【第2章】 所有証明という儀式
朝。
交番で一晩明かして、外に出た。
空気がまだ「所有の匂い」をしてやがる。
コーヒーですら“自分専用カップ”で飲むらしい。
未来じゃ、飲み物は“誰の体を通るか”だけが記録されて、
所有者なんていないんだけどな。
とりあえず、この時代の「所有」ってやつがどう機能してるのか調べようと思って、
役所ってとこに行ってみた。
受付の人に聞いた。
「この土地、誰のものですか?」
おばちゃんは笑顔で答えた。
「登記簿見ますか?」
「それ見たら所有者わかるの?」
「ええ、書類で証明できます」
書類で?
俺、頭の中でフリーズした。
この文明、紙と印鑑で現実を固定してるのか?
「つまり、この土地は誰かの“もの”っていう情報が書かれた紙を、国が守ってると?」
「そうです」
「で、国は誰のもの?」
「……は?」
おばちゃん、目が泳いだ。
あ、これ触れちゃいけない系の話題だったか。
次に「特許庁」ってとこに行った。
“アイデア”まで所有するって聞いたから、見てみたくなったんだ。
受付で尋ねた。
「発想にも所有権ってあるんですか?」
「はい、出願すれば登録できます」
「でも、その人が死んだら?」
「相続されます」
「……え、死んでも所有続くの?」
「そうです。所有権は財産ですから」
俺、吹き出した。
未来じゃ“死”も“所有”も同期して消える。
それが自然の流れだ。
けどこの時代は違う。
死後の“持ち物”を守るために、
生きてる間より複雑な法律ができてる。
……それ、ゾンビより執念深いな。
昼はカフェに寄った。
Wi-Fiのパスワードが「ask_staff」って書いてあった。
聞いたら、「この席を使うならワンドリンク制です」だと。
“椅子”にも所有ルール。
息を吸う場所まで契約書付き。
未来じゃ笑われるよ。
空間って本来、共有する波の一部だろ?
それを“席料”で切り売りしてんだから、
ここはもう“物理的クラウド”だな。
夕方。
NFTってやつが話題らしいと聞いて、ネットを覗いた。
「デジタルデータに唯一性を与える技術」って説明されてた。
俺は画面を見ながら笑った。
「唯一性? それ、未来じゃ“バグ”って呼ぶんだが」
未来では、すべての情報が複製されて流通する前提で設計されてる。
唯一であること自体が、効率の悪い設計なんだ。
でもこの時代は逆だ。
“唯一”であることを金に変えてる。
まるで原始人が火を見て「俺の火だ!」って叫んでるのと同じだ。
進化してんのか退化してんのか、わかんねぇ。
結論。
この時代の人間にとって、所有とは“記号”だ。
紙でもデータでも、みんな「俺のものだ」って書いてあるだけ。
現物より“証明”が大事。
それを信じることで社会が成立してる。
……つまり、これは信仰だ。
「所有」とは、見えない神を信じるための儀式。
登記は聖典、印鑑は祈祷、NFTはデジタル洗礼。
彼らは“モノ”を信じてるんじゃない。
モノが“俺のもの”であるという幻想を信じてるんだ。
夜。
カフェの外に出て、通りを歩く。
ネオンが光ってる。
“自分らしく生きよう”“あなたの資産を守ろう”。
この時代の人間、自己啓発と所有を混同してるな。
未来じゃ、存在すること自体が自己表現だ。
何かを“持たないと証明できない自我”なんて、
まだ幼児の段階だ。
でも、まあ……嫌いじゃない。
人間ってやつは、こういう矛盾を抱えて進化してきたんだろうな。
俺たちの時代が生まれるまでに。
次章
「怒れるAI裁判」――現代の著作権訴訟の場に俺が迷い込み、
人間とAIが“所有”を奪い合う滑稽な法廷劇に突入する。
テーマは、「所有=怒りの制度化」




