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第一話
夢の中だった。
理由は分からないが、ここが現実ではないことだけは分かった。
境界に立っている、そんな感覚があった。
目の前に、誰かがいる。
近い。
手を伸ばせば届きそうなのに、なぜか距離が縮まらない。
顔も、声も、はっきりしない。ただ――
失ってはいけない、という感情だけが、異様なほど鮮明だった。
「……」
名前を呼ぼうとした。
けれど、その名前が思い出せない。
喉の奥が詰まる。
言葉になる前に、何かが欠け落ちていく感覚がした。
選ばなければならなかった。
そんな気がする。
何を選んだのか。
何を失ったのか。
それすら、もう分からない。
ただ一つ。
この場所に長くいてはいけない、と本能が告げていた。
世界が、戻ろうとしている。
次の瞬間、視界が反転した。
⸻
目を開けると、見慣れた天井があった。
自室だ。朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
「……また、か」
呟いた声は、やけに現実的だった。
意味の分からない夢。
内容は毎回違うはずなのに、残る感覚だけは同じだ。
何かを、取り返しのつかない形で失った気がする。
けれど、それが何なのかは――
どうしても思い出せなかった。




