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7 文句とスープカレーもどきと



「……文句のひとつも言ったらどうだ」

 

 ノクシオン──ノクスが鍋をかきまぜながらぽつりと言った。

 周囲はスパイシーな香りが漂っている。今日の夕飯はスープカレーもどきらしい。

 お城で食べたいろんなご馳走もそれはそれはおいしかったけれど、実はノクスの作るご飯が好きだったりする。


 聖女として召喚されてからおよそ半年、ヤフェエールのお城を出発してからは三ヶ月ほどの時間が流れた。私の世界よりもめぐりの早いこの世界の季節は、もうすぐ冬を迎える。

 日が傾くとグンと落ちる気温に、スープカレーのようなメニューは身も心もほこほことあたためてくれる。


 『魔王』と呼ばれるものがいるはずの本拠地を探し、魔王が振りまいたあちこちの瘴気を祓いながらの旅はラクなものではなかったけれど、王城で自室と魔法塔だけを行き来する生活よりは悪くないように感じている。

 王城での暮らしに不満があったわけではない。

 聖女の身の安全を最優先にするためと部屋から自由に出られないこと以外は、童話でお姫様が着ているようなドレスや、エキゾチックな衣装など全部に袖を通すのが難しいくらい様々な服を用意して貰ったし、豪華な食事や可愛くておいしいお菓子もたくさん提供された。大好きな手芸道具や材料も望むだけ用意されて、空き時間には刺繍や編み物を存分に満喫できた。

 それでも、とにかく家に帰りたかったし、家族や友達が恋しくて堪らなかった。

 城で過ごす一見平穏で、前に進んでいけないもどかしい日々よりも、少なくとも今は進んでいる感じがするから。

 

 ノクスが小さな器に少しだけスープを入れて、押しつけるように差し出してくる。

 味見係の出番だ。

 

「ん! おいしいっ」

 

 討伐の旅の開始と共に再度招集がかかって城までやってきたノクスは、相変わらず不機嫌で不本意そうな態度を隠すこともなかったから、最初は怖い人なのではと思って話しかけるとき少し緊張したけれど、人間三ヶ月も一緒に生活すれば慣れるもの。今では無口で大雑把で、剣と料理の腕前はすごい人という印象に変化した。

 彼自身は元々は父親に憧れて、トレジャーハンターをしていたのだそうで、依頼を受けてあちこちに出掛けていき、鉱石や動植物の採取を行っていたのだとか。その時に身につけた剣技が今に活きているらしい。

 今はトレジャーハンターをやめて実家の食堂で働いているそうで、この旅での野営時には彼が食事係を担っている。当初は私もお手伝いを申し出たのだけれど、材料を切る時にうっかり指を切ってしまって以来、「ミアの役目は聖女なのだから、このようなことはしないように」とリエルに禁止されてしまった。

 

 今日はこの先の森の瘴気の浄化と、瘴気にあてられて魔物化してしまった生き物を討伐したことで、この土地の領主に晩餐会に招かれた。

 そういうことはよくあるのだけれど、その招きに私とノクスは参加したことがない。

 かつて、そのような招きに応じて広く顔を知られたせいで、襲撃されて命を落とした聖女さんがいたそうだ。だから、魔王の封印が終わるまでは聖女はその身分を隠し、必要に応じて替え玉まで用意するようになったのだという。

 そのため、領主だの貴族だの、他国の王族からの招待にも慣れているリエルと、ベールを被って少しだけお化粧をした聖女役のサヴィとのふたりで出掛けていくのが常で、私と、護衛をしてくれるノクスとふたりでお留守番をするのもまたいつものことだった。

 

 ノクスが物言いたげにこちらに視線を向けてくる。先ほどの問いへの答えはどうした、というところだろうか。


「文句って言ってもねぇ。だって、そのせいで殺されてしまった聖女さんがいたのならば警戒するのも当然だろうし、かといって、いろいろ便宜をはかってもらう相手の誘いをそうそう無下にはできないだろうし」

 

 魔王討伐の旅に、他国の支援は必須だ。

 普通ならばすんなり入国させて貰えない国も多いから特例措置をとってもらわないと無駄に時間がかかってしまうこともあるし、ヤフェエールの資金も限りはある。

 コトは世界の存続の危機。だから、当然どの国々でも便宜をはかり支援をしてくれるけれど、それらを当然の顔で受け取るだけでなく、やはり礼を尽くす必要もある。


「それに、お城とかああいうところのご飯よりノクスの作るご飯のほうが好き」

「……なら、別にいい」


 言葉こそ素っ気ないけれど、声のトーンは少し嬉しそうにも聞こえる。

 お世辞でもなんでもなく、ノクスのご飯はとてもおいしい。

 懲りすぎていておいしいんだかなんだかよくわからない見た目が豪華な料理よりも、見た目は素朴でも飽きずに毎日おいしく食べられるご飯のほうがいいに決まっている。

 それに、宿などに泊まれば人目があるから私やノクスが従者のふりをしたり、サヴィも女性のような立ち居振る舞いを求められるから、今日のように町を少しだけ離れた場所での野営のほうが気楽だというのも正直なところだったりする。

 もっとも、毎日好きにお風呂に入ることができないのが苦と言えば苦ではあるけれど、サヴィに洗浄魔法をかけてもらうことで、どうにか女子の体面は保てている、つもりだ。これからはどんどん寒くなるから水浴びもそうそうできなくなる。ここから先、私の女子力も人としての尊厳も、サヴィの洗浄魔法にかかっているといっても過言ではないと思う。本当に。

 

 ノクスは、自身も味見をすべく椀に少量よそって口に運んでいた。その右手首には、私の作った蒼と琥珀のミサンガが揺れる。

 聖女が心を込めて装飾品を作れば加護の力の宿ったお守りが出来ると聞いて、旅の出発前に作ったものだ。

 ルクスにはペリドット色と深緑で、サヴィには薄紅と紫で編んだミサンガは、リエルは聖剣の飾り紐として、サヴィは薬袋につけてくれていた。


 聖女の力。たしかに瘴気を祓う力は私に備わっている。

 ただ、今はみんなが散々苦労して魔物を退けた後、安全になってから最後にちょろっと出て行って浄化だけ行っているというのが現状だ。

 三人は生傷がたえないのに、ミサンガに本当に聖女の力は宿っているんだろうか。

 

「貴女の祈りがあればこそ、私たちが大きな怪我をせずに済んでいるのですよ」

 

 そう言ってリエルは微笑んでくれたけれど。

 ひっそり溜め息を落とすと、振り返ったノクスが「できたぞ」といい匂いのする皿を差し出した。


 思えばこの頃はまだ、災厄がどれほどむごたらしいものなのかを、知らずに済んでいた頃だった。



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