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4 召喚 異邦の聖女

全32話 完結まで毎日更新!


 ──落ちた、と思った。


 視界が真っ暗になった瞬間、ふわりと体が浮いたように感覚になった。

 重力がなくなったような、でもたしかに落下はしているような、不思議な感覚。

 けれど、それはほんの数秒間のこと。すぐに引力を思い出したりんごのように落下が再開し、叩きつけられるであろう痛みに身を固くして備えた途端、わずかな衝撃で落下が終わり、恐る恐る目を開ける。

 浅黒い肌に琥珀色の瞳が視界に入り、息をのむ。見知らぬ男の腕の中で横抱きにされていると知って、慌てて身じろいだ。


「な、え、ちょっと、な、なんなんですか!?」


 男はチと短く舌打ちをすると、その音とは裏腹にひどく丁寧な仕草で下ろしてくれた。 見知らぬ相手を警戒しながら周囲を窺うと、私たちをぐるりと囲むように、青灰色のローブを纏った人たちが石床に膝をついている。

 壁にいくつか設えられた松明のように揺らぐオレンジ色の光が淡い影を作る、薄暗い部屋の中。こちらを見上げてくるローブの人たちの瞳は皆一様に眩しいものを見るような眼差しで、それもなんだかうすら寒い。


 ほんの今し方まで、家からコンビニに向かういつもの道を歩いていたはずだった。

 春休みのうちに教育実習の下調べをしなくちゃとか、中学の時の担任に連絡をとって話しを聞いてみようかとか、そんなことで頭がいっぱいっだった。

 公園の桜が満開まであとひと息なのを横目に、コンビニにバナナクレープを買いに行った、ただそれだけだったのに。

 いったい何がどうなっているんだろう?


「なんなんですか? あな、あなたたち、こんなっ、なんなんですか!?」


 声が震えてひっくり返り、言いたいこともうまくまとまらない。慌てふためく姿はいっそ滑稽だろうに、それでも彼らの崇めるように見上げてくる目が陰ることもなく、薄ら寒い。


 薄暗い石の部屋。

 バスケットボールコートよりはもうちょっと狭いその部屋は天井が高く、動揺した声がやけによく響いた。


「これはどういうことだ?」


 先ほど抱きとめてくれた男も口を開いた。

 落ち着いて見えるこの人も、私同様いきなりこの事態に遭遇したんだろうか。だとしたら随分と冷静だと思う。

 自分よりも頭ひとつ背の高い彼を見上げると、ちらりと横目でこちらを見た男は面倒くさそうに息を吐いた。


「ようこそ、聖女殿。お待ち申し上げておりました」

 

 ふいに優しげなテノールが響く。視線をやればローブを纏った男たちとは違い、きらびやかな刺繍の施された白いワンピースのような服を着た金髪の男性が恭しく腰を折った。


「せい、じょ?」

「……ここはヤフェエールか?」


 隣に立つ男が低く警戒するように問う。


「ええ。貴殿は今回の討伐の戦士に選ばれたようだ。光栄に思うといい」


 ──勘弁してくれ


 唸るような低い呟きは、金髪の男の耳には届かなかったらしい。ひたとこちらを向く翡翠色の瞳は、にこりと優しげに弧を描く。

 

「私はリュミリエル・ヤフェエールと申します。どうぞリエルとお呼びください。聖女様のお名前をお聞かせいただけますか?」

 

 初対面の、しかも事態も飲み込めないこんな時に、相手に名乗るなんてリスキーだ、と冷えた頭でなら判断できる。けれど、この時はなにもかもが尋常ではなくて、つい「空門実和(そらかど みわ)と申します」などと馬鹿正直に名乗ってしまった。


「ソラカ……ミ?」

「あ、名前がミワ、苗字がソラカド、です」

「ミ……ミア? ミア様ですね。では改めて、聖女ミア様。神はあなたこそがこの世界を救うと定め、我が国(ヤフェエール)にお招きしました。その尊き御力で、どうぞ我らをお救いください」


 新手の新興宗教かな? などと混乱は深まるばかりだ。

 頭を垂れ、深く腰を折るリュミリエルの背後に大きなステンドグラスがあることに気付いた。先ほどまで薄暗かったそこに陽の光が射し始め、鮮やかな光を放つ。

 男の人と女の人がふたり──いや影のようなあれを入れたら三人だろうか、描かれていた。

 赤、青、紫、橙──様々な色彩に陽の光が透けて室内を照らし出す。

 

 こんな時なのに、なんて綺麗だろう、と思った。


読んでくださってありがとうございます!

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