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生意気少年vsクールお姉さん ――俺と奈々さんの夏休み――  作者: 朝食付き


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4/12

4話 俺はインテリ志望


 部屋を見せるというのは自分の内面を開示するに等しいのかも知れない。ふとそんなことを思ったのは、お呼ばれ以来奈々さんと仲良くなったから。


 元々奈々さんは一時的な一人暮らしを満喫する俺の生活を支えること、そして多分自堕落に過ごさないようにと監視役として送り込まれたはずである。まあ監視は冗談だけど、年上の女性に慣れていない俺としてはやはり距離を保ったままだった。けれど部屋の一件で俺たちは仲良くなった。気軽に冗談を言うし、特に用がなければ黙ったまま互いの好きなことをしていられるくらいに無関心にいられるようになったわけだ。

 

 お手伝いさんとして奈々さんを雇うとき、母さんは作業が終わったら家で好きに過ごして良いと言っていたらしい。はじめの頃は俺に気を遣ってさっさと帰っていたんだけど、今となっては普通に夕方まで俺の家にいることが多い。というか一緒にご飯を食べている。俺の分の夕飯を作り終わるのが大体15時。一番暑い時間帯だし、家に帰ってから自分のご飯を作るのも大変だからと言っていた。俺としても奈々さんと話すのは面白いから全然構わなかった。


 そう、奈々さんは頭が良い。うちの近くにある国立大学に通っているだけある。当然本もたくさん読んでいるので、話が合うのだ。クラスメイトは本よりゲームが好きで、筋トレよりサッカーが好きな奴が多い。俺はインテリなマッチョを目指しているから、スポーツはそこそこに本を読みたい。だけどたまには読んだ本のことを人と話したくなることもあるのだ。いつもなら父さんが付き合ってくれるんだけど、今はいないからね。


 奈々さんのすごさは色々あるけれど、時々逆に不思議にも思う。なんで家でお手伝いさんなんてやることになったんだろうって。そりゃ俺がいるとはいえ、人に家を任せるってすごい信用がないとできないことだ。でも、わざわざ奈々さんがそんな役目を選んだこと。それが今のところ、奈々さんの一番の不思議かもしれない。


***


 今日も奈々さんが家のチャイムを鳴らす。別に鍵は空いてるから勝手に入っても良いんだけど、それはそれとしてしっかりしたいとのこと。むしろちゃんと鍵は閉めろと怒られたくらいだ。


「おはよう。じゃあ今日もお手伝いを開始します」


 この挨拶を合図に、ほうきとちりとり、それにはたきを装備して掃除が始まる。別に対して汚れないのにちゃんと掃除する奈々さんはいい奥さんになると思う。


 俺はと言えば、そのタイミングで朝ご飯を取る。トーストとサラダ、牛乳が俺のいつもの食事。プロテインはデザート扱い。今買ってもらっているのはあまりおいしくはないんだけど、その分栄養があると思って我慢して飲んでいる。俺くらいの年頃から筋トレとプロテインを続けていれば、2m級の身長も目ではない。まあトレーニングもプロテインも本格的にするのはまだまだ先なんだけど。バーベルとかジムは高校生以上になって体ができてから。

 ちゃんとトレーニングについても調べているから、自分のやっていいトレーニングを俺は知っている。でもやっぱり、早く筋肉付けたいよなぁ。


 食事を終えたら、俺は部屋に戻る。午前中に学校の課題を済ませる。別に急ぐ必要はないけど、こういうのは習慣にするのが大事なのだ。ルーチンにすればめんどくさくても身につくからね。そういうことも俺は知っているのだ。

 とはいえ、勉強自体は好きじゃない。本を読むのは好きだけど、計算とか、そういうのが嫌だ。でもインテリマッチョを目指すなら、それは避けては通れない。だって俺の部屋に貼ってある俳優やボディビルダーは、半分が博士号持ちだ。俺も彼らを目指すなら、博士号の一つや二つ取るべきだと思う。なのに計算でシャーペンが止まる。こんなの電卓使えば良いのに、なんで自分の頭を使わないとならないんだろう。


 愚痴っても課題は進まないから、とりあえず分かるところだけ進めていく。中学に入ってからの数学は、xだとかyだとか、今までの3倍くらい覚えることが増えてる。複雑さは増える一方だ。だからテキストの空欄ばかりが増えていく。……これは何かしら対策をしないといけない気がする。参考書とか、そういうの買えば良いのかな?


 分からないものを分からないままに飛ばしていると、ドアがノックされる。一瞬慌てたけど、別にもう隠すべきものはない。どうぞと声をかければ、奈々さんが入ってくる。


「おじゃましますー。掃除しようと思ったんだけど、勉強中? なら後にした方がよさそうかな?」

「いや、大丈夫ですよ。俺は気にせずにいられるので」

「そう? にしても感心だね。私が君くらいの頃は課題なんてギリギリまで手を付けなかったのに」

「後に回す方が大変じゃないですか? 授業受けるよりよっぽど短く済みますよ」

「あっハイ、そうですね」

「掃除は好きにしちゃって下さい。机の周りだけは後で自分でやります」


 シャーペンを動かす。分からないままの問題に取りかかる。が、どうにも合ってる気がしない。合間合間に箒の掃く音が聞こえる。注意をそがれるほどではなく、むしろ集中できる気がする。……気がしただけだ。そもそも集中できてるなら音のことなんて気にならないもんな。相変わらず立ちはだかる難問に、ペンを回す時間ばかりが増えていく。


「苦戦してそうだね」

「……見ての通りです。数学は苦手です」

「得意なのは?」

「英語です」

「英語。ああ、なるほどね」


 ポスターを見れば理由は明らか。いつかサインをもらいに行くためにも、英語は必須なのだ。


「どの問題がわからないの? ほら見せてごらん?」


 空欄ばかりのページが開かれた課題集を手渡す。


「ふぅん。なるほどねー。君、計算の手順がまるで頭に入ってないね。まずね、四則演算は順番があるでしょ? 掛けると割るが先、足し引きが後。その順序が間違ってると計算結果は変わるよね? それと同じで、xもyも、処理する順番が決まってるの。だけどこの順番を君は守れていないんだね。あやふやにその場その場で決めちゃってる。そのせいでほら、途中に変なのが出てきちゃってる」


 言われてもどの値が変なのかがピンとこない。明らかに俺の理解が及んでいないことを読み取って、奈々さんが俺のおでこを突つく。


「課題の解き方も悪いね。この手のテキストはね、順番通りにやっていけば分かるようになってるの。なのに君は分かるところだけ分かる知識の範囲で解いてるでしょ。よくないよー、それ」


 ほら、問2を解き直しなさいと、言われるままにもう一度問2を解く。


「じゃあその次。今のやり方、順番のままに問3をやる」


 解いたとおりに解く。やや手こずりながらも、答えらしきものが出た。ちらりと奈々さんを見れば、満足げに頷いている。つまりあれか、やり方を間違えていたらしい、俺は。


「君が目指すのはインテリマッチョでしょう? ならこの位はできるようにならないとねー」


 ご機嫌に奈々さんは部屋を出て行く。一人に戻った部屋の中で再び課題に向き合う。確かに楽をしようとしていたことは認めざるを得ない。悩まずにできるお手軽な問題だけ解いてやったつもり。難しいのは友達に相談しようとか思ってた。いっそ写すことも考えていた。というか多分そうしていたと思う。それは、頭の良いやり方だろうか。確かに楽をできる方法だ。でもずるい方法だ。楽して得られる筋肉はない。知識も賢さも、同じはずだ。頭を鍛えてこそのインテリマッチョ。まだ体ができてない俺は筋トレに制限がある。でも頭を鍛えることに年齢は関係ないはずだ。


 俺は猛烈にシャーペンと頭を働かせるのだった。


***


 昼、ご飯に呼びに来た奈々さんに続いてリビングへと入る。今日のお昼はソーメン。錦糸卵とキュウリがあるせいで冷やし中華に見えたけど。


「私はね、冷やし中華よりソーメン派なんだ」


 聞いてないのにペラペラと話す奈々さんは至極いつも通りだ。ただ俺は食事中にあまり会話できないタイプなので、自然と食べている間は静かになる。

 二人のソーメンを食べる音だけが居間に響く。俺は3杯ほどおかわりしたところでお腹がいっぱいになった。


「多めに茹でておいてよかったよ。やっぱり男の子はよく食べるよねぇ」

「奈々さんだってよく食べたと思いますけど」

「そこは女の子の名誉のために黙っておくべきだよ。あんまりにデリカシーのない発言をする場合には教育的指導も辞さないから気を付けるように」


 別によく食べる女の子が悪いと思わないけどな。でもちょうどいい言葉が出てきたから、ここがチャンスと奈々さんにちゃんと向き直る。


「あの、奈々さんにお願いがあるんですけど」

「お願い?」

「というか、奈々さんを雇いたいと思っていて。改めて考えてみたんですが、どうにも俺一人だとあまり上手くいかないんです。だから奈々さんの時間を貰いたくて」

「ええと、まずは何のために雇いたいのかを言ってみなさい」

「あ、そうですね。家庭教師をお願いしたくて、雇いたいと言いました」

「なるほど……。厳しく鍛えてほしいというわけだね?」

「はい」


 俺はどうにも数学向きの脳みそをしていない気がする。このまま地道に問題を解くのも悪い方法ではないけれど、ちゃんと分かっている人に手伝ってもらうのはもっといい方だと思った。どんなスポーツ選手もボディビルダーも、専用のトレーナーがいるものだし。

 しかしいい想い付きだと思ったのはどうやら俺だけらしい。奈々さんは口元に人差し指を当てて困ったように目をつむっている。


「んー、雇われてはあげられないかな」


 俺が口を開く前に奈々さんは理由を続けた。


「まず、私は今お手伝いさんとして君のお母さんに雇われているからね。この時間はちゃんとお手伝いさんとして仕事をする必要があるのね。なんだかんだ毎日の様に来ているでしょ? これ以上働くのはちょっと大変な気もしているし」


 確かにお手伝いさんとして来てもらっているのに家庭教師までというのは贅沢過ぎるか。


「雇われるってことはちゃんと君の勉強の成果を保証するということでもあるし、そこまで責任をもってやるなら片手間ではできないよ。それに君のお小遣いをかすめ取るようで申し訳ないし」

「貯金はあるのでそこまで気にしなくてもいいです。でも、理由は分かりました。自分が考えなしだったってことも」

「そうだね。ちょっとそのあたり考えが及んでいなかったのは良くない。けどさ、自分の足りないところを理解して埋めようとするのはいい考えだったと思うな」


 そんなこと褒められるようなことじゃないと思う。だってもっと良い自分になりたいなんて、そんなの当然のことだ。


「ふふ、君はそうは思ってなさそうだね。でも私はいいと思った! だからさ、ちょっと分からないところがあったら聞きにおいで。教えてあげるから」

「でも奈々さんの仕事の邪魔になります」

「それは私を見くびっているよ、陽真くん。大学生の私からすればね、中学生の数学なんて朝飯前なんだな、これが。つまりお手伝いの合間に教えるくらいわけないのさ。どう、それでよければ教えてあげられるけれども」

「……大学生ってすごいんですね。ぜひ、お願いします!」


 勢いよく頭を下げたら、皿にぶつけてめんつゆがこぼれて大変だった。もしかしたら俺は結構慌て者なのかもしれない。



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