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17 遠足とお弁当

本日3回目の更新。

今日の更新はこれで最後です!



「えー、そんなこともしらないのー?」


 手を繋いで歩く女の子が、心底不思議そうにこちらを見上げてくる。

 すかさず、「おとななのに、へんなの」と前を歩いていた男の子が、揶揄う声音で振り向いた。


「あはは、そうなの。だから教えてね」

 

 子どもたちに混ざって歩く。目的地はルティアリーナ草地──通称リーナ野だ。

 ノリテリアの町から、子どもの足で歩いても一時間ほどのそこは、学び舎の野外学習定番スポットらしい。

 

 雨の中訪ねてきたリリカさんが切り出したお願いというのは、この野外学習の引率だった。二度も雨天延期となり、引率者の手配が難しくなってしまったそうだ。一年生の子どもがざっと二十五人ほどで、さすがにひとりでの引率は厳しいと眉を下げていた。

 リリカさんには勉強も見てもらっているし、学校行事のお手伝いなら先生気分を味わえそうでわくわくした気持ちで引き受けた。その後、女二人で大丈夫なのかとノクスも行くことになり、面白そうだとガルさんも名乗りをあげた。

 ガルさんは「オレが行ったら、子どもたちに引っ張りだこで大騒ぎだぞ」なんて笑っていたけれど、本当に先ほどから子どもたちが集まってワイワイ楽しそうに盛り上がっている。


 今日は、年に二回ある冬──最初の冬に咲く花を見つけてスケッチするのが目的だ。こういう野外学習で、口にしてはいけない植物や薬となる植物などを学んでいくらしい。

 季節ごとに行っている学習だからか、勝手がわかっている子どもたちは原っぱに着くと、すぐにグループごとにスケッチに取りかかった。


「うそつくなよ」

「うそじゃないもん! かみなりのかみさまを、おうさまがやっつけたんだ!」


 声を張り上げたのは、先ほどから私に植物の名前を教えてくれていたオルンだった。

 一年生の男の子にしては小柄でおとなしい子だと思っていたけれど、気が弱いというわけではないらしい。両方の掌をぎゅっと握りしめて、真っ赤な顔で今にも泣きそうな勢いで言い返している。


「ちがうよ! リリカせんせいが『わるいにんげんにおこっただけ』って言ってたじゃん!」

 

 やんちゃで少し生意気なところもあるヒューヴも負けじと声を張り上げ、目がうるんでいる。


「先生にきいたらヒューヴのほうがまちがいって言われるよ!」

「オルンのほうだよ!」

 

 そもそも、あの話に王様なんて出てきたっけ、と思ったけれど訂正していいのか迷う。自分は先生じゃないし、この世界の神話もまだよく知らない。

 迷っているうちに、加勢する子が声を張り上げ、それに反論する子も負けじと大声をだして、そちらまで取っ組み合いが始まりそうな勢いだ。


「ほい、そこまでっ」


 睨み合うオルンとヒューヴの間に割って入ったのはガルさんだ。

 ふたりの頭を大きな手でぐりぐり撫でて、「国がちがえば神さまの話も違うんだ。どっちも正解さ!」とにかっと笑う。


「えー?」

「ホント?」

 

 子どもたちは半信半疑の顔をしながらも、少しずつ口を閉じていった。


「オルンが読んだのはヤフェエールの本だろ? だからそれも本当だ。な? 両方あってる」


 子どもたちが顔を見合わせ、「ふーん」「じゃあ、いいか」と少し安心したように頷く。

 笑って済ませるガルさんのおかげで、場の空気も元通りになった。

 ガルさんは、これでどうだ? とばかりにこちらにウインクをして寄越した。


「ありがとうございます」

「ハハ、お代は感謝のキスでいいぜ?」

「またガルさんってば」

 

 軽口に笑って答えつつも、子どもたちに迂闊なことを言わなくてよかったと心の中でひっそりため息を落とす。やっぱり、もしも先生になろうとするなら、もっと教養が必要そうだ。


「はーい、みんな~! お昼にするから集合~!」


 リリカさんの朗らかな声に、子どもたちがわぁいと一斉に駆けだした。


 


「あー、確かにね。神話は特に国によって違うから、私も時々間違えるよ」


 先ほどのやり取りについて話すと、リリカさんはカラカラと笑った。

 大きな敷物に大人たちが座り、その周囲にグループごとに子どもたちが敷物を広げる。

 危険な獣がでる場所ではないものの、こうすることで子どもたちの背後に大人たちの目が届くということだそうだ。


「貰っちゃお」

 

 そう言ってリリカさんがノクスの弁当箱の卵焼きをフォークに刺した。ふたりの気安いやり取りは随分見慣れたつもりだけれど、それでも、口に運ばれていく卵焼きをついつい目で追ってしまう。


「おいしい~! 珍しく失敗っぽかったのに! ……これ、いつもと味付け違う?」

「だそうだ」

 

 ノクスがこちらを向いて、少し得意げに口の端を引き上げた。

 実は今日のお弁当は、ノクスと一緒に作った。いつも食事やおやつを作ってもらってばかりいるから、せめて今回は自分で作ろうと思っていたけれど、「二人で作る方が効率的だ」と言われ、魚のフリッターとピラフはノクスが、卵焼きと肉巻き野菜は私が作った。それ以外にノクスが野菜を茹でたり、フルーツを切ったりしてくれたから、私は少し焦げてしまった卵焼きは自分のほうに入れて、彼のお弁当は少しでも見栄えがいいようにと詰めた。

 それでも、リリカさんの目に失敗作に映ったのがちょっと悔しい。同時に、おいしいと言って貰えたことが嬉しくて、にやけてしまいそうになる口元をぎゅっと引き締める。


「なに? どういうこと?」

「卵焼きを作ったのはミワだ」

 

 ノクスの言葉にリリカさんが一瞬固まって、「そ、そうなんだ。ミアさんお料理上手なんだね」と微笑むと、ノクスも卵焼きを口に運んで「うまいな」と頷く。

 本当においしそうに食べてくれるから、なんだかくすぐったい心地になって頬が熱くなる。


「へえ、オレも味見していいかい?」

 

 はす向かいのガルさんに「どうぞ」と弁当箱を差し出すと、ノクスは「こっちから取れ」と私の弁当箱に被せるように自身のものを差し出した。


「こっちのほうがたくさん入っている」


 その言葉通り、ノクスのお弁当箱は私の二倍はあるサイズだ。


「ま、そうなるよな……お、うまいな! ミアはそのうち厨房に立てるんじゃないか?」

「いくらなんでも、それは無理ですよ」


 自炊はできないわけではないし、料理も嫌いではない。けれど、私がノクスやリゼさんのようにお客様に出せるだけのものを作るなんてとても無理だと思う。

 顔の前でひらひらと手を振ると、「それもいいな」などとノクスが頷いている。たしかに私も厨房に立てたら、もっと|食堂(カローレ)の役に立てるかも知れないけれど、それはさすがにハードルが高い。


「せんせー、食べ終わったから遊んでいい?」

 

 早々に食べ終えた子たちが、リリカさんにお伺いをたてに来た。

 リリカさんはすぐに先生の顔になってさっと周囲を見渡すと「遠くには行っちゃダメよ。あと、まだ食べてる子もいるから邪魔しないようにね」と答えた。

 

 大人の食事が終わってゆっくり食後のお茶を飲み始める頃には、ほぼ全員の子どもたちが食事を終えて遊び出す。

 昼食後は少しだけ子どもたちを自由に遊ばせたら、あとは学び舎に帰るだけだ。

 

 ノクスはリリカさんと一緒に子どもたちの荷物を一個所に集めながら何事か話しているし、ガルさんは食後早々だというのに、子どもたちを抱き上げては自身がぐるぐると回ってあげる遊びで大人気だ。

 その時、ふと数人が林に向かうのが目に入った。先ほど揉めたオルンとヒューヴ、それに女の子がひとり──エルミアが少し遅れてついて行く。

 林自体は危険な場所ではないけれど、少し入った先に泉があるから子どもだけで行くのは危ない。

 小走りで向かう子どもたちを、私もすぐに追いかけた。


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