第41章 幻魔獣の到来
万象水晶橋――。風の幻象物語が展開されるこの難関は、啓明地塔の試練の中でも特に過酷といわれる。幻象物語は学員の深層心理に潜む最も恐怖すべきものを顕現させ、心を揺さぶる試練である。準備のない者が突如この試練に直面すれば、八割がた卒倒するか、なすすべもなく心を折られてしまう。箫元聖にとってはまさに絶好の機会であった。彼は命運女神モイライ・パーシーの力を借り、全学員の最深部の恐怖を記録・収集し、後の研究素材とするつもりだったのだ。
そのとき「聖杯・三」区域にいた庄莫言と高天は、樊清雪の助けで幻象物語を切り抜け、息を揃えて深呼吸した。
「ありがとう、清雪……!」
庄莫言は再び闇の記憶に囚われずに済んだことを心底安堵した。同時に、自らの実力不足も痛感していた。ここ数日のあまりの依存──月夜無霜の〈霜霜空間〉に飛び込ませ、司南や元垠、元坎と連絡を取らせた瞬間、己が迷いこむようではいけないと。
「風の幻象物語──音もなく忍び寄る風が幻影を紡ぎ、一瞬にして覚えのない恐怖へと誘う。この試練、やはり名高いだけのことはある!」
高天は戦慄を抑えつつ言った。
「君たちが幻象に惑わされたのは、精神と完全に共鳴した晶石兵器を持たなかったからだ。心の力を宿す場が脳内にしかなく、他に拠り所がない。だから風の幻象に隙を突かれやすい」
樊清雪の声音は凛として冷たかった。
「そういえば、俺が今回啓明塔の試験に来たのは、“晶歌自由の門”を使って、自分に相応しい武器を探すためだった」
高天は頷きながら告白する。
「どんな晶石兵器が精神と完全に合致するのか、どう見極めればいいのだろう?」
庄莫言はすかさず質問を重ねた。
「詳しくは知らないが、基本原則として、自分の精神を蓄えられる兵器――すなわち“兵器”ではなく“兵魂器”と呼べるものがそれに当たる。どれほど凄い力を秘めていても、精神を宿せないただの武具では、結局はただの道具に過ぎないからだ」
樊清雪は明解に答えた。
庄莫言は自分の胸元に仕込んだポケットを指で軽く叩いた。月夜無霜こそが、己にとって最上の「兵魂器」である――。すべての精神を無期限に蓄えうる存在。
その瞬間、月夜無霜の清らかな声が脳裏に響いた。
「モモ、わたし、司南と元垠、元坎を見つけたよ。でも状況が非常にまずいの。赤く燃える小悪魔の群れが彼らを取り囲んでいる。元垠の“山字印”と元坎の“水障壁”で辛うじて持ちこたえているけれど、あと三時間以内に駆けつけないと」
「霜霜、幻魔獣の正体を確かめに、啓明塔のコア・クォンタムスフィア――モイライ・パーシーに連絡してくれ。なんだかおかしな気配がする。すぐに急ごう」
庄莫言は声帯パッチで命令し、三人の速度は再び加速した。
しかし誰も気づかなかった――その背後の黒霧の中から、漆黒の炎を纏う〈幻魔馬〉が蹄の光を残しながら、そして翼のない赤い小悪魔たちが蝙蝠のように唸りながら、水晶橋を覆わんばかりに群れを成して這い出していたことに。