第八章 レイロと奈落
ジジ島は、啓明城の南西遠方の外海に位置する、中規模の岩礁島である。周囲の海域には大小無数の暗礁が点在しており、人類の艦船が訪れたことは一度もない。
ジジ島の一方の崖は切り立ち、そこには大小様々な岩穴が無数に存在し、中には「ジジ」と鳴く海鳥が棲んでいる。そのため、遠洋航海の船員たちはこの島をジジ島と呼んだ。島のもう一方は比較的なだらかな斜面で、人類の母星にいる蟹によく似た種が生息しており、人々はそれを「海蟹」と呼んでいる。ジジ島周辺の暗礁には、海でよく見られるウツボのような海蛇が潜んでいる。この三種の異なる生物が互いに殺し合い、捕食し合いながらも、奇妙な三すくみの生態バランスを築いており、それ以外の生物はこの島には存在しない。
魚雷型攻撃モードのニーナ号は、まるで巨大な海の怪物のごとく、突進しながらジジ島へ向かっていた。
「マンシュエ、すぐにジジ島の全景実写モデルをスキャン・構築して」
「チンシュエ、動力中枢室へ行って、リー・リーに最高等級のエネルギークリスタルの装填準備を伝えて。あとは絶対に目を離さないで」
「ニンシュアン、荘莫言、突撃艇を点検して。すぐ出動できるように準備を」
荘莫言は渋い顔で口を尖らせた。また労働力として使われるのか。ああ、自分のこの華奢な体で、どうして暴風ナイロウなんて化け物と関わらねばならないのか。だが美人のレイローが自分を連れて行くというのだから、運命を恨むしかなかった。溜息をついて、氷のような美貌のニンシュアンに続いた。
冷美人ニンシュアンはしばらく沈黙してから口を開いた。「レイローを責めないで。周囲三十海里という広大な範囲、私たちには暴風ナイロウを完全に捉える時間が足りない。でも、あなただけがそれを捕えることができる。私たちはあなたを信じている」
荘莫言は一瞬呆気にとられた。自分がそんなことができるなんて、全く知らなかった。
ニーナ号の艦長室。レイローは無理に心を落ち着かせようとしていた。これはナイロウを討つ最大のチャンスであり、もしかすると一生に一度しかない機会かもしれない。より早く、より短時間でナイロウを見つけなければ、九年前、最愛の兄・雷鳴の仇を討つことはできない。
荘莫言の知らぬこと——レイローと冷凝霜は九年前、すでに啓明城で暴風ナイロウに遭遇していた。あの災厄の嵐で、レイローは兄の雷鳴を失い、冷凝霜は唯一の恋を告白してくれた元辰という青年を失った。それ以来、雷刀と霜剣の異名で知られる二人は啓明塔を席巻し、早期卒業を果たした。そして九年間、広大な海をさまよい続けてきたのはただ一つの目的のため——暴風ナイロウを見つけること。
ナイロウは生きている。エネルギーを貪る、まるで貪欲な怪物のように。だからこそ、ナイロウは二人にとっての心の傷だった。これが、荘莫言がニーナ号の艦長室に入ることを許された唯一の理由でもある。なにせ、この艦長室は男禁制、いや、正確に言えば「雄性禁制」なのだ。なぜなら、艦長の愛鳥・ワンツァイもまた雌の錦鶏なのだから!
「レイロー艦長、ジジ島の全景実写モデルの構築が完了しました。島周辺には海中暗礁が多く、低空浮遊航行モードの使用を推奨します。動力消耗は15%増加しますが、所要時間は35分短縮されます」
「マンシュエ、低空飛行モードは却下。ニーナ号の最適航行ルートを計算して。今、最も重要なのはエネルギーの節約よ。三角防御状態の時に、十分な強度のエネルギーシールドを構築する必要があるから」
「レイロー艦長、計算完了。ニーナ号は東から西に45度傾けて暗礁群へ進入、55分後にジジ島へ到達。1時間20分後に三角形防御構築可能、エネルギーシールド強度は中級」
「マンシュエ、新航路を実行、全速前進!1時間以内に三角防御モデルを完成、中級エネルギーシールドを生成すること」
「ニンシュアン、荘莫言、すぐに出発して!覚えておいて、ナイロウを1時間以内に見つけなさい。見つけられなければ、チンシュエと一緒に私たちの死体を拾いなさい。あ、ニーナ号に乗っているみんなの命もね、今あなたたちに託されたわ。がんばってね〜!」
蒼穹に再び、二匹の巨大な蛇のような雲が現れた。今度はその二筋の雲が並走し、ゆっくりと円を描いていく。その瞬間、ジジ島の周囲は一陣の風すら吹かず、まるで全ての動きが止まったかのように静まり返った。突撃艦はまるで凪いだ内陸の湖面を滑るかのごとく、疾風のように前方へと突き進んだ。
荘莫言は歯ぎしりしながら、古人の言葉がいかに真理かを思い知らされていた。「青竹蛇の口、黄蜂の尾の針、いずれも毒ならず、最も毒なるは女の心――」レイロ、美しき女は、なんと冷酷なことか。これは彼女が『ニナ号』に乗る全ての者の命を賭して、あのハリケーン・奈落とぶつかるつもりだというのか。
もし自分が奈落を見つけ出すことができたならば、レイロは自ら命を投げ打って戦うだろう。だがもし見つけ出せなかったなら? 初めて形をなしたばかりの奈落は、生まれたての飢えた赤子のように、目の前の肥えた肉――『ニナ号』にまっすぐ突進してくるに違いない。その時でも、レイロはやはり命懸けで奈落に挑むだろう。だが――十中八九、勝てはしまい。これはもう「一に天の怨み、二に地の仇、三江四海の恨み」とでも言うほかないではないか。
「レイロの実の兄は、九年前の奈落によるハリケーン災害で亡くなったの。だからこそ彼女は、たとえ死んでも奈落を討とうとしている。けれど安心して。『ニナ号』には何も起こらない。樊清雪にも決して――」冷凝霜は、いつもと変わらぬ冷たい表情のまま、淡々と語った。「さっき聞こえたでしょう? 清雪は今、動力炉の中枢にいる。そこは『ニナ号』で最も安全な場所。S級のエネルギー結晶を使えば、成り立ての奈落なんて手も足も出ないわ」
「でもさ、冷美人さん……正直言って、俺は奈落をどうやって見つければいいか、全然わからないんだけど?」
「私は知ってる。けど、できない。あなたは知らない。でも、できるの」
そう言うと、冷凝霜は突撃艦の動力を止め、ゆっくりと荘莫言へと歩み寄った。「身体の力を抜いて、抵抗しないで。教えるのは一度きりよ」静かに背後に回ると、彼女はそっと荘莫言を抱きしめた。両腕が彼の脇の下から回り込み、彼の腕を包み込む。
――荘莫言の頭が真っ白になった。これが彼の十七年の人生で、初めて女性に抱かれた瞬間だった。全身に淡く漂う梅の花の香りに包まれ、もはや一切の動きが取れず、身体は冷凝霜の動きに合わせてしか動かせなくなっていた。
「身体を緩めて。これは私の能力――『相思の糸』。一寸の想いは一寸の糸。一寸一寸、すべてが糸となる。教えるのは一度きり。どこまで身につけられるかは、あなたの運次第」
表情は依然として氷のように冷たいが、その声色にはなぜか微かな恥じらいが滲んでいた。荘莫言の目には見えなかったが、その瞬間の冷凝霜の瞳には、二分の清らかな冷気と、八分の羞恥と怒りが交じっていた。冷ややかな美貌が、今この瞬間だけ、異様なほどに魅惑的に映った。
これが彼女の25年の人生で、父を除いて初めて抱きしめた男。たとえ彼がまだ17歳でも。だが冷凝霜の声は、なおも冷ややかだった。
「あなたの修為はまだ地階に届いていない。だから、私の力をこうして接続してあげないと、“問心鏡”の第二層は開けない。『鏡羅盤』、そして『鏡問心』よ」
荘莫言のコートのポケットから、黒白二面の「問心鏡」がゆっくりと浮かび上がった。冷凝霜の操作で、荘莫言はまず両手を交差させ、内へとひねり定心印を結ぶ。次に、外へとひねって人差し指を合わせ、力を込めて鏡の中心――白澤の影へと打ち込んだ。
鏡中の白澤は口を大きく開けてそれを飲み込み、無音のまま鏡心から黒い鏡面の九層の同心円の中心へと移動していった。カチカチと音を立てて、問心鏡は一枚の陰陽太極鏡へと変化した。
片面の白い鏡面は“天の盤”、もう一方の黒い鏡面は“地の盤”。その境目を金の線が貫き、白澤が鏡の把手となっていた。
そのとき、荘莫言に一つの閃きが訪れた――
「力を借りて、俺が奈落の所在を測り出す!」
問心鏡――鏡は心を問う。心が奈落を問えば、鏡は奈落を映す。
ハリケーン・奈落よ――
今度こそ、お前を見つけた!