7話 俺とはじめての新幹線
次の日だ。俺たち二人は駅のホームに立っている。俺は肩掛けのバッグ。一応エリのついたシャツとズボン。Tシャツ半ズボンは奈々さんからNGが出たから仕方ない。久しぶりにエリのある服を着てなんだか落ち着かない。
奈々さんもいつもとは違う服装である。動きやすい服装で髪を結んでいる彼女も、今日はお出かけと言うことでふわりとしたスカートだ。さすがに上は半袖だけど、なんだか暑そうだ。まじまじと見ていたら頭をポカリとはたかれる。
「ジロジロと黙って見ているんじゃないよ。それより、言うことがあるんじゃないの?」
「いつもと違って素敵ですね」
「……他意がないのは分かるけど、言い方に気を付けようか」
いや、いつものだって身軽そうでいいと思います。そう付け加えたけれど微妙な顔の奈々さんだ。これはどうも分が悪い。どっちにしても着ているのは奈々さんなんだから、両方いいと思うんだけど。
しかし何を言ってもよくない気がしたから話を変える。今日のスケジュールは予定通りに進行中だ。でも乗り換えに若干不安があるので、念のためにおさらいしておく。
まず、地元の駅から秋葉原まで。終点秋葉原だから乗り過ごすことはないけど、ここでJRに乗り換えることになる。東京の観光地だからはぐれないように気を付けなければならない。そして秋葉原から東京で新幹線に乗り換えである。ここで新幹線を俺が二人分買って、名古屋行きに乗り込むことになる。
新幹線は実は初めてだったりするから、無事にチケットを買えるかがちょっと心配だ。でも俺だっていい年だからな。そろそろこういう経験をしてもいいはず。困ったら奈々さんもついていてくれるわけだし、そういう意味では失敗しにくい状況だ。
駅のホームには結構人がいる。通勤通学時間よりは少し遅いけど、それでもスーツの人が結構いる。あまりうるさくしてもいけないから、作戦会議もほどほどにする。電車に乗り込めば、意外と人がいる。座れそうもなかったから、電車の連結部近くに並んで立っておく。俺の身長だと手すりがやや高い。だから壁に手を当てておく。奈々さんは俺をつつき、自分の肘を指さす。さすがに女性の腕に摑まらないとならないほどヤワじゃない。つーんとそっぽを向いたら、楽しそうに声を漏らしていた。
俺は普段電車に乗らないから知らなかったけれど、この路線は思ったよりも混む。何かイベントでもあるのかもしれない。夏休みだし。でも問題はぐいぐいと押されることになったってコト。俺たちは車両の奥の方にいるから、どんどん詰められる。押されて奈々さんが俺の後ろに移る。それで俺の両肩に手を置く。満員だから仕方ないけれど、距離の近さにちょっとドキッとする。肩に乗せられた手のひらがやけに気になる。電車の揺れに合わせて俺の背中に奈々さんが触れたり離れたりするものだから、もう俺は早く電車が秋葉原に着かないかなと、そればかり考えていた。
長いような短いような時間が過ぎて、流れに従い電車を降りる。乗り換えだからまずは外に出るんだけど、それだけでも一苦労だ。なにせ人が多い。多すぎる。ぎゅうぎゅうの満員電車とは違って、みんな思い思いの動きをするから人にぶつかりそうになる。これはこれで慣れがいるんだろうな。
きょろきょろと物珍しさに目移りすることしばし。周りには高いビルやお店が並んでいて、でかいテレビに広告が流れている。それに、アニメや漫画の広告が多いもなんだかすごい。駅の中にさえポスターが貼られていて、これはすごい町だなと思う。
「ほらほら、人の邪魔になっちゃうよ。気持ちは分かるけど、まずは乗り換えしないとね」
確かに。ちょっと壁際によってメモを取り出す。乗り換えに時間がかかることを見越して余裕のある時間配分にしているから、少しくらいのロスも問題ない。ここから東京に向かう場合には、京浜東北線というのに乗ればいいらしい。上りと下りがあるから、行先を見て注意深く乗る電車を選ぶ。奈々さんからストップがかかっていないから多分あってる。水色のラインが特徴的な電車に乗り込み、アッという間に東京だ。秋葉原もそうだったけど、東京は輪をかけてひとが多い。さすがにはぐれないか不安になって奈々さんがいるかを確認する。
「手、つなぐ?」
「いえ、でもなるべく離れないでください。ここからは新幹線で、ちょっと不安なので」
少し迷ったけどさすがに恥ずかしい。奈々さんはいつも通りの態度。逆に安心する。
新幹線のチケットについてはかなり簡単だった。行先と枚数を言えば窓口の駅員さんがあっという間に用意してくれたからだ。お金を払うのが俺だったからちょっと不思議な顔をされたけど、何か言われることもなかった。
「じゃ、チケットも買ったことだし、先に駅弁を選ぼう。新幹線改札通ってからでも買えるけど、こっちに駅弁専門店があるから」
「楽しみにしてたやつです」
「私もだよ。飲み物も忘れないように」
二人でお店をぐるり一周し、一番おいしそうなお弁当を買って、新幹線の改札を通る。時間ピッタリにやって来た新幹線に乗り込み、席を選ぶ。
「おすすめは右手側だよ。途中富士山が見えるから」
「それはいいですね。じゃあ右手側にします。あ、奈々さんも窓側がいいですか?」
「あはは、いいよキミが窓際で。私は何度も見たことあるからね、譲ってあげる」
それは助かる。今日は天気がいいから、きっといい景色になる。別に途中で席を交代しても奈々さんに見せてあげたっていいのだ。
座り心地のいい椅子に腰を下ろし、目の前の折り畳みの机を展開する。そこに駅弁を乗せればこれはまさに旅と言うやつだ。
気が早いねと笑われながらも、こんなに楽しいならそりゃ父さんたちも出張するよなぁと一人納得するのであった。
***
行きはよいよい帰りはなんとやら。実際名古屋まではあっという間だった。うまいご飯といい景色。楽しい話し相手もいるなら他に足りないものがあるかも怪しい。
名古屋も東京と同じくらい暑いと思いながら、次の乗り換えに挑む。今度は立ち止まることなく目的の電車を見つける。電車に乗って席に座る。実のところ、俺は早くも緊張してきていた。こんな遥々やってきておいて、近くまできたことを実感してドキドキしている。早くついてほしいような、まだ先であってほしいような。それでも電車は予定通りに進む。びっくりするくらい滞りなく、呆れるほどスムーズに目的の駅へと俺たちを送り届けてくれた。
駅を降りたらあとは徒歩10分。大した距離じゃない。バスを使うほどでもないし、最寄りバスもないから歩きで行く。地図アプリで道行を確認して踏み出す直前、奈々さんがとんでもないことを言いだした。
「よし、じゃあ私はこの辺りでお茶でもしているから、キミは楽しんでおいで」
ぽかんと口が開く。え、ついてきてくれるんじゃないの……?
しかし奈々さんは苦笑いしながらさっき売店で買っていた紙袋を俺に手渡す。
「キミねぇ……。私が付いていったとして、なんて言えばいいのさ? それより木崎さんたちに失礼のないようにね。これは手土産ね。家の人に渡すこと。それと、一応門限は17時くらいとしよう。もし話したりないとか離れがたいって言うなら、先に私に連絡すること。いいね?」
「分かりました。多分時間通りで問題ないですけど」
「じゃ、手紙と気持ちをちゃんと届けておいで! 行ってらっしゃい!!」
背中をぱんぱんと叩かれて俺は知らない街を歩きだす。振り返らない。道は頭に入っているし、それよりよっぽど何を言えばいいか。それだけを考えて歩くのだ。




