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生意気少年vsクールお姉さん ――俺と奈々さんの夏休み――  作者: 朝食付き


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8/12

8話 俺と木崎


 頭の中に詰め込んでおいた地図に従って歩けば、ほとんど迷うことなくその家へとたどり着けた。


 住宅街にある一軒家で、ガーデニングに手ごろなサイズの庭と洒落た金属格子の門扉がある。前に彼女が住んでいた家と似た様な雰囲気がある。誰もいなくなって雑草まみれになった家を見た後だから、人が住んでいる様子にまずは一安心する。


 木崎。表札にはそう書いてあって、3つの名前がその隣に並んでいる。一番下にかかれている文字を指でなぞる。──木崎茜。俺の手紙の届け先だ。

 

 しかしここまで来ておきながらなんだけど、胸がドキドキするし、なんて言えばいいかってことも全然まとまらなかった。俺はどうすればいい? いや、話すしかない。最悪でも、手紙だけは渡す。そのために来たんだから。


 奈々さんには強気で言い切ったけど、門扉にあるポストに投げ入れるのもありかなとか思ってしまっている。……駄目だ。これ以上迷っていると本当に投げ入れてしまいそうだ。どうせ同じ投げるなら、思い切りよくこの弱気を投げ捨てる! 清水の舞台から飛び降りるって、そういう気持ちでインターホンに指をかける。深呼吸をして、押した!


 ぴんぽーん。少し間の抜けた音が俺の存在を木崎家に告げる。誰が出てくるか。平日だからおじさんはいないと思う。そして本当に今更に、彼女が出かけている可能性に思い当たった。夏休みだぞ、帰省とかしていてもおかしくはない。わざわざ名古屋まで来て、空振りで帰る。そんなバカみたいな結果が頭をよぎる。インターホンからの応答はない。

 一人想像に俯く俺の耳に、ガチャと鍵を回すような音が届く。顔を上げる。扉が開く。


「はーい、どなたで──」


 俺にとってはもう5か月ぶりの、木崎茜がドアから顔をのぞかせていた。そしてそのまま目を見開いて固まっている。まあ仕方ない。いるはずのない人間が、それも住所も引っ越しも教えてない人間が突然現れたのだからびっくりする。俺だって逆の立場だったら多分そうなる。


「久しぶり、木崎」

「な、え? なんで? なんで陽真くん、ここにいるの?」


 嘘? そういう木崎に俺は乾いたような笑いをする。そういう反応になるよね。でも嘘ではなく、その証拠に暑さだけが理由ではない汗を袖で拭う。


「手紙を見つけたんだ。返事が欲しいって書いてるくせに、渡しに行ったら誰もいなくてびっくりした」

「……絶対、陽真君は見つけられないと思ってた。陽真君のことだから、一度も開かないでしまい込むだろうなって。そうしたら、そのまま知らないまま離れられるんだろうって」

「それさ。俺全然わかんないんだ。俺から連絡取らなかったし、今更ようやく気付いてこのザマなんだけどさ、やっぱり引っ越しは教えてほしかったよ」

「…………ごめんなさい」

「住所は小林から聞いた。今更知ったのって驚かれたし、何やってんのって怒られたけど」


 回りくどい。自分でもわけわかんないくらい周りくどい話をしている。たった5か月前なのに、妙に距離があるような気がしてしまう。簡単に言えたことが、どうにも喉につかえる。でも、何にしてもまずは確認をしないといけない。相手も状況も違うけど、俺だけの都合を押し付けないようにしないといけないんだって怒られたばかりだから。


「急に来てこっちこそごめん。えっと、俺が嫌だってことならこのまま帰るし、もう来ないから。ただ、手紙ありがとうって、それだけは言わせてほしい。それで、来たんだ」


 どうしても目線が下を向く。木崎の顔が見えない。門扉越しに見える飛び石だけが俺の目に映る。

 ──サンダルが視界に入る。白くてしなやかな脚。ぎぃと門が開く。


 顔を上げたと同時に木崎が飛び込んできた。


「嫌なわけ──ない!」


 俺は固まったまま動けない。胸に頭が当てられて、木崎の顔が見えない。ぎゅっと俺のシャツが握られて、しわになりそうなんてどうでもいいことを思う。だって、木崎は嫌じゃないと言ってくれた。それが嬉しくて、ホッとして、安心して、それでいてあっという間に俺との距離を0にした木崎に少し困っている。


「さよならって、そんなこと、言いたくなかったの……。そんなので、最後にしたくなかったの……。ずっと楽しかったのに、楽しかったから、普通にいなくなりたかったの! 陽真君がもし、もう会えないんだなってそう言ったら、全部本当になっちゃう気がしたから」


 木崎の手が、少し白くなっている。力を込めすぎているのだ。そんなことしか、俺には分からなかった。


「いつか、私のことも忘れそうになったくらいになってから、手紙を見つけたら、楽しかったなぁって思い出してもらえるかなって。きっと一度途切れたら、今まで見たいにはいかないから。だからせめて、そんないい思い出になれたらなって、そう思ったの。陽真君がそう思ってくれたら、それだけでいいんだって」


 ぎゅうっとシャツを握られていて、俺は動けない。木崎のキレイな丸い後頭部が見える。

 俺は酷い男だ。こんなに思ってもらっていたのに、中学が楽しくて、木崎もそうだろうって勝手に納得して平気な顔をしていた。道端で普通にばったり会って、そうしたら今までの話が出来るだろうって、そんな能天気な気でいたのだ。


 動く気はないけど、動けないくらい強い力で動けない。だから脳みそだけを動かす。よく考えて言葉を探す。


「……もし、そうなったとしても、俺は木崎のことを探したと思うよ。だってさ、手紙返してくれたらうれしいって、そう書かれてたら俺が手紙を書かないわけないじゃん」


 くぐもった声で、そうだねとつぶやく声。ちょっとだけ嘘をついた。手紙を書くって発想は俺にはなかった。でも嘘も方便。今は木崎に出来る限り気持ちを伝えるのが先だ。


「木崎は俺のことを色々勘違いしてる。もう会えないんだなって、そんな悲しくなるようなことを俺は言わない。俺たちが憧れる人たちはそんなことしない。俺は憧れに忠実だから、俺もそんなことしない。そうだろ?」

「うん……。うん……!」

「俺はこれから成長する。シュワちゃんみたいにでかく大きくなる。体も頭も鍛えて、きっとすぐに英語もペラペラのインテリマッチョになる。身長2mで体重90㎏。ムキムキで多分一目で俺とは分からないかもしれないくらい成長する。その時さ、俺は見た目と同じくらい中身も変わってると思う?」

「分かんないよ……」

「いや、木崎は分かるよ。俺はすごく成長する。中身ごと、形はそのままに大きくなるんだ。たった一度途切れた程度じゃ変わらないよ。俺は今までとおんなじだ。むしろ木崎が変わってて俺が見つけられないことを心配しなくちゃいけない。木崎はそのくらい変わっちゃうかな?」

 

 ようやく木崎の顔があげられる。全く、俺たちときたら、交互に俯くんだから世話がない。


「私は……、変わりたいかもしれない。こんな風に、陽真君に迷惑をかけるんじゃなくて、もっとまっすぐに見てもらえるように、そうなりたい」

「別に迷惑だとは思わないけど。でも、いいよな。俺たちはこれから途切れることはないから、木崎が変わっていっても俺は見失わないでいられる」


 にっこりと、ポスターの笑顔に負けないくらいのいい笑顔をみせる。

 

「俺は、木崎を不安にさせた。これは俺の全然駄目なところだった」

「私も、自分勝手でした。黙っていなくなったのは本当に駄目なことだった」

「じゃあ、お互い様だ。同じくらいやらかしてるんだから、それでチャラにしたらいいと思う。……チャラでいい?」

「うん。チャラに、そうしちゃお」


 ようやく、本当にようやくほっとした。ずっと水の中にいたような息苦しさから解放された。ただ深く息を吐く。


「ね、ちょっと大きくなってる?」

「ん? なってる。筋肉もつき始めてるし、身長もさ、もう少しで大台に乗る」

「すごっ!」


 ペタペタと肩やお腹、力こぶを触られる。いや、さすがにまだまだだけどね。


「木崎は……髪伸びた?」

「ブブーッ! 昨日髪切りに言ったばっかりですけど?」

「写真よりは伸びてるだろ」

「写真って卒業式の時の? ならそうかも」


 木崎は俺の手を引いて玄関へと歩き出す。そして、俺に振り返る。多分今日一番の笑顔で。


「もしかして、写真飾ってくれてたり、した?」


 それだけは言えないね!



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