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3 ひとつずつ覚える世界

全32話 毎日更新します!



「待て、なぜランシュアから赤子が生まれ……ランシュアの実から、人間の、赤ん坊が、生まれるのか?」


 私の話に、ノクスが目を丸くして訊いてくる。思わず口をついたであろう言葉を、もう一度ゆっくり区切って言ってくれたことで彼が何に驚いたかを理解する。

 

 ヤフェエール( あの国 )を神の国と呼ぶならば、フェルディリアは商人の国と聞いたのはいつだっただろう。

 フェルディリアのなかでもノルテリアは国境の近くに位置することから旅人相手の商売をする家がほとんどで、ゆえに誰もが読み書き計算はできるし、子どもにそれらを教える学習所や、学ぶための書物も充実していた。おかげで初歩の初歩から学ぶテキストも入手しやすくて、とても助かっている。

 

 食堂カローレは近隣の酒場との棲み分けで、食事のお供にもなる軽いお酒を二種類ほどしか置いていないのに加え、町に逗留する旅人は夕食は宿屋で済ませる人が多いから、客足が最も多いのは昼から夕方まで。以降の時間は、片付けや翌日の仕込みをする余裕ができる。だから、夕方以降はある程度の片付けを終えたら、リゼさんやノクスが翌日の仕込みや夕飯の準備をする傍らで私は語学の勉強タイムとして、厨房の大きなテーブルの片隅に子ども向けのテキストをひろげて、毎日ノクスに勉強をみてもらっている。

 夕飯を済ませたこの時間は店の扉に『営業終了』の札をかけがてら食堂近くの自宅へと帰っていくリゼさんを見送って、マンツーマンでの授業時間となる。

 

 今日のテーマは、私がわかる語句を駆使して、私の国の話しを聞かせること。

 家族は父と母と私の三人だったとか、将来は教師になりたかっただとか、趣味は手芸だとか。いわゆる自己紹介のような話しは、出会った頃に一通りしてしまっていたから、昔話を、それも比較的単純な単語でもどうにか伝えられそうな気がして『桃太郎』をセレクトしてみた。

 目の前に並ぶ図鑑や絵本を探しても、こちらの世界には桃がないのか本のなかにそれらしいものが見当たらず、今日ノクスが焼いたパイの具だったランシュア──ラズベリーの粒をもう少し大きくしたような果物──に置き換えて語り始めたところでの、先ほどのノクスの反応だ。


「これは、昔の話し」

「……? おまえの国では、昔は、ランシュアから、人間が、生まれたのか?」


 向かいに腰を下ろしたノクスは頬杖をついて、不思議そうに目を瞬かせている。


 なるほど。『昔の話』では作り話ではなくて、以前あった歴史かなにかの話しと取り違えられてしまうらしい。


 置かれたテキストに書かれた物語をさして「えーと、本当でない、話。これ、物語、同じ」少し焦って言うと、『なるほどな、おまえがランシュアから生まれたのかと思った』と面白そうに目を細めた。

 今なんと言ったんだろう。小首を傾げて彼を見つめると、笑いをおさめて穏やかなバリトンで紡がれる。


「それなら、昔の話、は違う。童話、または神話、だな」

「童話、童話……神話、神話」 

「神々……神様の物語なら、神話」

「神話」

「作り話、想像した、本当でない物語は、童話、ととりあえず覚えておけ」

「童話、神話……うん、理解した。ありがとう」

 

 結局『キジ』も『きびだんご』も見当たらなくて、図鑑の中でカラフルな尾羽が目をひいた鳥にお菓子をあげて家来になってもらい、ランシュア太郎は化け物の討伐に成功した。


「ミワの国の、物語。たくさんあるのか」

「ある。この国も、ある、お話し。いっぱい、あるます」

「あります」

「あります」

 

 小さく笑って訂正してくれた言葉を、丁寧になぞって言葉を紡ぐ。

 

 ノクスは、けして返事を急がないし、根気強く付き合ってくれる。だから私は落ち着いて言葉を探し、覚えていないものは机に広げたメモ書きや教科書代わりの本を探して返事をする。

 『あの日』から少しずつ覚えた単語をつなぎ、このニヶ月余りでだいぶコミュニケーションがとれるようになってきた。


「そうだな。ガキ……小さな子どもは、大人が物語を聞かせて、一緒に読んで、読むこと、書くことを、覚える」

「今の私と、一緒だね」


 少し苦い気持になりながら笑みを浮かべると、ノクスは「茶を入れる。酒にするか?」と腰を上げた。

 明日は木曜日(マデの日)隣国(ヤフェエール)が週に一度、国境を閉じる日。この日は旅人の往来もいっとき止まるから、ノルテリアの町ではお休みになる店も多い。そのぶん噴水のある広場周辺で市がたったり、互いの家を行き来して料理を振る舞いあったりする。

 食堂もお休みだから、いつもはそこそこの時間できりあげるこの勉強会も、マデの日の前日は少し遅くまで、大抵は途中から軽くお酒を呑んだり、ノクスが作ってくれるおつまみなどをつつきながら過ごすのが、ここ最近の恒例だった。


 リンゴに似た果物をむき始めたノクスの背中を見遣り、ひっそり溜め息をつく。本当に小さなそれにすぐに気付いて、「どうした?」と振り返る琥珀の瞳に首を振ってなんでもないことを示しながら、絵本を手にした。

 おそらく神話の短編集のようなものだ。切り絵のようなトーンのフルカラーの挿絵がふんだんに描かれ、ぱらぱらとページをめくって眺めるだけでも楽しめる。

 ふと目に留まったページで手を止めた。美しいステンドグラスのイラストは、いつか見たそれを思い起こさせてそっと指先で辿る。


「それは神の娘だな」


 戻ってきたノクスが私の手元を覗き込んで、「神の、娘。エストレナ」と言いながら私にグラスを差し出し、テーブルに綺麗にカットしたフルーツの皿を置く。

 淡いピンクのフルーティな香りのするお酒。リゼさんの作った果実酒だ。

 

「あ、リゼさんの。また、怒られるよ」

 

 お客さんに出すこともなく仕舞われていたそれを、先日ふたりで一瓶空けてしまった。翌日、リゼさんはぷんぷんとした様子で空瓶を指差し、ノクスになにかを言っていた。

 何を言っているかまではわからなかったけれど、私の名前もでてきていたから「ごめんなさい」と伝えたら、ミアはいいのよと頭を撫でられただけで終わってしまった。


「あれは……」と言いよどんだノクスは少し考えるようにしたあと、「大丈夫だ。怒っていない」と子どもに言い聞かせるような口調で言ったあと、自身は瞳の色と同じ琥珀色のお酒に口をつける。

 腑に落ちない気持になりつつ、再び挿絵に視線を落とす。


「エストレナ、どんな話?」

「人が、神の宝を盗んだ。神は怒り、世界を……滅ぼそうとした。エストレナが、世界を守った」

「世界を……、エストレナが、守ったんだね」

 

 世界を滅ぼそうとした神様。

 世界を守ったエストレナ。


 エストレナは、どうなったんだろうか。


 私は何を救ったんだろう。世界だろうか。それとも──。

 ステンドグラスにもう一度視線を落として、指でなぞる。

 綺麗だと、思ったんだよ。世界も。あの人も。


読んでくださってありがとうございます!

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