昼間とは違う顔をしていた。
――改めて思う。
本当に、広い。
中央校舎から少し離れた場所に、いくつもの建物が並んでいる。
どれも同じ造りではない。
装飾の多い建物、質素な建物。
距離も、微妙に違う。
「……あれが、寮?」
ノアの視線の先にあるのは、比較的新しい石造りの建物だった。
「そう。あっちは一般生徒用。貴族用はもう少し奥」
さらっと言われたその言葉に、ノアは少しだけ口を閉ざす。
分かれている。
最初から、はっきりと。
「でもね、成績次第で移動もあるらしいよ」
ノアの沈黙に気づいたのか、ルナが付け加える。
「実力主義、ってやつかな」
「……なるほど」
実力。
その言葉が、胸の奥で引っかかった。
――自分は、どこに分類されるんだろう。
反応不能。
初級魔術の火球。
注目は集めたが、評価はまだ曖昧だ。
寮の前には、すでに何人か生徒が集まっていた。
その中に、見覚えのある顔がある。
レオニスだ。
彼は周囲と適度な距離を保ちつつ、静かに話を聞いている。
さすがに貴族生徒の視線が集まっているが、本人は意に介した様子もない。
(やっぱり、目立つな……)
背は高く、姿勢がいい。
柔らかい物腰だが、どこか近寄りがたい雰囲気もある。
ふと、レオニスの視線がこちらに向いた。
一瞬だけ、目が合う。
彼はわずかに口角を上げて、気づかれない程度に手を振った。
ノアは一瞬戸惑ってから、苦笑して小さく手を振り返す。
そのやり取りを、別の視線が見ていたことに、ノアは気づかない。
「ノアくん」
名前を呼ばれ、振り向く。
「部屋、たぶん別棟だと思う。男子寮と女子寮も分かれてるから」
「そっか」
当たり前のことなのに、少しだけ残念に思ってしまう自分がいる。
寮の管理を担当する教員が前に立ち、簡単な説明を始めた。
規則、門限、禁止事項。
淡々とした内容だが、生徒たちは真剣に聞いている。
その途中。
「……反応不能のくせに」
小さな声。
だが、確かに聞こえた。
視線を動かすと、カイロスがこちらを見ていた。
口元に浮かぶ、薄い笑み。
何も言わず、ノアは視線を外す。
今は、何も起こらない。
だが――このまま何もないとは、思えなかった。
説明が終わり、生徒たちはそれぞれ割り当てられた建物へ向かい始める。
「じゃあ、また明日」
ルナが微笑む。
「うん。……気をつけて」
その言葉に、彼女は少しだけ目を丸くしてから、くすっと笑った。
「ノアくんこそ」
別れ際、ルナは一瞬だけ振り返る。
「今日の魔術、やっぱりすごかったよ」
それだけ言って、女子寮の方へ駆けていった。
ノアはその背中を見送り、ゆっくりと息を吐く。
寮の建物を見上げる。
ここから始まる、学園生活。
まだ、何も分からない。
一つだけ、確かなことがあった
この学園は――
自分が思っていたよりも、ずっと広く、ずっと深い。
そしてきっと、静かな夜は、長くは続かない。




