第39章 聖杯の秘め事
庄莫言と樊清雪、高天の三人は、眼前の水晶扉を見上げた。樊清雪がしばし熟慮して口を開く。
「この水晶扉は“豊穣の女神”三柱による収穫祭の図案ね。母星のタロット『カップの3』に由来していて、友情の絆を象徴しているわ」
庄莫言もうなずいて言う。
「図柄が示すのは吉兆――母星の文化では、向かって左が“上”だ。だからまず左へ進むべきだろう。司南と元垠、元坎のところまで合流してから、次の行動を考えよう」
しかし高天は手を振って制し、右の眼鏡──“オーディンの眼”を外すと、フレームをひねり、三つ葉を模した三枚のレンズに変形させた。赤・黄・青のそれぞれのレンズから色光線が放たれ、三つ葉の台座を底面とする四面体を浮かび上がらせる。内部に映る水晶扉の像を縮小して投影すると、三柱の女神が掲げる金の聖杯の中に、ほんのり透き通る液体が満ちているのが見て取れた。
樊清雪と庄莫言が息を呑む中、高天は銀白の金属製円筒型サンプラーを取り出すと、三つの聖杯めがけて光束を放ち、液体を採取した――やがてサンプラーを仕舞い、三つ葉を再び一眼鏡に戻すと、淡々と説明した。
「透明液体の分析には、あと二時間かかる」
庄莫言は感嘆し、
「すごいな、高天!まるで魔術師の手さばきみたいだ。清雪にも分けてくれよ」
高天は少し考え込んでから、ポケットからマッチ箱ほどの青い小箱を二つと、透き通る指腹大の丸いパッチを二枚取り出して見せた。
「これが、まず青い小箱。中には三粒の青い錠剤が入っていて、橋上での水分・微量元素補給と空腹を緩和できる。丸いパッチは首元に貼ると、有効半径五十キロ以内で隊員間の位置特定と通話が可能だ。緊急時には声帯の振動だけで通信できる」
庄莫言は胸の特製ポケットを叩き、月夜無霜がまだ眠っていることを確かめた。すぐに司南、元垠、元坎のいる“聖杯・六”エリアへ向かう前に、自分たちにも装備をまわしておくべきだと心に誓った。
──そのとき、風がひときわ強く吹き抜け、囁き声も一段と大きくなった。悪魔的な空気が水晶橋全体に漂いはじめる。
足元の橋面が「死神」「悪魔」「塔」を象徴する区域に差し掛かると、まるで硬質のクリスタルが波打つかのように柔らかく変形した。
やがて、漆黒の炎に包まれた夢魔の馬、大鎌の翼を背に疾走する小悪魔、尾に毒針を持つ殺人蜂などが、橋の隙間から次々に湧き出し、光の絨毯のように橋面を這い回る。
万象水晶橋の夜は、見る間にさまざまな異形の脅威に満ちていった――。