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黄昏のアルタイル  作者: さっく
第一章 王立魔術学園編
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第五話

 扉が閉まる音が、思った以上に重く響いた。

 職員棟の最奥にあるエルド先生の部屋は、外から見た印象以上に狭かった。

 壁一面を埋める古い書棚。机の上には書類と水晶片が雑然と置かれ、窓から差し込む夕方の光が、それらを淡く照らしている。


 「そこに座るのじゃ」


 指示されるまま、木製の椅子に腰を下ろす。

 ぎし、と小さく軋む音がした。


 エルド先生は俺の正面に立ち、しばらく黙ってこちらを見ていた。

 測定晶でも、書類でもない。

 まるで――俺自身を確かめるような視線だった。


 「……緊張しとるかのう」


 「いえ。ただの再測定ですよね」


 そう答えたつもりだったが、声は少し硬かったかもしれない。


 「まぁ、そういうことにしておこうかの」


 エルド先生は机の引き出しを開け、中から小さな水晶盤を取り出した。

 教室で使ったものより簡素で、装飾もない。


 「これは簡易測定具じゃ。精度は落ちるが、その分、癖が出にくい」


 癖、という言葉が少し引っかかったが、何も言わずに頷く。


 「手を置くのじゃ。今度も、自然に魔力を流すだけでよい」


 言われた通り、水晶盤の上に手を置いた。


 ――何も考えない。

 そう意識した、その瞬間。


 ひやりとした感触が、掌から腕へと伝わる。

 測定具が微かに震え、淡い光を帯びた……ように見えた。

 だが、それは一瞬だった。

 光は形になる前に歪み、まるで逃げるように散っていく。

 色は定まらず、魔力量を示す光の強さも、形を成さない。


 「……ふむ」


 エルド先生は、特に驚いた様子もなく、水晶盤を静かに引き上げた。


 「やはり、か」


 その一言に、胸の奥がわずかにざわつく。


 「壊れて、ますか?」


 「いや。壊れてはおらん」


 即答だった。


 「測定具は正常じゃ。ただ……君の魔力が、測れる範囲におらんだけの話じゃな」


 測れる、範囲。

 その言葉の意味を考えようとしたが、うまく形にならない。


 「反応不能、というのはな」


 エルド先生はそう前置きしてから、低い声で続けた。


 「才能がないという意味ではない。むしろ逆じゃ。

 測定晶というのは“基準”を前提に作られておる。

 その枠から外れたものは……正しく映らん」


 部屋の中が、急に静かになった気がした。


 「じゃあ、俺は――」


 「焦るでない」


 言いかけた言葉を、やんわりと遮られる。


 「今はそれ以上、考えんでよい。

 少なくとも学園生活を送る上で、支障はない」


 本当にそうだろうか。

 胸の奥に、小さな違和感が残る。


 測定晶に触れた時、一瞬だけ感じた、あの妙な感覚。

 どこか懐かしくて、同時に思い出してはいけないものに触れたような――。


 「一つだけ、忠告しておこうかの」


 エルド先生はそう言って、俺をまっすぐ見た。


 「学園では、魔力を無闇に解放するでない。

 目立たぬことじゃ。君自身のためにもな」


 その言葉の裏に、別の意味が隠れている気がしたが――

 今の俺には、それを問い返す勇気はなかった。

 

 「……わかりました」


 そう答えたものの、どこか釈然としない感覚は残ったままだ。

 エルド先生は測定具を元の引き出しへ戻し、俺に背を向けた。

 書棚の前で立ち止まり、一冊の古い本に指をかける。


 「君の件は、記録上は“反応不能”として処理しておく」


 淡々とした口調。

 だが、それは配慮であると同時に、線引きでもあるように聞こえた。


 「教室で騒ぎになる必要はないし、他の教師にも深入りはさせん。

 ただし――」


 そこで一度、言葉を切る。


 「自分から目立つ真似だけは、絶対にするでない」


 念を押すような言い方だった。


 「……はい」


 それ以上、話はなかった。

 質問を許さない空気でもあった。


 「もう下がってよい。遅くならんうちに寮へ戻るのじゃ」


 それが、事実上の退室の合図だった。

 俺は立ち上がり、軽く頭を下げる。


 「失礼します」


 扉を開けると、夕暮れの空気が一気に流れ込んできた。

 職員棟の廊下は静まり返っていて、自分の足音だけがやけに大きく響く。


 ――反応不能。


 才能がないわけじゃない。

 そう言われたはずなのに、胸の奥は落ち着かない。


 測定晶に触れた瞬間の感覚。

 魔力を流した、というより――

 何かが、勝手に目を覚ましたような。


 「……気のせい、か」


 小さく呟いて、首を振る。

 考えても仕方がない。

 今の俺はただの学園生で、特別なことなんて何もない。

 そう、自分に言い聞かせるように、歩き出した。



 一方、扉が閉まった後。

 エルド・グラニスは、しばらくその場から動かなかった。

 書棚に手を置いたまま、深く息を吐く。


 「……測れん、のではない」


 誰もいない部屋で、ぽつりと漏れた独り言。


 「測定晶のほうが、耐えきれんのじゃ」


 彼はゆっくりと振り返り、机の上に置かれた古文書へ視線を落とした。

 そこに描かれているのは、複数の属性光が重なり合う、歪な魔術陣。


 ――2000年前の記録。


 「まさかな……」


 そう呟いた声には、否定と同時に、わずかな確信が混じっていた。

 エルドは文書を閉じ、再び引き出しを開ける。

 そこには、先ほど使った簡易測定具が静かに横たわっていた。

 表面には、肉眼ではほとんど見えないほどの、細かな亀裂。


 「……運命というのは、皮肉なものじゃのう」


 窓の外、夕焼けが学園を赤く染めていた。

 それが、嵐の前触れであるかのように。

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