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8 歓迎の村で待つもの



 小さな村の入り口には、美しい花で飾られた立て札があった。

 ようこそ、聖女御一行様、と。まるでパーティ会場の入り口のようにカラフルなウェルカムボードだ。

 河を舟で渡り、少し荒れた畑を横目にたどり着いたその村は、瘴気がひどく、既に多くの人間が魔物と化しただけでなく、それらが近隣の集落をも襲撃しているとの情報を得ていた場所だった。


 ふいに、ケケケケケと甲高い鳴き声とも笑い声ともとれる声が響き渡る。

 前を歩くノクスが剣を抜き、隣のリエルも私を制するように腕を伸ばした後、すらりと剣を抜いた。

 金色の鞘が陽光をはじく。その光だけでも弱い瘴気ならば祓えるのではないかと思うほどのまばゆさだ。


「くるぞ」


 ノクスの低く硬い声に、サヴィが詠唱を始めると、空中に蒼い小さな文字がいくつも浮かび、それらが私たちを取り囲むように渦巻く。いつもの防御魔法だ。


「ヨウコソ」

「ヨウコソ」

「セイジョ。マッテタ」

「カザリツケ、スンデイルヨ」

「カザッタ、カンゲイ」

「ヨウコソ」


 無機質な声があちこちから響きだした。これまで魔物と化した生き物と対峙したことは幾度となくあったけれど、こんな風に意味のある言葉を話すのは初めてだ。

 どれほどの数なのだろう。不気味なそれらに声をあげたくなる気持をぐっと抑える。私の声が、いらぬ言葉が、他の三人の邪魔になるといけないからだ。


 腰を落として大きく足を踏み出したノクスが、薙ぎ払うように剣を振る。飛びかかってきた大型犬ほどのゼラチン状の紫色をした何かはヨウコソ、ヨウコソと繰り返しながら溶けた。それを合図に似たような物が次々飛びかかってくる。

 リエルたちが剣をふるうたびに、熟れすぎた果実が地面に落ちるようなグチョリとした音が響いた。

 薙ぎ払う。粘液が飛び散る。息つく間もなく次がくる。

 ふいに頬に湿った感触と同時に痛みが走った。魔物の残骸が飛び散り、跳ねたようだった。慌てて袖でぐいぐいと拭っていると、「聖女様! 下がってくださいっ」とサヴィの声があがる。

 どこに、と思った。敵は四方八方から飛びかかってくる。どこに身を置けば邪魔にならないのか、考えるゆとりもない。

 空中を漂う防御の文字が、私の周りにより集まり、周囲の危険から遠ざけようとしてくれる。その間も、リエルたちは剣を振るい続けた。


 やがて、周囲はシンと静かになった。

 

 ノクスが周囲を見渡し、一度剣を強く振り払って鞘に納める。


「お怪我などはないですか?」


 少し息の上がったリエルはそれを整えるように大きく息を吐くと、気遣うようにこちらを振り返って剣を納めた。

 周囲には魔物の残骸──紫色の水たまりがいくつもできている。酷く生臭いその臭いに混じって、少し甘い、これまでに嗅いだことのないような臭いが漂っていることに気付いた。

 村はかつては賑わっていたのだろう。商店のような構えの店もあれば、カフェのようにいくつかのテーブルが建物の前に配置されているのも見える。

 大元の瘴気を見つけて、それを浄化するのが私の役目だ。

 瘴気は見た目は黒い霧のようで、近づくと背筋がゾワゾワする。時には魔物そのものが瘴気のこともある。この村はどうだろう。

 甘ったるい臭いが強くなっている。その正体に私以外のみんなは気付いていたのだと思う。いつも以上に私に近い場所で、リエルたちが前を歩き、背後にサヴィが立つ。

 少し開けた場所に出て、その臭いの正体が私にもわかった。

 広場のようなそこを囲むように、大きな木々がある。その木の枝のひとつひとつに、首に縄をかけられた人がぶらさがり、地面には手や足がオブジェのように並べられていた。

 あまりの光景に息を呑む。同時に、現実感もないように思えて、ただ呆然と立ち尽くした。次の瞬間、どっと嫌悪感が押し寄せて、私は胃の中が空になるまで吐き続けた。


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